第392話:反撃

 ガインッ、と硬い物が折れるような音が船室に響く。

 ついでその硬い物が床に落ちて、木の床板を割ってめり込む音も。


 リリアナの持っていた棘付き鉄球がへし折れたのだ。

 鉄球と言っても材質は恐らく鉄ではなく別の物質だが。鉄にしては重すぎるし硬すぎる。

 付与魔法エンチャントを施すことができたらもう少し耐えられたかもしれないな。


 6戦目のポーカーの結果、俺は脳天から鉄球を振り下ろされたのだが当然のようにノーダメージ。

 たんこぶすらできていない。

 しかし威力の上がり幅が後半になればなるほど大きくなっているな。


 どういうスキルなのだろうか。

 そろそろルルの猫パンチくらいの威力にはなるぞ。


 リリアナの魔力は確かに高い方ではあるが、俺との生活でも魔力が上がっているルルには流石に遠く及ばない。

 攻撃力だけが届いたとしても、そのレベルになってしまえば間違いなくリリアナ自身の体に反動が行くだろう。


 この鉄球がへし折れたように。

 その光景は容易に想像できる。


「そろそろ俺が勝った場合何があるのかも決めておこうか」

「……投降しろってんなら無駄だよ」

「そのつもりなら俺がここで一暴れすれば済むだけの話だろ?」


 周りを取り囲んでいる下っ端共がにわかに殺気立つ。

 とは言え、リリアナの攻撃を無抵抗で受けてノーダメージの俺に飛びかかるのがどれだけ無謀なのかも分かっているのだろう。

 すぐには動こうとしない。


 火器の飛び道具で狙いを付けられたところで、今の俺は対物ライフルでも(多分)無傷でいられるのだ。

 気にする必要もないだろう。


「そうだな、俺が勝ったらこの海賊団は――」

  

 右の人差し指で、床を指差す。


「――俺がもらおうか」

「お断りだね」


 即答だった。

 まあ予想通りだな。


「なら今すぐここで俺が暴れて、お前らを全滅させる。収束砲の脅しなんて意味ないぞ。俺にはそれを防ぐ手立てだって当然ある」

「汚えぞ……!!」


 リリアナがギリッと歯噛みして俺を睨みつける。

 美人が怒ると怖いなんて言われているが、実際その通りだと思う。


 スノウのキレ顔とかマジで怖いし。

 本人の実力も含めての話ではあるのだが。


「勝負を持ちかけてきたのはそっちだ。カード勝負でイカサマだってしてるんだから、負けるつもりなんか元々なかったんだろうけどな」


 実際俺が勝った場合どうするかなんて話は出ていない。

 もし負けたらこいつらの仲間になるという条件だけだ。


「……大体、ウチらがあんたの下についたところで何をさせようってんだい」

「そりゃ俺は知らねえな。うちのブレインが考えることだ」

 

(……てことでいいんだよな? 知佳)

(悠真にしては上出来)


 頭の中で知佳に問いかけると、すぐに返事が返ってきた。

 実のところ、俺がこの海賊船へ乗り込んだ段階で知佳から念話が入っていたのだ。

 直前に念話が繋がる状態になっていて助かった。


 そうじゃなかったら俺はリリアナと素敵ハゲを捕えて終わっていただろう。


 ちなみに賭け事で負けて相手の心を折るっていうのは俺のアイデア。

 そこんところは知佳は一発で分からせれば? とか言っていたが。

 相手が悪人であれば女性に手をあげるのも辞さないというのが一応俺の考えではあるが、ぶっちゃけそれでも若干の抵抗はある。


 セイランくらいになれば何の躊躇いもなくぶん殴れるだろうが、(俺の知らないところで被害が出ているとは言え)俺の目の前で悪事を働いているわけではないリリアナを殴れるほど俺は吹っ切れていない。


 まあ魔法弾を打ち込んでこようとした時点でアウトっちゃアウトなのだが。

 一応俺が防いでいるのでセーフということで。


「で、どうする? ここで海の藻屑になるか、俺の配下になるか。まあ、この勝負で俺に勝つっていう手もなくはないけど」

「……続けるよ」


 そう言ってリリアナはカードの束を俺の前にドンと置いた。

 はて。

 先程までは下っ端が配っていた。


 別にイカサマを咎めたつもりもないし、そのままやるのだと思っていたが違うのだろうか。


「あんたが配りな」

「いいのか? イカサマするかもしれないぞ?」


 もちろん俺にそんな技術はない。

 超スピードで誤魔化すくらいならできるかもしれないが、別にそんなことをする必要もないし。


「やりたきゃやりな」

「なるほど」


 当然俺はイカサマなんてしない(できない)。

 適当にカードを配って……


「…………」


 俺の手札は、スリーカード。

 こちらの世界の基準に合わせればクイーンのスリーカードだ。


 そして相手は――


 手札交換をしないで、そのまま互いに公開すると、リリアナは役無しブタだった。

 つまり俺の勝ちである。


 なるほど、俺がどう出るかを見る為ではなく明確に負けに来たのか。

 

 にしても、うーむ。

 どうしたものか。


「しゃあないか」


 一発入れられることを覚悟しているリリアナの前に手をかざす。

 俺の防御力を見ていれば、攻撃力がどんなもんなのかも想像はつくだろう。

 かつてない威力な攻撃の予感に目を瞑るリリアナの額に、軽くデコピンをかました。


「いっ」


 軽くと言ってもコンクリにヒビが入る程度の威力は多分あるが。

 相手の防御力も加味すればこの程度ならしっぺと同程度だろう。


「~~~~っ」


 涙目でこちらを睨むリリアナ。

 ……どうやら思っていたよりも痛かったらしい。

 それでも普通に殴ってたらまず死んでるんだから許してほしいんだが……


「てめぇ……舐めてんのか! そんな一撃、認められるか!!」

「え、そっち?」

「もっと強くやれよ!! ウチはそんなにヤワじゃねえぞ!!」

「お、おう……おう……?」


 尋常じゃないくらいキレてるんだけど。

 床が砕けるくらい地団駄踏んでるし。

 一体何が起きているのかさっぱりだ。


 ぶっちゃけその迫力に若干引き気味である。


 いや、まあ舐められてると思うのはわからないでもないのだが、どう考えても俺と彼女の実力差で普通に強めにやったらタダじゃ済まないことはわかると思う。

 それともスキルの発動トリガーがダメージとか……?

 いや、多分関係ないだろう。

 俺が一切反撃していない時でも威力は上がっていた。


 舐められるということを異常に嫌っているのだろうか。

 いや、そうだとしたらもっと早くにキレているだろう。

 うーむ、わからん。


「今のじゃ納得いかねえ! もう一回だ! ウチが満足するまで一発入れろ!! さあ早く!! 早く!!!!」


 半ば駄々こねみたいな感じの胸ぐらに掴みかからんばかりの勢いで言われる。

 興奮しすぎて顔も上気しているし息も上がっている。


「さあ!!!!」


 うーむ。

 わからん。

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