第391話:勝負
1.
○○○○の実を食べた能力者とか出てこないだろうな……とかちょっとビビりつつワクワクしつつせっかくなのでお頭とやらが出てくるのを待っていると、船室の方からバガンッ!! と凄まじい音と共に木が折れるような音、そして何か大きなものがこちらに向かって飛んできた。
飛んできたその物体は顔面に大きな青あざを作った素敵筋肉ハゲだった。
白目をむいてビクビクと痙攣している。
どこか恍惚としているように見えるのは気のせいだろうか。
「……お、おいこれ副船長これ生きてんのか?」
「今度こそ死んだんじゃ……」
「あでもなんか嬉しそうだ。生きてるぞ!」
なんて下っ端共が話しているのを聞きつつ、素敵ハゲが飛んできた方向を見ていると、砕けた船室の穴からふらりと機嫌の悪そうな若い女が現れた。
毒々しい紫色の長い髪に、顔の右半分が黒い包帯に覆われている。
顔は隠れているが体は露出多めだ。
ほとんどビキニみたいな黒い水着? 下着?。
胸のサイズがかなり大きめなのでちょっと動くだけでまろびでちゃいそう。
まろびでた場合にしまうの大変だろうから、手伝ってあげたいくらいだ。
左手には先にトゲトゲした鉄球のついた1メートルくらいの鉄棒を持っていて、腰に海賊帽子(正式になんていうのかはわからんが黒い三角形のやつ)が紐で括り付けられている。
隠れていない方の赤い左目で俺を睨みつけると、ゆっさゆっさと胸を……じゃなくて手にもった鉄球を揺らしながらこちらに向かってゆっくりゆっくり歩いてくる。
うーむ、壮観だ。
「あんたがシーサーペントを倒したって男かい?」
勝ち気で力強い、艶のある声。
「如何にも」
俺が頷くと、女は急に手に持っていたトゲトゲ鉄球で俺のことを横殴りに殴ってきた。
左腕で防御する。
と。
その衝撃波が右側に抜け、甲板の板材と柵の一部が吹き飛んだ。
なかなかの威力だ。
とてもほとんど予備動作なしで繰り出された打撃とは思えない。
「挨拶にしては熱烈だな」
女は口の左端を吊り上げて笑う。
「気にいった。名前は?」
「皆城 悠真」
「ウチはリリアナ=スカンディ。ミナシロ、あんたこれからウチらの仲間だ」
まるで決定したことかのように断言されてしまう。
「うーん…………」
ちょっと面白そうだなと思ってしまう俺がいるのも事実なのだが、流石に良くないだろう。
「見た目も悪くない。腕っぷしも強い。文句なしだ。そのデコに描いてあるのはセンス悪いけどね」
余計なお世話だ。
そういや額に象さんが描かれているのをすっかり忘れていた。
そんなのもあったな。
「悪いけど、お断りだ。悪いことするとデコに象さんどころの騒ぎじゃないからな」
「あんたに拒否権はないよ」
リリアナが周りを取り囲んでいる下っ端たちに目配せすると、そのうち何人かがどこかへ走り去っていった。
なにかをするつもりなんだったらすぐにでも止めた方が良さそうだが――
「仲間になるってんなら、ウチの体を好きにしてもらってもいい。ただし条件付きではあるけどね」
「…………ほう」
俺の中の善悪メーターがかなり偏った。
「条件てのは?」
「ウチより強い男にしか触らせない」
そりゃ簡単な条件だ。
少なくとも、そこに転がっている素敵ハゲよりは強そうではあるとは言え――
どれだけ高く見積もってもジョアンには及ばない程度だろう。
なら俺が負ける道理はない。
「――で、そんなことしてる間に準備が整ったよ。あんた、下の船に雇われた冒険者かなにかだろう?」
「名推理だな」
「ウチらの船には魔力を収束させて放つ攻城兵器が積んである。この大きさの船に当たれば塵一つ残らないよ」
「その発射準備が整ったと?」
「そういうことさ」
勝ち誇ったようにドヤ顔を浮かべるリリアナだが、ぶっちゃけ今この瞬間にその収束攻城兵器とやらごとこの船を一発でぶっ壊してしまえば大体解決する。
暴発が若干怖いが、それくらいの余波ならどうとでもなるだろう。
「一方的に脅して仲間にしようっていうのはいただけないな」
「なら、ゲームでもするかい?」
「……ゲーム?」
まさかテレビゲームってわけでもないだろう。
その手の娯楽は流石にこちらの世界にはないようだし。
……もしかして持ち込んで売ったら大儲けできたりする?
それって密輸入とかになるのかな。
異世界で物を売り捌くのはなにかしらの法律に引っかかったりするのだろうか。
「簡単なゲームさ。カードを使って――」
リリアナが不敵な笑みを浮かべながら説明したゲームは、なんてことない。
要するにただのポーカーだった。
2.
とは言え。
ただのポーカー勝負ではない。
役だったり数字や絵柄の強さはほぼ俺の知っているそれと同じなのだが、勝敗を付けた後が海賊らしくちょっぴり過激だ。
それは勝った方が負けた方に一発入れるということ。
一発入れるってのは、もちろん攻撃のことだ。
それで、先に音を上げた方が負けだ。
じゃんけんして勝った方が負けた方に肩パンをするという謎の遊びが小学生くらいの時にクラスで流行ったことがあったが(速攻で禁止されていたが)それのかなり過激バージョンだな。
ていうか、この勝負。
基本はリリアナが負けることはないんだろうな。
なにせ、先程の攻撃力も尋常ではなかった。
その上、カードはあちらが用意するもの。
周りには下っ端海賊たち。
イカサマもし放題だ。
それがわかっている上で乗っかっている俺も俺なのだが。
丸いテーブルを挟んで座っているリリアナがニヤリと笑う。
「さあ、始めようか。あんたのツキはどんなもんなんだろうね?」
どんなもんも何も。
1戦目。
相手スリーカード。
こちらツーペア。
それぞれの役が公開された直後、リリアナの持つトゲトゲ付き鉄棒が俺の側頭部に炸裂した。
先程殴られた時よりもかなり威力が上がっている。
普通にダンジョンの深いところにいるごついモンスターと同じくらいの打撃力はあるぞ。
もちろん俺には蚊ほども効かないが。
「タフだね」
嬉しそうに笑うリリアナに、「まあな」とだけ返しておく。
2戦目。
相手ストレート。
こちらブタ。
再び側頭部に打撃が直撃する。
更に先程よりも威力が上がっている。
これは受け売りなのだが、魔力による強化というのは自分の体だけに影響が及ぶわけではない。
通常、俺が全力で強化を体に施した場合のパワーで相手を殴ろうとしたら、その踏み込んだ足の衝撃だけでも地面が大きく抉れてしまう。
しかしそうはならない。
何故なら俺たちはほとんど例外なく無意識下で、自分の魔力を用いて周りを保護しているからだ。
何が言いたいかと言うと、先程よりも打撃の威力が上がっているからと言って周りが大変なことになったりはしないよってことだ。
最初のときみたいな不意打ちはともかく。
にしても、この威力の上がり方……
「なにか特殊なスキルを持ってるな?」
「気づいたところで遅いよ。スキルを使っちゃ駄目なんてルールはないからね」
「別に文句はないさ」
3戦目。
最初に配られた段階でフルハウス。
マジかよ。
しかし、結果は――
相手フォーカード。
こちらはツーペア。
「また負けだな」
「…………」
リリアナは俺を訝しげにしげしげと眺めている。
「……あんた、何のためにわざと負けてるんだい?」
「なんのことだ?」
そう、別にカードに細工されて俺が負けているわけではない。
役が揃っていても俺が勝手に崩しているのだ。
ちょこちょこ揃うのはもうシンプルに俺の運だな。
当然というかなんというか、こちらの役を知っている様子のリリアナはそりゃ不思議に思うだろう。
勝てる勝負を何故捨てているのか。
3発目の攻撃を側頭部に受ける。
徐々に防御に回す魔力を増やしていってはいるが、まだまだ大した威力ではない。
フゥに軽く小突かれた程度だ。
だが、スキル次第ではここからもっと上があるのだろう。
「……ちっ」
攻撃を喰らっても飄々としている俺を見て、リリアナは明らかに苛立っていた。
4戦目。
あちらストレートフラッシュ、こちらブタ。
5戦目。
あちらストレートフラッシュ、こちらツーペア。
イカサマが露骨になっているのはわざとだろう。
俺が何も指摘してこないのを不気味に思っているから。
――で。
6戦目のカードが配られると、今度は俺の方がまさかのストレートフラッシュ。
だったので、何食わぬ顔で適当に崩す。
イカサマの仕様がどうなっているかは知らないが、流石に崩した後まで操作するってことはできないようだ。
見事にブタになった俺の手札と、相手のフォーカードとでもちろん俺の負け。
だが、今度は殴るのではなくリリアナが俺の襟首に掴みかかってきた。
「……どういうことだい。ウチを舐めてんのか?」
「別に舐めてるわけじゃない。俺はちゃんと勝負してるつもりだぞ」
「あ゛あ゛!?」
「音を上げさせた方が勝ちなんだろ? 威力の上がり続ける打撃なんて、あんたの体の方が先に限界を迎えるに決まってる」
リリアナははっとした表情を浮かべる。
そう、別に殴って負かして、音を上げさせるのが勝利条件ではないのだ。
負けた上で殴らせても、音を上げさせれば勝ち。
さて、いつまでもつかな。
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