第390話:海賊船
1.
俺たちが乗っているこの船は、漁船と貿易船を兼ねているものになっている。
長期の航海にも耐えうる程の物資量に人員、更に海賊への対策としての武器や戦力も豊富に備えてある――のだが。
この海賊船を見れば、その備えがどれだけちんけなものだったのかを実感する。
先程しばいたウミヘビもといシーサーペントよりも更に大きな存在感を放っている。
縦横奥行、体積という点で見れば恐らくこちらの船の5倍はありそうだ。
もちろんこちらの船が小さいという訳ではない。
討伐したシーサーペントの死骸を簡易的な結界で覆って引っ張ることができる程度の大きさやパワーはある。
こんなでかい海賊船、普段はどこに停泊してるんだ?
どこかの無人島にでも根城があるのだろうか。
どこかの国から支援を受けていると聞いても納得できるような規模だぞ。
……というか実際にそうなんじゃないか?
そうじゃないとしたら
普段は海賊船に遭遇したら全力で逃走するそうだ。
だが、今回はシーサーペントの死骸を引っ張っている都合上逃げることはできない。
そもそも逃げる気もないが。
船員たちは危ないので、海の様子を見て舵取りしたりする必要がある人員以外は部屋の中に籠もっておいてもらう。
派手な戦闘になった場合はジョアンに助太刀することも考えなければいけないしな。
――と。
海賊船の甲板に、人影が見えた。
頭の禿げ上がった体のでかいおっさん。
こっちの船乗りおっさんもそれなりに体はでかいのだが、あちらは更にもう二回りくらいでかい。
筋肉ダルマって感じ。
あそこまで筋肉が肥大化してるとシンプルに動きにくそうだ。
こんなに膨れ上がった筋肉ではパワーは大きくあがってもスピードが殺されてしまうんだって俺の大好きな漫画の主人公も言ってたし。
なんならそれよりもムキムキ筋肉ダルマだから本当に各関節の動きはだいぶ阻害されているんじゃなかろうか。
「諸君にィ――――告ぐゥ――――!!!!」
風魔法かなにかで増幅した大声がまるでのしかかるかのように俺たちに届く。
すぐさまこちらも風魔法である程度音量は調整させてもらったが。
この大声も相手を威圧する為にある一つの手段なのだろうな。
「大人しく積荷を渡せばァ――――命までは取らないィ――――命まではァ――――取らないィ――――!!!!」
積荷ねえ。
漁船かつ貿易船なこの船には当然高価なものも積まれているし、今回はシーサーペントの死体もある。
積んでないから積荷に含まれない、なんてへりくつは通じないだろうしな。
「断る!!!! 貴様らのような下劣な輩にくれてやる物は一つたりともない!!!!」
ジョアンが風魔法を使わずにただの大声で返す。
下手すりゃ奴の大音声よりもでかい声だったせいで耳がちょっと痛い。
対する海賊の答えは。
船体の横に、無数の穴が絡繰りじかけっぽくパカッと開いた。
その奥には、見るからに砲台っぽい何かがあって――
「……あれやばくない?」
「…………」
ジョアンは無言で腰の剣に手をかける。
まさか発射される砲弾を全て叩き切るつもりか?
この距離感であの数の砲弾全てを斬るのはぶっちゃけアスカロンでも無理そうなのだが。
「――――なら死ねィ!!!!」
次の瞬間。
100基は超えようかという大砲から次々に魔法弾が発射された。
普通の大砲ですらねえのかよ。
「すまぬ悠真殿、半分は頼めるか!!」
「頼まれなくてもやるっての!」
そうじゃなきゃこの船が沈没する。
俺は十中八九無事に済むが、知佳はどうなるかわからない。
どうやって防ぐか幾つかパターンを考えて、一番被害の少なそうなものを実行することにした。
膨大な魔力を一気に体外へ放出し、空間を支配する。
魔法の原動力はどこまで行っても魔力だ。
それも、俺たちが想像する以上に緻密なイメージコントロールで魔法というものは成り立っている。
よほど息があっていない限り、外部からの魔力供給はそのコントロールを乱す要因になるのだ。
合体魔法の難易度が高いのもその辺りだな。
まあ、スノウたちは姉妹な上にそれぞれがそれぞれの属性を極めているのでその難しさもほとんど感じさせないのだが。
それはともかく。
膨大な魔力で空間を支配すれば、魔法弾もその魔法としての形を失い――
――霧散する。
それでも咄嗟のことだったので全てを減衰させきることは叶わず、残りはジョアンは危なげなく剣で斬って落とした。
まあ魔法を斬るっていうのもなかなかな話なのだが……
「……悠真殿、今のは?」
「半分くらいは賭けだったけどな。魔法に使われてる魔力量を乱してやったんだ」
まあ失敗したら失敗したで他の手段は3つくらい思いついていたが。
「とんでもない力技を……しかしこれ程の戦力を一海賊が有しているとはなかなか思えぬ」
「だな。防戦一方じゃ埒が明かないし乗り込むか」
「この船の護衛は?」
「ジョアンはどっちがやりたい?」
「……そう聞きながら、我の目には海賊船に乗り込みたくてうずうずしているように見えるのだが」
「まあな」
2.
ズダンッ、と大きな音を立てて海賊船の甲板に着地すると、甲板に数十人いた海賊たちどよめいた。
頭にバンダナを巻き、曲刀のような武器を持っているというこちらの世界で想像されるテンプレな海賊の格好を広めた誰かがいるのだろうかと思ってしまう程にまんまな姿にちょっと面白くなってしまう。
あるいは逆なのか、大抵のイメージは同じように収束するだけなのか。
色々と考察の余地はありそうだが、とりあえずは目先の問題だな。
「そこの筋肉ハゲ。お前が船長か?」
「あ゛ぁん? 誰が素敵筋肉ハゲだ、ぶち殺すぞコラ」
「素敵は言ってねえよ……」
甲板の手すりからこちらを見下ろして大声を出していた筋肉ハゲ。
近くで見るとますますでかいな。
そもそもの身長が2メートル半くらいあるようにすら見える。
……本当に人間か?
ルルのような獣人の血が混ざっていると言われてもおかしくはない。
「どうやらそれなりにゃあやるようだが……あんまり舐めてっとミンチにしてシーサーペントの餌にしちまうぞ、兄ちゃん」
「そのシーサーペントなら既に腹の中だぜ」
「……あん?」
おや、その反応だと船の裏で引いているシーサーペントには気付いていないのか。
まあその全容のほとんどが海中だしな。
気付けないのも無理はないか。
「なんだそりゃ、どういう比喩だ? まさかシーサーペントを食ったわけでもあるめえし」
「いや、食ったんだよ。普通に倒してな。美味かったぞ」
「くはっはっはっはっはっはっは!! ホラ吹くのも大概にしとけよ、ガキ」
「疑うなら下の船のケツをよーく見てみろよ」
「………………おい」
下っ端に確認させるように顎をしゃくる筋肉ハゲ。
指示された下っ端が慌てて船の裏を確認しに行っている中――
「もし俺が本当にシーサーペントを倒してたらどうするんだ? 大人しく投降してくれんのか?」
「本当にそんな強えんならやりようがあるってだけだ」
「今すぐ俺がお前ら全員をぶちのめすって可能性を考えないのか」
「仮にそれができる奴だとして――そうしねえってことは、理性の働く奴だってのはわかる」
なるほど、見た目とは裏腹にどうやら脳みそまで筋肉でできているわけではないらしい。
かなり失礼なことを考えているような気もするが、ご愛嬌ということで。
海賊で筋肉だるまってどう考えてもパワー系だと思うだろう。
しばらく待っていると下っ端が帰ってきてなにやら筋肉に耳打ちした。
すると筋肉は渋面を浮かべ、
「……仕方ねえ。お頭呼んでくる」
「し、しかしこの時間は……」
「オレだって嫌に決まってんだろ。それともおめぇがお頭呼ぶか?」
「い、いや……殺されちまいやすよ……」
「つーわけだ。ちょっと待ってろ、兄ちゃん。お頭を呼んでくる」
……待ってないと駄目なの?
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