第389話:シーサーペント

1.



「……悠真殿、我のみならず息子、ひいては世界の恩人故にあまりこういうことは言いたくないのだが、誰の目にも留まる場でそれはあまりにも……」

「…………俺の受けた罰だ。詳しくは聞いてくれるな」


 甲板にて。

 額にでっかくゾウさんを描かれた俺を見てジョアンは呆れたような顔を浮かべた。

 俺だってしたくてしてるんじゃない。

 思ったよりも知佳の反撃が早かっただけだ。


 というか、その為に敢えて寝たフリをしていたんじゃないかと疑うくらい。

 うーむ、俺が知佳を手玉に取れる日は来るのだろうか。

 無理だろうなあ。

 ちなみに知佳は今本当に寝ている。

 次やったらスノウにチクると言われたので大人しくしているのだ。

 額にゾウさんどころか、俺のゾウさんが凍らされてしまう。

 くわばらくわばら。


「で、そろそろ海賊が出る海域なんだろ?」

「左様。もう出てもおかしくない頃合いではあるが……」

「――お?」


 ジョアンのその言葉が引き金になったかの如く、突如として海面が大きく盛り上がる。

 最初はクジラでも出てきたのかと思ったが、どうやらそいつはでかい――


「……ウミヘビ?」


 全身をびっしりと魚のような青白い鱗で覆われた、でかいウミヘビ。

 細長いというよりは、太くて長いって感じ。

 太さは直径で10メートルくらいあるんじゃないか?

 全長は長すぎて測れん。

 男として憧れちゃうぜ。


「というよりは、海竜の類であろう。原種は既に滅びているが……」

「魔物の一種みたいなもんか? 駆除して大丈夫?」

 

 ジョアンがこくりと頷く。

 


「シーサーペントだ!!」

「回路に魔力回せ! 全速力で離脱するぞ!!」

「お二人さぁん! そこに立ってると危ないですぜ!!」


 

 屈強な船乗り達がこちらに向かって警告するように手を振っている。

 あの人たちもこちらの世界基準で言えば二級探索者くらいには戦えそうなのだが(そういう人を集めているのか、職業柄なのかはわからない)どうやらこいつ相手には逃げの一手のようだ。



 どうやら奴の名前はシーサーペントと言うらしい。


 とは言え。

 確かにでかくて強そうなのは間違いないが、これくらいならジョアンでも仕留められるだろう。

 そこまでべらぼうに強いって感じではない。


 まあ最上位の冒険者って言ってもピンからキリだもんな。

 戦闘能力だけで言えば知佳と柳枝さんには大きな開きがあるがどちらも一級探索者として括られているように。


 そういえばそれに関して更に細かく区分けされるかもとかされないかもとか未菜さんが言っていたような……


 ともかく、だな。


「ジョアン、適当に誤魔化しといてくれ」

「あまり派手にされると困るが……」

「任せろ」


 戦い方に幅を持たせる為に、最近は魔法もかなり練習しているのだ。

 シトリーにちらりと言われたのだが、どうやら俺は魔王やベリアルとの戦闘を経てから戦いに関しての『勘』の精度が一段上がったそうだ。


 彼女の言っていたことを噛み砕くと、その一段を上がれるかどうかが達人と凡人との差らしい。

 つまり、俺も達人の域に半歩くらいは踏み込んだということだ。


 甲板に手を突いて、魔力を海底で滞留させる。

 そして、風魔法で船に影響が出ないように海底付近で渦を作り出す。ウェンディ程の細かいコントロールは当然無理だが、魔力に物を言わせてある程度のことはできる。


 物質魔法もある程度は応用しているが、こちらももちろんシエルには及ばない。

 というか、水を操るのはべらぼうに難しいのだ。

 シエルなら風魔法を使わずに渦を作り出せるのだろうが、俺には無理すぎる。


 例えるなら10メートルくらいの箸を持って皿の上に乗っている一粒の砂をつまめと言われているような難易度。

 いやもっと難しいかも。

 とにかく常人には無理だということを言いたい。


 風魔法で水流を巻き上げ、10本程の槍のような形にして水上に露出させる。

 そのまま突っ込ませても良いが、ここから更に一工夫を加える。


 水流の槍の先端に氷を混ぜて、乱回転させる。

 何故乱回転かって?

 乱回転は強いからだ。

 NINJAがそう言ってた。


 そして――


 こちらに向かって威嚇するように口を開いたシーサーペントの体を一気に貫いた。

 


「……派手にやるなと言ったであろう……」

 


 呆れたようなジョアンのつぶやき声が後ろから聞こえたが、気のせいと思おう。

 


2.



「がっはっは! なよっとしてるかと思ったがやるじゃねえか兄ちゃん!!」

「うおっと」


 髭面むきむきの海兵みたいな船乗りのおっさんにバシンバシンと背中を叩かれて俺は食べていたでかい肉を落としかける。

 ちなみにこれシーサーペントの肉だ。

 味や風味は馬肉に近い。

 だが一般的な馬肉に比べて脂身が多く、その部分が更に濃厚だ。

 つまり美味い。

 ビールにめちゃくちゃ合う。


「てかそもそもまあまあ鍛えてるな!?」

「まあ、それなりにな」

 

 敬語を使ったら嫌そうな顔をされたのでタメ口である。


「このまま船に乗らねえか!?」

「乗らねえ乗らねえ」

 

 どうやらここ100年くらいシーサーペントの討伐報告はあがっていなかったらしい。

 聞くところによるとその100年前に討伐したのがシエルっぽいのがちょっと面白いが。

 世界は広いようで狭いな。

 まあその世界が幾つもあるんだが。


「そりゃ残念だ! はっはっは!!」

 

 全ての台詞にびっくりマークが付いてそうな声量で楽しそうに笑う船乗りのおっさん。

 この人に限らず、他の船乗りの人たちも軒並み声がでかい。

 想像にすぎないが、波やら風やらで声が聞こえづらい環境にあるので必然的にでかい声で喋ることが癖づいているのだろう。


 ちなみに今はちょっとした宴中。

 当然海賊対策の見張りは置いてあるそうなので安心してほしい。


 俺やジョアンも完全に気を抜いているわけじゃないしな。

 知佳は多分部屋で読書かなにかしてる。


 しかし討伐したのが俺であることは誤魔化しようがなかったので(派手にやりすぎた)こうなっている訳だが、これはこれで楽しいしまあ結果オーライということで。

 ちなみに残りのシーサーペントの肉は売ったりなんだりするらしい。


 珍味として知られているが、100年間市場に出回ることがなかったのでかなりの高値になるだろう。

 もちろんその報酬は俺はいらないので、肉を500kgほど分けてもらった。

 全体で言えばどう考えても数十トン、下手すりゃ数百トンはある超巨大サイズなのでこれでもむしろ少ないくらいだ。

 まあ食べたくなったらまたシーサーペント狩りに来ればいいだけだし。


 既に一度転移石で戻ってレイさんに託してあるので大量の肉はなんとかしてくれるだろう。

 完全に丸投げ?

 まあ大丈夫。綾乃もいるしなんとかなるって。

 世の中金と人材があれば大体なんとかなる。

 知佳が言ってた。


「にしても兄ちゃん、そんなに強いのにあんまり有名人じゃないんだな? 少なくともオレは知らねえぞ?」

「まあそんな活動はしてないからなあ」

「目立ちたくねえのか?」

「別にそういうことはないな」


 この世界のことが落ち着くまではあまり目立つのは良くなかったが、もはや今はどうでもいい。

 というか、俺は割りと人並みに名声欲がある方なので有名になるならなるで良い。

 自分の世界だと面倒ごとがついて回るからちょっと……って感じだが、こっちの世界で有名になっても何も困らないし。



「海賊狩りは割りと名前があがるぜ? 今回のは特に悪名高いからなあ」

「結構な被害が出てるって聞いたけど――」

「おおう!?」


 

 ――と。

 大きな何かが水の上に落ちたような音と共に船が大きく揺れた。



「出たぞー!!!!」



 遠くの方から怒声が聞こえた。

 船乗りのおっちゃんと目を合わせる。



「早速おでましだ」


 

 ニヤリとおっちゃんは笑う。

 いやまあ、言うてもこれジョアンの仕事だからね?





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作者です。

お久しぶりです。

少々体調を崩しておりまして、書けずにいました……申し訳ありません。

今は復調しておりますので、以前通り毎日更新を頑張りたいと思います。

よろしくお願いします。


ちなみに悠真が知佳さんにした悪戯については、続きはwebでって感じでいずれ書くと思います。

詳しくは作者Twitterをチェックしていただければ(小声)

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