第384話:徹底的

1.



「いーぃ感じにイかれてますねぇ……」

 

 ニタリと笑う男。

 俺は改めて構え直す。

 

 不死。

 不死か。


 どこを潰せば止まる?

 心臓か?

 頭か?

 それともどこかにコアがあるのか?


 頭への衝撃はほとんど聞いているような感じはしなかった。

 となると、やはり心臓だろうか。


 魔力と血液には強い繋がりがある。

 四天王――ザガンはそもそも血液に関するスキルを持っていたので心臓への攻撃が有効だったが、別にそうでなくともそこは弱点になりうる場所なのだ。

 

「良いわけあるかよ。こんな姿とこ友達ティナには見せられねえ」

 

 復讐なんて良いもんじゃねえ。

 それはわかっている。

 それはわかっているが――


 だけは俺がこの手で完遂しなければ、俺は俺自身のことを許せない。

 

「怒り……憎しみ……その手の感情は面倒だ……だが――」


 虚無僧はこちらに右手の人差し指を向ける。

 その指先に、青白い炎のようなものが灯った。


「――面倒は面倒でも……それを圧し潰すのは愉快なのですよ」

「――――」


 次の瞬間、青白い炎が俺へ迫りくる。

 躱す――のは間に合いそうになかったので、物質召喚で大きめの盾を召喚する。


 金属製の盾だが、それだけではない。

 まずアメリカの鉱物ダンジョンでドロップした蟻みたいなやつの金属の爪でできている上に、内側にいつだったかダンジョン内でドロップしたスライムボールを加工したものが貼り付けてある。


 大きさも形も変幻自在なこのスライムは耐熱性や耐衝撃性に優れているのだ。

 とは言え。


 相手の攻撃も並のものではないことはわかっている。

 一瞬その盾が炎を受け止めてくれた間に、俺はその場から離脱する。


「……ただの炎じゃないな?」


 盾は全く燃えていなかった。

 少なくとも、俺が生身で防いで良いとは思えないほど強い魔力の籠もった攻撃だったのにも関わらず、無傷だ。


 普通の炎ならばこうはならない。


「これで死んでくれてたら……楽だったんですがねぇ……」


 炎が風に煽られる時の音と共に大量の青白い火の玉が周囲に浮かぶ。

 その数、ざっと数えるだけでも50以上。

 

生命いのちを燃やす青い焔。当たればその魔力と言えど……ただでは済まないでしょうねぇ」

「ご丁寧にどうも」


 なら喰らわなければいいだけの話だ。

 おどろおどろしい音を立てて飛来するそれらを俺は走って躱す。

 フレアたちの方へ飛んだものは気にしなくていいだろう。

 炎のスペシャリスト――炎を操る者だ。

 この程度の攻撃、意にも介さない。


 というか、はっきり言ってシトリーやフレア、シエルの力を借りればこいつ程度瞬殺できるはずだ。

 それでも俺が単独で戦っているのは完全にエゴ。

 ただのわがままである。


 俺があの三人を心配するようなことは全くない。


 しばらく躱し続けていると、攻撃がやや変則的になった。

 立ち止まり、しゃがんだり跳ねたりで避ける。


 ――と。

 いつの間にか距離を詰めてきていた虚無僧が、静かな声で言った。



「喰らってはいけない攻撃……そりゃそちらに意識が割かれますよねえ……」


 奴の体内で魔力が練り上げられている。

 この感じ、覚えがある。

 それも直近で。


 ミンシヤがやっていたのと全く同じだ。

 体の動きと寸分違わない魔力は絶大な威力を産む。


 その上、こいつの魔力はミンシヤよりも遥かに上だ。

 彼女ですらダンジョンの壁を触れただけで破壊してみせたのだから、その破壊力をこいつの魔力と当てはめて考えればどれだけ凄まじいことになるのかは想像に難くない。


 繰り出された拳を、俺は。


 パシ、と軽い音と共に左の手のひらで受け止めた。


 絶大な威力を産む?

 

 その威力でさえ上から圧し潰してやればいい。


「――な」


 驚いたように口をぽかんと開ける虚無僧の顔面に、右手の拳を思い切り叩き込む。

 ゴガンッ、と鈍い音が響き、ダンジョンの床へ奴の頭がめり込んだ。


 しゅうしゅうと煙が上がっているので、もう治り始めているのだろう。


「立てよ。その程度じゃ死なねえんだろ」


 殴りつけた拳から血が滴っているのがわかる。

 その傷口から、赤い魔力が立ち上っていた。

 心臓が強く脈動する。

 その度に、その赤は強く濃くなる。


 地面に手をついて立ち上がった虚無僧の腹に思い切り前蹴りを入れる。

 特に踏ん張ることもなく後ろへ大きく吹き飛び、今度は床ではなく壁に激突して埋まった。


 休ませる暇は与えない。

 壁に埋まっている虚無僧の顔面へ拳を叩き込む。

 蹴る。

 殴る。

 蹴る。

 殴る。

 殴る。

 殴る。

 殴る。

 殴る。

 殴る。

 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。 殴る殴る殴る殴るる殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴るる殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴るる殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。


「――――」


 男が何かを呟いた。

 よくは聞こえなかったので、俺は一旦動きを止めて耳を澄ます。


「――して……」

「…………」

「……ゆる……して…………」

「許さねえ」


 ゴキャッ、と重い音。

 それと共に、ダンジョンの壁が完全に崩れ落ちた。

 修復力を超えたのか、尽きたのか。


 瓦礫に埋もれた奴の首を掴んで掘り起こす。


「なあ、お前。あと何回死ねるんだ?」

「…………!」


 恐怖に引きつった顔で男は首を横に振る。

 


「親父も――母さんも、俺も。お前たちさえ――お前さえいなけりゃ、10年間幸せだったはずなんだよ。お前に分かるか? 奪われた10年間が。あったはずの時間が。俺が――俺がどれだけ…………!!」


 右の拳が熱い。

 まるで燃えているかのように、熱い。


 もう何度も生き返る余裕はないだろう。

 そろそろか?





2.


 

 そろそろ完全に終わるかと思っていたら、男の体が崩れ始めた。


 死んだのか? いや、違う。

 んだ。

 

 男の口の端が歪んでいる。

 ぎょるん、と不気味な音を立てて俺から少し離れたところに黒くてドロドロした塊のようなものが生まれた。


 それは見る見る間に形を変えて行き、赤黒い出来損ないの泥人形のようなものになって行く。

 端的に言って、かなりグロい。

 気持ち悪い。



「……この手は……使いたくなかったのですが…………」


 泥人形が喋りだした。

 その独特の雰囲気でわかる。

 先程まで虚無僧の姿をしていた、あの男だ。


「未だ試作品……それでも短時間の程度ならば耐えうる…………!」

「……なんだ?」


 徐々にそれはちゃんとした人のような形に変わって行き――やがてはどこからどう見てもただの人間になってしまった。

 目元に大きなくまのある、細身で黒髪の不健康そうな男。

 先程の男と瓜二つだが――決定的に違うところがある。


 それは――


「…………もはや肉体の制限がなくなった私は……先程までとは別物……」


 莫大な魔力。

 下手すればシエルにすら並ぶかもしれないという程の大きさ。

 明らかに尋常ではない。


が……お相手しましょうか……」


 ゆらり、と男は構えを取る。

 先程までの肉体の情報も扱えるのか、明らかに中国拳法っぽい構えだ。


「試作品を勝手に持ち出したのです…………こうなれば貴方がたには、ここで死んでもらうしかない」

「やれるもんならやってみろよ」


 挑発するように指をクイッと動かすと、男が瞬間的に姿を消した。

 俺は右腕を上げて、男の蹴りを防ぐ。



「……偶然。そうは続――」

「舐めるなよ」


 足を引っ掴む。

 そしてそのまま、勢いよく床に叩きつけた。



「がっ……」

「確かに、さっきまでとは比べ物にならない程強いな。だが、残念ながら俺のが10倍は強え」


 ゴンッ、と奴の頭の真横に足を勢いよく下ろす。

 もう少しずれていたら、完全に頭を踏み潰していたというのが伝わるのだろう。

 ひゅっ、と短く息を吸い込む男。


「お前には聞きたいことが山程あるんだ。もっと上があるなら先に出しとけよ。聞き出す前に死んじまったんじゃどうしようもねえからな」

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