第383話:僵尸
ぬいぐるみサイズのまま敵をばったばったと光球でなぎ倒していくぬいちゃん。
どうやら見た目と強さは特に相関関係はないらしい。
少なくとも肉体を使った戦い方をしない限りは。
しかし、流石に強いな。
現時点でのルルとほぼ同等かそれ以上ということは、シエルやスノウたち姉妹、俺のようなある種の突然変異的な強さを持つ者を除けばほとんどその世界では最強ということになる。
まあそれ以上に強いアスカロンという化け物もいるのだが、とりあえずそれは置いといて。
「鈴鈴、壁の魔石を取り込んだり回収したりするのは構わないけどちょろちょろうろついてあまり離れるなよ?」
「ギクッ。べ、別にちょろちょろしてるわけじゃないネ」
「ギクッて口で言うな」
そんな奴なかなかいないぞ。
ていうか初めて見たわ。
「せっかくこんな大量に魔石があるのにほっとくなんてもったいないアル」
「ていうかこういう魔石の所有権ってどこにあることになるんだ? この国は」
「そんなの知らないヨ。初めてのケースだからどうせ決まってないアル。決まってないうちに取りまくるネ」
賢いというかずる賢いというか。
まあ、ダンジョン関係のものは基本的に国家所有になるものは少ないのでこれも見つけた探索者のものになるっていうのが答えな気もするしな。
……とは言え、仮に中国が本当にセイランたちと繋がっているというのならどうなるかはわからないが。
少なくとも、ミンシヤとミンリンにした仕打ちを考えればそう楽観的ではいられないだろう。
そうなると
あちらにはスノウとウェンディがいる上に、知佳や綾乃もそれなりに戦える。
ただちに危険に陥るということはないだろうし、逆召喚もあるのでどうとでもなるのだが。
ちなみにこの層の粒子魔石は俺が取り込んでいる。
特にスキル関係で変化があったようには思えないので、まだ新たなツリーが開放されるまでにはもっともっと魔石が必要なのかもしれない。
「出てくるモンスターも随分強くなってきましたね。やはり粒子魔石の影響なのでしょうか……?」
「……だろうな。雑魚モンスターでこの強さなんだから、ボスは結構厄介そうだ」
何故か俺の手を自然に握っているフレアが言う。
実際、雑魚モンスター(もはや雑魚とは言えない強さだが)が強ければ強いほど当然ボスも強くなる。
普通に真意層のモンスターを相手取っているような難易度だ。
ぬいちゃんがかなり強いせいで全く苦戦という苦戦をしていないが、既に鈴鈴では歯が立たないレベルのモンスターばかりだし、ミンシヤでもスキル込みだとしても相当きついだろう。
相性によっては未菜さんとローラは単独ならば戦えなくもないかもしれないが……
ここを単独で動けるのは最低でもルルやぬいちゃんくらい戦えなければ無理だろう。
「えっ?」
モンスターの気配や鈴鈴のスキル頼りで進んでいく最中。
ティナが驚いたような声をあげて立ち止まった。
また行き止まりか、罠確定ゾーンでも見つけたか?
と思いきや……
「……ユーマ、このダンジョンの奥にスノウとかウェンディさんを呼び出したりした?」
「え? いや、してないけど……そもそも視界の中にしか召喚できないし」
「何かあったの? ティナちゃん」
シトリーがティナの顔を覗き込む。
「い、今……奥の方に誰かが突然現れたんです。それで――」
ティナが言葉を言い終える前に、ぬいちゃんが鋭く警告の声を発した。
「お前たち、固まれ!」
要領を得ないその指示に、それでも俺だってそろそろ歴戦といえるくらいには場数を踏んでいる。
ティナと鈴鈴の腰をとっ捕まえてぬいちゃんの元へさっと寄る。
フレアとシトリー、シエルに関しては指示するまでもなくそうしていて、直後。
赤紫色の風が、俺たちの周りを勢いよく吹き抜けていった。
ぞわっと背中が粟立つような感覚。
「ひっ……!」
似たものを感じたのだろう。
ティナが顔を青ざめさせながら抱きついてくる。
なんだ。
今のは。
明らかに――
普通じゃなかった。
――――ちりーん。
どこからか、鈴の音が響く。
それと共に、声が。
「やはりぃ……いましたねぇ……」
低いが、よく通る声。
聞き覚えのあるその声に、全身の血が沸騰するような感覚を覚える。
籠を被り、全身を白い衣装で包んだその男は。
その男は――
「あ、あいつは……」
事前に聞いていた通り、鈴鈴もその男には見覚えがあったのだろう。
だが。
それについて、深く考えることはできなかった。
「――ティナ、鈴鈴。転移石で先に戻っておいてくれ」
万が一孤立してしまった時に備え、二人にもそれぞれ一つずつ渡してある。
「で、でも……」
「頼む」
「……っ!」
ティナはこちらを見上げる。
俺はその目を見てやることができない。
とても――
友達に合わせる顔がない。
「鈴鈴」
「わ、わかったネ」
鈴鈴はティナの腕を掴むと、何かを言いたげなティナと一緒に転移していった。
「そのまま……あなた方もいなくなってくれると……助かるんですがねぇ……別に……何を見られたわけでもないですし……殺すのも億劫だ……」
「そうは行くかよ」
俺は一歩前に出る。
「三人共、それにぬいちゃんも。手を出さないでくれ。あいつは俺が殺す」
「……あの姿、和真から聞いたことがあるのう。そういうことか?」
「そういうことだ」
シエルの問いかけに短く答える。
ぬいちゃんは特に何も言わず、すうっと宙を飛んで後ろに下がった。
どんな力が働いているのかは謎だが。
スノウやウェンディは召喚できない。
こいつがここに現れた以上、あちらでも何か異常が起きる可能性はある。
スノウやウェンディだけでも粘ることはできるし、万が一に備えて俺を召喚できる面子をあちらに残しておく必要がある。
「悠真ちゃん、無理はしちゃ駄目よ?」
「わかってる」
「……お兄さま、冷静ですか?」
「当然だ」
血は煮え滾るように熱い。
だが、頭と臓腑は冷えている。
俺は冷静だ。
冷静にこいつを殺す。
「……どうやら、私のことを知っているようですが……私は貴方のことを知りません……よねぇ?」
「知らねえだろうよ。けど、俺はお前に恨み骨髄なんだ」
手元に剣を召喚する。
アスカロンの剣は頑丈だ。
「その恨みはお門違い……いや」
ちりん、と音を立てて虚無僧は俺の顔を覗き込むように首の角度を変えた。
「……どこかで、その顔……」
顔面に。
拳を思い切り叩き込む。
ごしゃ、と何かが潰れたような感触が拳に伝わる。
問答を続ける理由はない。
虚無僧の体が勢いよく後ろに吹き飛ぶ。
逃がすつもりはない。
吹き飛んだ体の後ろに強化した肉体の力で回り込んで、地面に叩きつける。
手応えありだ。
「……ふぅ。どうやら……そう簡単に勝てる相手ではないようですね……ここのボスを取り込んでいなければ……今ので死んでいたかもしれません……」
虚無僧はあっさりと立ち上がる。
とは言え、籠は割れているし衣服もずたぼろだ。
その籠の中には――
札が貼られた男の顔があった。
濃いくまが目元に色濃く出ていて、瞳はどんよりとした灰色。
目元のくまと額に貼られた札を除けば端正とも醜悪とも言えない、普通の顔立ちと言った感じだ。
「ボスを取り込んだだと……?」
「
よく見れば、俺が付けたはずの傷が煙をあげて修復されていっている。
不死。
そうか、死なないのか。
「てことは、俺が満足いくまで殺せるってわけだな」
「……貴方……いーぃ感じにイかれてますねぇ……」
男はニタリと笑った。
俺は。
笑わなかった。
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