第380話:神獣
謎の獣がこちらをじっと見据える。
青みがかった黒い瞳はまるでこちらの心の内を覗き込もうとしているようだ。
しかし――
敵意は感じない。
それはこの中で一番喧嘩っ早いフレアも同じ感想のようで、
「敵……ではなさそうですね。それに……もしかしたらモンスターではないのではないでしょうか」
「……ああ。仮にこのダンジョンのモンスター、あるいはボスだとしてもあまりに強すぎる」
この圧。
多分、ルルと互角かそれ以上のレベルだ。
明らかに強すぎる。
真意層の
――――この娘の身内だな?
獣の声が脳内に響く。
男なのか女なのか判別のつかない、不思議な感じの声音だ。
「
獣と、その後ろにあるクリスタルに駆け寄ろうとするミンシヤを一旦止める。
まだあちらの真意が読めていない。
ティナが気配を二つ感じている以上、生きているには生きているはずだ。
あの状態でも。
だが――
「……お前とその子はどういう関係だ? こっちの言葉は通じてるんだよな?」
これを先に確認しておかないと話が進まない。
――――先程お前の言葉に応答しただろう。理解力のない奴だ。
呆れたような声。
…………。
殴っていいかなこいつ。
いや、駄目だ落ち着け。
敵じゃないんだから。
敵意はないんだから。
……悪意なしでこれってこと?
より質悪いんじゃないのそれって。
――――それで、我とこの娘の関係だったな。我とこの娘は……
獣はちらりと妹……明林の方を見ると、
――――別にどうという関係でもない。ただ、落ちてきたから保護しただけである。
「……保護?」
――――この娘は強い運命に守られている。我は強い運命を持つ者を導く存在だ。
運命?
なんだそりゃ。
それに強い運命を持つ者を導く……?
「……保護ってのは、そのクリスタルみたいなのも関係あるのか?」
――――このダンジョンには人間の体では耐えられないような粒子が舞っている。それを抑える結界と、生命を維持させる為の固定魔法を使ったのだ。
「……てことはそのクリスタルはあんたの意思で解除できるんだな?」
――――もちろん可能だ。己で解除できない魔法などあるはずなかろう。お前たちがこの娘を連れて帰れると言うのなら、今すぐにでも開放しても良い。
「当然」
俺が即答すると、獣は立ち上がりすっとその場を離れた。
そして――
ふわっ、と宙空で溶け消えるようにしてクリスタルが消滅する。
「明林!!」
ミンシヤが凄いスピードで飛び出して、何かしらの力が働いているのかゆっくり降りてきたミンリンを抱きとめた。
すぐに脈と呼吸を確認して、安堵したように大きな溜息をつく。
「あ、あの……ありがとうございます! 僕の妹を……助けてくださったのですよね?」
――――礼は必要ない。我からすれば世界を正す為の運命を守っただけのこと。
「さっきから気になってたんだが、その運命ってのはなんなんだ。どういう要素なんだ?」
――――運命は運命。その世界を正す可能性のある者のみに素質として宿る糸のようなものだ。視認できるのは、我のような神の遣いくらいなものだがな。
「神の遣いねえ……」
胡散臭いこと言い始めたぞこいつ、と反射的に思って。
頭の中で三拍くらい置いて、「神の遣い?」ともう一度聞き直した。
以前までなら神なんて単語を聞いてもなんとも思わなかったが、今はちょっと事情が違う。
神ってやつを嫌でも意識することが多くなったし、アスカロンの剣だって神から授けられたものだと言っていた。
ジョアンもそうだ。
女神から使命を授かったとかなんとか言っていた。
フゥやミナホの件もあるし。
――――その通り。我は神より遣わされし神獣。本来お前などが対等な口を利ける存在ではないのだ。
「……ってことは麒麟アルか?」
鈴鈴がピンと来たようで中国に伝わる神獣の名を出した。
言われてみればかなりそれっぽいな。
麒麟か。
モ○ハンのイメージが強いからなんとなく今まで出てこなかったが、言われてみれば某ビールに使われている絵によく似ている。
――――我に定まった名称はない。呼び方に困るのであれば勝手になんとでも呼ぶが良い。
「まあ別になんでもいいんだけど……神の遣いって、その神がミンリンを守れって言ってお前を送ってきたのか?」
――――否。強い運命が幾つも消える未来が神の目に見えた。だから我が遣わされ、保護することとなった。
「強い運命が幾つも消える……」
――――お前たちは強い運命を纏っている。恐らく、我の使命とはお前たちを守ることなのだろう。
強い運命。
ミンシヤの妹、ミンリンだけでなく俺たちもか。
「けど、俺たちだって守られなきゃいけない程弱いわけじゃないぞ」
――――勘違いするな。お前には全く運命を感じない。
「えっ」
――――強い運命を感じるのはお前の周りにいる
ぽん、と鈴鈴に肩を叩かれる。
「なんかよくわかんないけど、どんまいネ」
「うるせえ。けど運命が消えるってのは……」
――――死ぬということだ。
獣……麒麟の端的な答えに、ひんやりしたナイフを腹に刺されたような感覚。
強い運命が幾つも消える未来?
それを守る為に遣わされた?
つまり、そういうことがいずれ起きかねないということだろう。
――――そう不安に思うな。我がいるのだからな。その為にもまず、お前たちの住居へ案内しろ。
「案内しろって……どのみち一旦外には出るけど」
ちらりとミンシヤが抱いているミンリンの方を見る。
容態はかなり安定していそうだが、それでも早めに病院へ連れていくことに越したことはないだろう。
そうは言われても、こんなでかい得体のしれない獣をおいそれとうちへ連れてくるわけにもいかない。
万が一誰かに見られたりしたら大変なことになるぞ。
――――案ずるな。
次の瞬間。
麒麟の体が白い煙に包まれ、その場にちょこんと掌に乗るサイズの黒い犬みたいなのが出現した。
「この姿なら誰に見られたところで疑われることはなかろう」
頭の中に直接響くのではなく、普通に空気を伝わって振動としての音が耳に届く。
犬っていうか……
このサイズ感だともはやぬいぐるみだな。
「…………可愛い」
ポツリと小さな声でウェンディが呟いた。
……神獣ねえ……。
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