第379話:中立

1.



 ダンジョンをどういうものとして見るかは人それぞれだ。

 魔石を無限に生み出す機構を持つ施設。

 己を高める場所。

 楽しむ場所。

 仕事場所。


 色んなパターンがある。

 探索者の数だけスタイルがあると言っても過言ではない。


 今回俺たちは、攻略とミンシヤの妹の遺留品を探す為にダンジョンへ潜っている。


 ティナが下の階層へ入る前に見つけた、二つの


 敵対的なものは赤、友好的なものは青で見え、中立的なものは黄色く見えるように進化した<気配感知>から考えるに、つまり今目の前にある階段を降りた次の層には。

 少なくとも俺たちに敵対的ではなく、友好的でもない――


 何者かがいるということになる。


 今までの傾向からして、モンスターは全て敵対的だった。

 満遍なく、一つの例外もなく。


 つまりモンスターではない、という可能性が高い。


 一緒にダンジョンに潜っている間に鈴鈴やミンシヤのオーラも青く変化しつつあるらしい。

 この変化のニュアンスというのは実際に目で見ているティナにしか理解できないものではあるが、要するに何が言いたいのかと言えばオーラの色は変化し得るということだ。


 現在は黄色いオーラ――中立である2つの気配も、なんらかの要因で赤く転じる可能性がないわけでもない。

 だとすれば俺たちはあまり刺激しないようにこの2つの気配に接触し、知的生命体であれば何かしらの情報共有をしたいのだ。


 こんな深いところにいる何者か、がなんなのかは正直全くわからない。

 ぱっと考えられるパターンとしては4つか。


 1つ目は異世界からの来訪者というパターン。

 ルルやステラのように、ダンジョンを攻略してこちらへ来た探索者だ。


 その場合、あちら側の難易度がどうなっているかはわからないがたったの二人でここまで来たということになる。

 結構な使い手であることは間違いない。

 

 2つ目はセイランの関係者。

 奴らは敵対的だと言えば敵対的だが、俺たちに敵意を持っていない誰かが奴らの身内にもいるはずだ。

 

 そいつからティナに向く敵意は当然ないはずなので、黄色いオーラになる。

 

 3つ目はなんらかの要因で中立的になっているモンスター。

 今までに一切の例外がなかったとは言え、本当に何事にも例外が存在しないというわけではない。

 ただし、これはかなり可能性が低い。基本的に無視していいくらいだ。



 そして、4つ目が俺たちにとっての本命。

 ミンシヤの妹が、何かしらの要因でまだ生きているという可能性。


 もちろん低い。

 確率としては、かなり。


 一人で落ちたはずのミンシヤの妹が何故もう一つの気配を伴っているのか、なんてのも不思議な話だしな。


 だが、可能性はゼロではない。

 少なくとも、俺たちに(ティナに)敵対的ではない生きている何かがこの下にいるのだから。


「念のため戦力を少し補強しよう。何があるかわからないからな」

 

 外で待機しているフレアへ念話を飛ばす。

 シトリーとシエルにも事情を説明した後、こちらへ転移召喚をした。


「おにいさまっ!」


 召喚した直後に満面の笑みでばっふ、と飛び込んでくるフレアを抱きとめる。


「ダンジョン内でべたべたするんじゃないわよ」

「あう」


 スノウに物理的に引っ剥がされるフレアが不満げにむくれる。

 まあいつも通りの光景だ。



「ひ、人まで召喚できるなんてなんでもし放題ネ……」

「いや、できるのは限定的な人間に限る。少なくとも、そこらのおっさんや鈴鈴を召喚できたりするわけじゃない」


 ドン引きする鈴鈴に一応の補足をしてから、フレアに改めて細かい説明をする。



「お兄さまたちが何かピンチだから喚ばれた、というわけでなくて良かったです」


 一通りの説明を聞いた後の第一声がこれだった。

 まあ、スノウとウェンディがいるのに転移召喚するくらいだからな。

 何かあったのかと思うのもおかしくはないだろう。


「そっちはどうだった?」

フォン 泰然タイランという男が訊ねてきてました。監視役のつもりなんだと思います。お兄さまを疑うなんて、許せないですよね」

「いやまあ、言っても俺たちだって部外者なんだからそう来るのは当然なんだけど……」


 そりゃ監視役の一人や二人くらいいるだろう。

 その役目は本来鈴鈴のものなはずなのだが。

 一緒にダンジョンへ潜ってしまった上、同行している面子が地上に残っているとなればそちらへも監視の目を割かなければならない。


 フォン 泰然タイラン

 国家レベルの組織のトップがわざわざ直に見に来るほどに警戒されているということか。


「何か怪しい動きはしてなかった?」

「シトリーお姉さまとシエルさんが警戒してますから、大丈夫です。何かあったら転移石も逆転移召喚もありますから」


 それもそうか。

 滅多に使うことはないが、シトリー達側から俺を召喚するという荒業ができるようになったのはかなり大きな収穫である。


 今までは俺の傍でしか本来の力を発揮できなかった彼女たちが、いつでもどこでもフルパワーで暴れられることができるようになったのだから。

  

 それに、俺がいなくとも素の力で戦うことのできるシエルがいるのだからよほどのことがない限りは大丈夫だろうしな。



「マスター、そろそろ参りましょう」

(ミンシヤさんの脈拍や発汗量が上がっています。あまり待たせても良いことはなさそうです)


 ウェンディが言葉と同時に念話を送ってきた。

 そうだな、妹が生きているかもしれないという可能性を目の前にして冷静でいられるはずもない。


 彼女も歴戦の探索者だ。

 単独先行しないだけの分別はあっても、逸る気持ちはなかなか抑えられないのだろう。



「行こう。最短ルートでな」




2.



「……ありえないなんて話じゃないアル。鈴鈴たちは今とんでもないものを見ているネ」

「す、すごい……」

 

 鈴鈴とミンシヤが呆然と呟いている。

 まあ当然の話だろう。


 フレアがダンジョンの壁を焼いて溶かし、その穴をスノウが凍らせて一時的に固定することで無理やりショートカットしているのだから。


 ダンジョンの壁を固定するほどの氷を生成するにはそれなりの魔力を消費する上に、よほどの事情がない限りは下手な動きをしない方が安全面を考慮しても良いだろうということで普段はやらない方法だが、今回はそのよほどの事情に該当するだろう。


 ティナはスノウがこれをできるということをロサンゼルスでの経験から知っているのでさほど驚いてはいないが。

  

 むしろ冷静に方向を指示してくれている辺り、慣れたものである。

 ちなみに粒子化した魔石は俺が使っておいた。


 何度も強化しているからなのか、今のところ何も変化が見られない。

 で、入り組んでいたりループ迷路になっていたりするので時間がかかっていた攻略も流石に壁をぶち抜いての攻略には対応していなかったようでほんの20分程で、ティナが「この壁の向こう」と宣言した。


「気を引き締めていくぞ。ミンシヤ、絶対俺たちの前に出るなよ」

「…………はい、分かっています」


 ミンシヤが頷くのを見てから、フレアに目配せして壁をぶち抜いてもらう。

 スノウが固定し、そこを潜ると――


 

 教室程の広さの空間に出た。


 そして暗い色の岩に囲まれたそこの奥では、一匹の獣が腰を下ろしてこちらを見ていた。


 

 いや、獣――と言って良いのだろうか。

 見た目は馬にどことなく似ている。

 だが、似ているのはフォルムくらいで細かく見れば全然違うといった感じか。

 

 毛並みは基本黒。

 そこに金色のたてがみがところどころ入っているようなイメージだ。


 顔つきは……獅子と竜の特徴を比較的哺乳類寄りに合わせた、みたい感じ。

 言葉で説明するのが難しい。

 

 感じる魔力もかなりのものなのだが、それ以上に。


 

 戦えば俺たちが勝つ。

 それは間違いない。


 だが、何故かそれとはまた別の次元のなにかに気圧されるのだ。


 そう感じているのは俺だけではないようで、フレアやウェンディ、スノウまでもが押し黙って離れた位置にいる獣を見ていた。



 しかし、問題はその獣ではない。

 その獣の背後にある、1メートル半ほどに見える大きなクリスタル。

 

 そのクリスタルの中に、胸の前で手を組み、目を閉じている少女がいるのだ。

 年齢は6歳から7歳程度に見えるか。


 どことなく――

 ミンシヤに似ている。



「…………!!」


 駆け出そうとしたミンシヤをウェンディが手で制す。

 反応からしても間違いない。

 あの子が妹なのだろう。



「……ティナ……感じていたあの2つで間違いないんだな?」

「…………」

「……ティナ?」


 返事がないのでそちらを見やると、ティナは顔を真っ青にして震えていた。

 あの獣の威圧感にあてられているのか。

 俺たちは平気だったが、戦闘能力に関しては普通の少女であるティナは耐えられなかったのだ。

  

 黙ってティナを引き寄せ肩を抱いてやる。

 

 ティナに聞くまでもなく、あの獣から敵意は感じない。

 もしそうならば目が合った瞬間に襲いかかってきているはずだからだ。

 



 ――――怯える必要はない。




 不意に、頭の中に直接声が響いた。

 男性とも女性とも取れるような、不思議な声質。


 

「えっ……!?」

「なっ……」



 戸惑う鈴鈴とミンシヤ。

 恐らくはティナにも聞こえていたのだろう、びくりと体を震わせる。



 俺は――

 直感していた。


 


「……お前、話せるのか」





 ――――その通り。我はお前たちと争う気はない。



 

 やはり直接頭の中に響く声。

 念話の聞こえ方によく似ているが、その言語は日本語でもなければ中国語でもない。

 

 しかし、理解はできる。

 この不思議な感覚は、ルルやシエルと言った異世界人と話す時に酷似している。





 ――――この娘の身内だな?




 獣は確認するようにそう問いかけてきた。

 その瞳には、確かな知性の光が宿っていたのだった。

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