第378話:アクロバティック
1.
キョンシー。
関節が死後硬直だかなんかで固まってまともに動かせないゾンビみたいなもんだったか。
下へ降りることで現れた、ゴブリンやオーク、スライム以外に初めて見る固有モンスター。
扱いとしては新宿ダンジョンに現れる妖怪みたいなものだろう。
だが、魔力量と質から考えるに、こいつらは既に。
「ボスより若干弱いくらい……ってところか?」
恐らくは昨年戦った九十九里浜のでかいタコ型ボスとほぼ同格か、少し弱いかくらい。
あくまでも魔力量だけで見れば、の話だが。
タコボスもなかなかに厄介な存在ではあったが、こういう人型のやつのが面倒なのはなんとなく経験からわかる。
新宿ダンジョンのボスも、今魔法無しで戦って圧倒できるかと言われればちょいと微妙なラインではあるしな。
負けることはまずないだろうけど。
あの時点でも善戦できたしな。
と、それはともかく。
「ティナ、鈴鈴。スノウとウェンディの視界から外れるなよ」
こちらの様子を窺ってすぐには襲いかかってこないキョンシーへ俺は無防備に近づく。
1、2、3歩近づいたところで。
関節が曲がらないとは信じられないようなとんでもない跳躍でこちらに向かって突進してきた。
裏にはティナたちがいる。
俺が躱してもスノウやウェンディが対応するとは思うが、別に避ける必要はないだろう。
頭突きを正面から受け止める。
ズンッ、と重い衝撃が掌に伝わり、ピリピリと痺れる。
トラックと正面衝突したくらいの威力はあるぞこれ。
戦闘スタイルが脳筋寄りの親父は真正面から受け止めるかもしれないが、技巧寄りの柳枝さんだとちょっとキツイかもしれないという塩梅。
別に真正面から止める必要はなく、受け流せば良いだけの話なのだが。
なんてことを考えていると、恐らくは最大威力の攻撃だと思われる頭突きを受け止められたキョンシーがその場でぴょんと俺の頭の高さまで跳躍し、そのまま回し蹴りをしてきた。
「――おおっ!?」
受けても良かったのだが、反射的に躱してしまう。
お前、関節曲がらねえんじゃねえのかよ!
全然曲がってただろ今の!
しかし今ちらりと見えたが、パンツ穿いてなかったな。
相手がモンスターな上にのっぺらぼうなので全く興奮はしなかったが。
……というか人間型のモンスターってそういうとこまでしっかり再現されてるんだな。
男にもあるんだろうな。
ナニがとは言わないが。
流石に生殖機能まではないと思いたい。
でも今度ウェンディとかレイさん辺りに同じことをやってみてもらおう。
限界まで動体視力と身体能力を強化すればウェンディやレイさんであろうと攻撃を避け続けることは一応可能だ。
反撃しようとすると逆に反撃されるけど。
攻撃の瞬間にどうしても隙ができてしまうのだ。
なんてことを考えつつ、俺は手元に剣を召喚してそれでキョンシーを一刀両断した。
完全に人型だとやっぱり若干の抵抗はあるが、それでも攻撃できないって程ではない。
相手が女の子の見た目だからーとか言ってたらセイランとかどうしようもないしな。
残った魔石は見立て通り九十九里浜のボスが残したものより一回り小さい程度。
これでも億単位で売買されるだろう。
ここまで来るともう金銭感覚がバグってくるな。
その辺に3億円の詰まったアタッシュケースがごろごろ落ちてるようなものだ。
「……本当に余裕なのですね、ここまでのモンスターが相手でも」
一連の流れを見ていたミンシヤがしみじみとした様子で呟く。
「まあ、もっと危ない橋は割と何度も渡ってるしな。これくらいなら大した障害にはならないよ」
「……最初から僕にそれだけの力があれば……」
妹をもっと早く助けに来れたかもしれない、と言いたいのだろう。
実際それはそうだ。
彼女が俺と同じくらいだけ強ければ。
もっと早い段階で物事は解決していただろう。
粒子化した魔石をどうするかという問題はあるにはあるが、体に影響が出る前に攻略してしまえばそれもほとんどないようなものだ。
彼女の言葉に対してそんなことはない、と言うのはあまりにも無責任な話である。
「……ま、その為に俺がいるんだ。困った時はお互い様ってやつだ。頼ってくれよ」
召喚した剣を元の場所に戻しつつ、俺はそう言うのだった。
2.
1時間ほどかけて更に1層下へ降りると、出てくるモンスターはほとんどキョンシーばかりになった。
てっきり女型しかいないと思っていたが、普通に男のキョンシーもいた。
傾向としては女型はスピード寄り、男型はパワー寄りって感じ。
女型が大型トラックだとしたら、男型はでっかいダンプカーって感じ。
いや、本当はどっちが重いのかは知らないんだけども。
スピードの差は人と猫くらい違うって印象だ。
男型の方は親父でももう正面からは止められないだろうな。
未菜さんやローラも、身体強化に寄っている人たちではないので割と厳しいかもしれない。
あの二人がキョンシーに負けるとまでは思わないが。
で、男型と女型を何体か倒して特に何か変わったこともないってのを確認してからは元通りスノウとウェンディの二人で俺たちが出会う前に処理してしまうようになった。
お散歩してるだけで何億もする魔石がゴロゴロ転がってるのって、よく考えたら凄い状況だよなあ。
別れ道や罠を突破しつつ歩いていると、ウェンディがふと声をかけてきた。
「……マスター」
「うん? どうした?」
「先程から徐々に粒子が濃くなってきています。今までよりも、遥かに」
「吹き溜まりか? それとも……」
「風の流れに不自然さは感じられません。発生源が近いのだと思われます」
魔石粒子の発生源か。
そこを止めればもう少しゆっくりこのダンジョンを探索できるかもしれないな。
いや、止められるようなものなのかは知らないが。
粒子が濃くなってきたとのことなのでティナのスキル強化へ一旦使って、再び先へ進もうとしたタイミングで。
強化を終えたばかりのティナが「あれ?」と声をあげた。
「なんだ? 何か新しい能力でも発現したのか?」
「そう……じゃないんだけど、範囲が広がっただけというか……でも……」
ティナは下を見る。
ダンジョンの、床。
更にその下を。
――下の階層を。
「……この下の層に、黄色いオーラの何かが2つある……かも」
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