第377話:動く
1.side地上
悠真たちがダンジョンへ突入している間、知佳、綾乃、フレア、シトリー、シエルの五人が何をしているのかといえば魔法とスキルの練習である。
特にスキルである。
「戦闘に転用できるタイプのスキル
というシトリーの言葉を信じて。
知佳も綾乃も、悠真の知らないところで密かに努力している。
白鳥は人からは見えない水面下で必死に浮く為の努力をしている、なんてよく言ったものである。
(悠真くんの役に立つ為ならこんなの努力とも思わないからなあ……)
綾乃は密かに心の中でそう呟く。
悠真の周りには魅力的な女性が多くいる。
そして悠真が全員分の責任をなんとかして取ろうとしていることもわかっている。
だからこそ、自分は負担になりたくない。
むしろ手伝いたい。
綾乃のモチベーションはそんなところだ。
彼女がいなければ現在の悠真たちは成り立っていないのは間違いないのだが、それで増長するような性格でもないというのが難儀な話だが。
下手すれば特にその自覚はない可能性すらある。
「そういえば、例の魔法は完成したのですか?」
あれこれレクチャーされながらスキルの練度を高めている中、フレアがついでのようにさりげない様子を装って綾乃に訊ねた。
そう、装って。
本心は気になって気になって仕方がないのに、そうでもないフリをしているのだ。
「実は、ほとんど完成してるんですけど、まだ致命的な問題があって……」
「……致命的な問題というと?」
「どうしても
「…………やはりお兄さまには自主的に受け入れてもらうしかないのでしょうか」
「なになに? 何の話? お姉ちゃんも混ぜてよ~」
「シトリーお姉さまには内緒です」
「ええ~!?」
ナチュラルに仲間外れにされて涙目になるシトリー。
しかしこればかりは仕方がない。
なにせ、シトリーに知られれば悠真が大変なことになる可能性があるからだ。
色んな意味での危機が訪れることになる。
「レジストされないように言い包めるとかなら簡単だけど」
同じくスキルの練習をしていた知佳も話へ入ってくる。
確かに悠真を言い包めるのは比較的簡単だ。
しかし途中で我に返られる可能性がある。
「不意打ちでできるくらいの発動スピードになればそういう心配もないんですが……」
「……発動した時の魔力量などはどうなるのですか? 当時のお兄さまと同じ程度まで下がる?」
「いえ、流石にそのままです。でも発動してしまえば魔力はそのままでも魔法に慣れていない体になるのは間違いないので、簡単には破られないと思います」
「なるほど、楽しみですね」
「おぬしら、ろくでもないことを考えとるのう……」
一連の流れを見ていたシエルは呆れたようにやれやれと嘆息する。
「シエルは興味ないの?」
「む……まあなくはな……ん?」
ふと。
シエル、フレア、シトリーの三人の視線が扉の方へ向けられる。
「何者じゃ。用があるのなら外で窺っておらんで、ノックくらいするんじゃな」
と、牽制するようなトーンでシエルが言い放つ。
するとその扉の外から、男性の声が届いた。
「申し訳ありません、窺っていたわけではないのですが。中へ入っても?」
英語である。
とは言え、シエルやルルなどの異世界人は何故かこちらの世界の言語を全て自分たちが使っている言語として捉えているのでこれが英語であるということにも気付かないのだが。
現在、この場での最終決定権を持つのは綾乃だ。
その綾乃がこくりと頷き、「どうぞ」と声を出す。
すると「ありがとうございます」と英語で返ってきた後に扉が開いた。
年齢は30歳手前程度。
短い黒髪の優男は右の拳を左手で包み、軽く会釈をした。
「
綾乃だけは彼を知っていた。
しかし他の四人は知らない。
とは言え、知佳とフレアは知識としては知っていたが。
迷宮監視委員会主任、
元探索者で、スキル
「何の用でしょうか?」
「言っておくが、妙な真似をすれば即座に拘束するからの」
綾乃の質問に被せるようにしてシエルが威嚇する。
シエルはまだ優しい方だ。
フレアなんかは、悠真にとって不利益になると判断すれば声すらかけずに灰にしてしまう可能性だってある。
「そのような真似はしません。格の違いは目に見えています」
彼のスキルは、見たものの強さを動物などの生き物で表すというもの。
綾乃は兎と評された。
そしてウェンディと悠真については、口に出すことも躊躇うと。
実際に全てが見えている 彼にとって、この場は地獄とすら言える場所だったのだ。
「ただ、お聞きしたいだけです。ダンジョンの攻略について、もちろんまだまだお時間はかかるかと思うのですがまず可能そうかどうか、というところを」
「可能かどうかで言えば可能だと思います。今日中までにかどうかはわかりませんが……」
断言する綾乃にタイランは目を丸くする。
攻略は可能だが、今日中にできるかどうか?
いくらWSR1位で――あのような凄まじい力を持っている二人がダンジョンへ潜っているからと言って、流石に1日で攻略するということはあり得ない。
しかしそのような嘘をつく理由もなく……
「あの、根拠をお聞きしても……?」
「悠真くんが誰かを助ける為にダンジョンへ潜っている以上、それを達成できないってことはないでしょうし……たとえ目標達成が先だとしても、約束したことは守る人ですから」
「それは……」
根拠ではなくただの惚気けでは? と言いたいのをタイランは我慢した。
兎の後ろに化け物が3匹控えているのだ。
一見この中で一番無害そうな少女でさえ、関わりを持ちたいとは思えない。
眼の前の兎だって一皮剥ければ何になるのかはもはやタイランには想像もつかなかった。
「――――あ」
フレアが何かに気付いたようにして立ち上がった。
そしてシトリーとシエルの方を向いて、
「いってきます」
とだけ呟く。
既に全てを察しているシトリーが辛うじていってらっしゃい、という前にはフレアの姿がその場からかき消えていた。
「……え?」
元探索者で、清濁あわせた数々の修羅場を潜り抜けてきた。
戦闘でも、政治でも、どちらでも。
しかしそんな彼でさえ、今目の前で起きたことに対してはただ呆けることしかできない。
何が起きた?
一瞬で人が消えた?
瞬間移動?
そんなことがあり得るのか? と。
「今見たこと」
知佳が静かに呟く。
「口外したら、保証はしない」
何の、とは言わなかった。
だが、タイランは冷や汗をたっぷりかきながら首を縦に振るのだった。
2.side悠真
別れ道を通過し、しばらく歩く。
道中で現れるモンスター達は基本的にスノウとウェンディが処理し、時折正確な強さを測る為に俺が
その結果ウェンディの見立てでは、ここは8層から9層程度ではないかとのことだった。
となるとかなり深くまで落ちてきたことになる。
道中、粒子が再び濃くなってきたので鈴鈴がスキル強化に使用する。
先程の別れ道みたいなものがもう一度ないとは限らないし、ローラ然り空間系のスキルはシンプルに便利だからな。
先程の別れ道のような案件があった時、取れる手段は多い方が良いだろう。
「なーんて思ってたら、まさかちょっと歩く内に3つも似たような別れ道を通るとはなあ」
「鈴鈴いなかったらもっと大変だったネ。感謝してほしいアル」
「まあそれはそうなんだろうけど、口に出して言われると途端にその気持ちが失せるよな」
というか、このダンジョン。
モンスターの強さもそうだし、この迷路もそうだけど本当に難易度が高いな。
難易度が高いというか、なるべく攻略させないようにすらしているように感じる。
……いや。
このダンジョンに限った話ではないのだ。
ダンジョンは大抵の場合、深くなればなるほどにいやらしくなる。
もちろん難易度に差はあるが、攻略を進ませないように作られているとしか思えない。
誰かがそういう風に設計したのだろうか。
それとも――
なんて事を考えているとキリないし、さっさと進むが吉だな。
――と。
「今までに見なかったモンスターがいる……かも」
「お?」
ティナが呟く。
向こう側でも大体の大きさなんかはわかると言っていたので、それで今までのとは違うと気付いたのだろう。
「ウェンディ、スノウ。処理しないで会わせてくれるか?」
「わかったわ」
「承知しました」
そのままティナがいると言っていた方向へ進んでいくと、そこには確かに初めて見るモンスターがいた。
青白い肌に額に貼られた御札、不自然に前へ突き出された両腕。
着衣はチャイナドレスで、札の奥にある顔は無い。
平たくいえばのっぺらぼうだ。
いや、のっぺらぼうというか。
「……キョンシーじゃん」
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