第373話:硬気功

「気と魔力はよく似てるネ」


 太極拳? 的なポーズを取りながら鈴鈴はキリッとした表情で言い放つ。

 だがミンシヤが腰に手を当てて妹を叱るようなテンションで、


「鈴鈴、適当は駄目だよ。君は気を極めてないでしょ」

「黙ってたらバレないヨ!」

「ばっちり聞こえてるんだが?」


 適当なのかよ。

 そもそも気って言われてもな。


 俺が気って聞いて思い浮かぶのは7つ集めると願いを叶えるドラゴンが出てくるボールの出てくる某漫画だ。

 というかもはや隠してもいないがあの漫画には多大に影響を受けている。

 動画に乗った俺の魔法や戦い方的にネットの皆さんには割とバレてるしな。


「でもゆうまさん、鈴鈴は適当に言ってはいるんですけど、案外遠くもないのですよ」

「え、そうなのか?」

「僕が探索者としてそれなりに結果を残せたのはその辺りが影響もしているんです。もちろんスキルの力が大部分ではあるのですが」


 ミンシヤはそっとダンジョンの壁に触れる。

 そして。


 その部分に、大きな亀裂が入った。

 まるで力を込めていないように見えたのに。


 鈴鈴も当然のように壁を破壊していたが、それとはまたレベルの違うことをやってのけているぞ。

 なにせほぼ触れるだけでの破壊だ。


 俺でもちょっと力むくらいはしないと壁の破壊は出来ないのだが……


「もちろん、気と魔力は似て非なるものです。魔力を扱えるからと言って気を扱えるわけではない。ですが魔力を扱う時には硬気功の理が応用できるのです」


 逆再生されたビデオのように壁が元に戻って行く。

 

「……ミンシヤは気を極めているのか?」

「僕の場合は極地からはほど遠い所にいます。魔力と併用することでこうして誤魔化してはいますが」


 ……ふむ。

 レイさんやアスカロン辺りなら分かる話なのだろうか。

 ちらりとウェンディへアイコンタクトをやってみるが、どうやら少なくとも彼女にはわからない話らしく小首を傾げられた。


「けど、上位の探索者ってのは身体能力もずば抜けてるだろ? 俺たちはその気になればあらゆる競技の世界新記録を樹立できる」


 とは言え、元々その道の限界まで鍛えている人をただ身体能力が上がっただけの人間がそう簡単に超えられるのかというとそうではなく。

 短距離走の公式世界記録は今のところまだ8秒台だ。

 俺とは言わず、今の未菜さんが走ってもそのタイムは更新されそうだが。

 一部界隈ではもう2、3年経ったらあらゆるスポーツ界隈は混乱に陥るだろう。


 その辺りのルール整備はそっちの人たちに任せるとして。


「俺たちが普通の拳法を習得したところで、それって人間が人間を相手する為に開発されたものだからあまり役に立たないんじゃないか?」

「それは違うわね、悠真」


 話を聞いていたスノウが割り込んできた。


「プロ野球選手ならドッジボールもそれなりに強いでしょ。そういうことよ」


 ドヤ顔で言う。


「…………そうとは限らないんじゃないか? いやでも、一般人よりは強いに決まってるか」


 そういう企画、テレビでやったら面白そうだな。

 本職とガチでやりあったら勝っても負けても遺恨が残りそうだけど、例えば野球選手とドッジボールとか、サッカー選手とキックベースとか。


 対探索者でやったらどっちが勝っても割と盛り上がりそうだ。

 ドッジボールもキックベースもエンタメスポーツとしての側面が多く見えるしな。

 今度大株主様こと知佳に提案してみようかな。


「大事なのは魔力をどれだけ上手く扱えるか、だと思うのです。こう言っては自信過剰に聞こえるかもしれませんが、WSRで10位だからと言って――人類で10番目に強い、とは思っていません」

「……なるほどね」


 もちろん謙遜しての言葉ではないだろう。

 10位以内にいる奴よりも自分の方が強い、と暗に言っているのだ。


 魔力量=強さじゃないのは俺が一番よく知っている。

 本人の格闘能力やセンス、魔法の強弱やイメージ力もある中に魔力をどれだけ上手く扱えるか、という項目があるのだろう。


 実際、同じだけの魔力と同じだけのイメージ力を持って同じだけの魔法が使えるかと言うと多分違うしな。


 しかし、思っていたよりも自信過剰……というのは変か。

 過剰な自信を持っているわけではないのだろうから。

 自信に満ちあふれているんだな。


「ティナ、周囲にモンスターの気配は?」

「今は無いかな。500メートルくらい離れたところに何匹かいるけど」


 即答だ。

 流石、気配感知。

 

「ミンシヤ、良かったら幾つか型を見せてくれないか? 俺たちにとっても勉強になると思うし」


 特にスノウやウェンディは俺よりも遥かに高い次元で魔力を扱っている人物でもある。

 似た理だと言うそれを見たら何か得るものがあるかもしれない。


「ええと……」


 ミンシヤが頬を赤く染める。


「人に型を見せられる程のものではないのですが……」

「何言ってるネ、明霞ミンシャのそれは免許皆伝くらいの実力ヨ」

「だそうだけど?」

「う……鈴鈴、余計なことは言わないでいいのに……」

「適当言うのはよくないアル~」


 もはや逃げ道がないと悟ったのか、ミンシヤはがっくしと項垂れて小声で「わかりました」と呟いた。


「でも僕の動きを真似しようとかはやめてくださいね。変な癖が付いても困るので」


 そう前置きしてから。

 ミンシヤは音もなく動き始めた。

 

 流れるように、ゆっくりと。

 動きだけ見ればカンフー映画で見るような動きだ、という感想しか出てこない。

 だが――


 魔力という観点で見てみるとどうだろうか。

 俺はもちろん、ウェンディやスノウすらも息をすることさえ忘れる程に魅入ってしまった。


 しばらくして、ミンシヤがぴたりと動きを止める。



「素晴らしいものでした」


 ウェンディがいの一番に感想を口にした。


「ここまで完璧に魔力の動きと体の動きに差をなくすことができるのは私の師くらいしかいないと思っていました」


 ウェンディの師と言えばレイさんのことだ。

 そう、今の一連の型に俺はレイさん並のポテンシャルを感じた。


 ウェンディの言った通り、に全く違いがないのだ。

 

 と言われてもわかりにくいか。

 魔力は本来、体からそれこそオーラとか気みたいに立ち昇るものだ。

 

 もちろんそれを抑えて外へ出ないようにしたり、逆に大きく出したりすることはできる。

 だが、それをぴったり体のサイズに抑えてしかも動き回るなんてことは普通できないのだ。


 並々と水を注いだコップを持ったまま、その水を零さずに動き回るのと同じくらい難しいと言えば少しは伝わるだろうか。

 

 レイさんはそれができる。

 恐らくはアスカロンも。

 そして、ミンシヤもそれに限りなく近いことができているのだ。


 正直、舐めていた。

 武道の達人というものを。


 ……ミンシヤはその一点のみに限って言えば、あの未菜さんよりも上である。

 

「凄いものね。ミンシヤ、あんた魔力さえ今の倍くらいに増えればこのダンジョンくらいは余裕で攻略できるわよ」

「あ、ありがとうございます」


 2倍に増えたら、と言ってもなあ、みたいな感じでミンシヤは礼を言う。

 はっきり言って、今のミンシヤの魔力を倍に増やすのは無理だ。

 10年はかかる。


 だが、普通じゃない方法なら恐らく半年もあれば……

 …………まあそれは置いとくか。


「興味あるのなら、良い道場を紹介しますよ」

「なんだ、教えてくれるわけじゃないのか?」

「僕はまだその域に達していませんので」

「そうは思わないけどなあ。あの型は今まで見たことがないくらい綺麗だった」

「お、お世辞は結構です」


 ミンシヤは頬を赤くしてちょっと怒ったような表情を浮かべる。

 お世辞じゃないのだが。

 別に俺は太極拳とか気を習いたいわけではない。


 それに準じて魔力を上手いこと使えるようになりたいのだ。

 もちろんそれで基礎を疎かにすると言いたいわけではないのだが、既にそれを実戦に投入可能なほど物にしているミンシヤが人に教える器ではない、というのも変な話のような気がする。


「……でも有りだな、『気功』を覚えるの」


 思っているよりずっと有意義そうだ。

 なんとかミンシヤを口説き落として教えてもらおう。


 ……別に口説き落とすってそういう意味じゃないからな?

 ただ気って奴を教えてもらうだけだぞ。

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