第367話:呪い
「戦わなくて済むって……」
「
戦いたくて戦ってるわけじゃない?
「どういうことだ? 戦うって……探索者を好きでやってるわけじゃないってことか?」
「端的に言えばそうヨ。でも、今は続けざるを得ない。そんな状況にいるアル。妹のこともあるネ」
どうやらミンシヤの背負っている事情とやらには俺たちが知っていること以上のものがあるようだ。
「仮にあんたの言っていることを鵜呑みにして信じるとして、俺は一体何を中国政府から貰えばいいんだ? 何でも願いを叶える宝珠とか言わないよな?」
「そんなものあったらとっくに奪ってるネ」
鈴鈴は呆れ顔で言う。
流石に『暫定』キーダンジョンの証であるモノが飛び出てくるわけじゃないか。
「じゃあなんだ」
「……聞いても信じられないかもしれないアル」
「どんな話だよ」
少し考える。
鈴鈴が言っていることの真偽について。
まず、シンプルに疑ってみよう。
というか、疑うまでもなく疑わしい。
敢えてわざわざ疑念を抱くというプロセスを踏まずとも、誰だってこの状況ではいそうですかと鈴鈴を信じられはしないだろう。
何から何まで胡散臭いのだ。
粗方事情を話したような素振りを見せていたミンシヤに未だ何らかの事情があるようなこの状況も、鈴鈴自体も。
現在、知佳や綾乃と念話のチャンネルは繋げていない。
すぐに確認することは難しい。
俺の手に負えるか、微妙なところだな。
「もう一度言うが、そういうのは俺じゃなくて綾乃に言ってくれ。俺はこの手の会話が苦手なんだよ。情に流されるからな」
「それ承知でゆうまに言ってるネ」
「そこまでしてなんでミンシヤの事情に突っ込むんだ」
「友達だからネ」
鈴鈴がまっすぐ俺の目を見る。
「お願いアル。ゆうまにされること、拒否しないヨ。現に昼間も鈴鈴に何かしてたネ」
「……何のことだ?」
「嫌でもわかるヨ。普段感じてる視線なかったネ」
日本人が思っている程、チャイナドレスなんてものを着ている中国人はいない。
というかほぼ皆無だ。
日本のような海外向けに敢えてわかりやすい記号として中国色を出そうとして着るようなもの、と言えば良いだろうか。
日本人にとっての和服ですらないのだ、本来。
そうなれば当然、チャイナドレスを着ている鈴鈴は同郷の中国人からも視線を浴びることになるだろう。
根っからの目立ちたがりなのだろうか。
俺にはあまり理解できない考え方である。
「あれは人を目立たなくする魔法みたいなもんだ。別に悪意があってかけたわけじゃない」
「悪意があろうがなかろうがなんだって受け入れるアル」
「そういうメンタリティで迫られるのは御免だ。話を詳しく聞かせてくれ。協力するかどうかはまた別としてな」
「……わかったヨ。でも、絶対口外しないと約束してほしいネ」
「もちろんだ。でも仲間に相談はするぞ」
「それくらいなら問題ないヨ。……その前に、ゆうまはオカルトを信じるアルか?」
「……オカルト?」
「オバケとか呪いとか」
「信じるもなにもオカルトじゃないマジモンのオバケも呪いも見たことあるからな、俺の場合」
レイさんとシエルの件だ。
てか俺自身も一回呪われてるしな。
「なら安心したアル……
なるほど、呪いと来たか。
異世界ではなくこの世界で。
「ミンシヤ自身ではなく、両親が? どういう経緯で、誰にかけられた呪いなんだ」
「それはわからないネ」
「どういう呪いだ?」
「…………自分の娘が化け物に見える呪いヨ」
「――――」
コンスタン=ベッケル。
通称コーンさん。
帝国の軍人であった、彼のことを思い出した。
呪いと言えば、彼もいたじゃないか。
彼は――
周りの人間全てが化け物に見えるという厄介な呪いを受けていた。
解呪することもあるいは可能だったかもしれないが、それを是としないで生きていくことを選択したのが彼だが。
何故それと同種の呪いが、ミンシヤの母親――この世界の人間にかかっているんだ。
「……娘がってことは、もしかして男装してたらその呪いは発動しない、とかか?」
「案外勘がいいネ」
案外は余計だ。
だが、彼女がスキルを使ってまで完璧な男装を続ける理由はそれでしっくり来た。
「明霞の両親は明霞がまだ幼い頃にその呪いにかかったアル。自分たちに娘がいたことさえ忘れた二人は、化け物を――明霞を殺そうとしたヨ。あの子が3歳の時の話ネ」
自分たちに娘がいたことさえ忘れた?
そうなってくるとコーンさんとは若干事情が異なってくるな。
それに男装して娘でなくなれば大丈夫というのも気になる。
「それで孤児院か。ミンシヤの妹が孤児院にいるのも……」
「『娘が化け物に見える』のなら、明霞の妹――
ミンシヤが3歳の頃にその呪いを受けたのなら、現在7歳になる妹――ミンリンは生まれたその瞬間からだろう。
どんな気持ちなのだろう。
大切な娘が化け物に見えてしまうような、凶悪な呪いをかけられた両親の気持ちと言うのは。
「……で? 俺はこの国から何を貰えばいいんだよ」
「情報ヨ。書類でも、電子データでも、なんでも。なにか証拠があるはずネ」
「証拠? その呪いには国が関わってるのか?」
「そう……とも言い切れないアル。でも、何か知ってるのは間違いないヨ。そこまでは調べられたネ」
国が呪いに関わってる証拠か。
鈴鈴は俺にそれを入手するように言っているわけだ。
「……求めたところでそれを出してくるのか?」
「…………少なくとも反応は見れるアル」
「あったとしてもなかったとしても、俺たちと中国の関係は間違いなく悪くなるだろうな」
「…………」
鈴鈴は顔を伏せる。
そう、明らかに疑ってかかられればどんな相手であろうと良い気持ちにはならないのだ。
正直、今中国との関係が悪くなるのはできる限り避けたい。
セイランたちには世界全体で事に当たりたいからだ。
アメリカはもちろんとして、中国も大国である。
ダンジョンが出現し、各探索者たちの活動が経済発展に直接繋がるようになってから色んな国が伸びたり沈んだりした。
ちなみに日本は未菜さんや柳枝さんを筆頭として優秀な探索者が多い方だ。
そして。
中国も大きく力を伸ばした国の一つに数えられる。
まあ、アメリカもそうだが元々大きな力を持っていた国ではあるけど。
要は現在世界ダンジョン関係のトップ3がアメリカ、日本、中国である。
現在は俺や未菜さんがいる以上、日本とアメリカの関係は逆転している可能性はあるがまあそれは置いといて。
この三国は、昔はどうあれ現在の関係は良好だと言っても差し支えない。
ダンジョンの出現が一つの大きな転機になった、と俺は学校で習った。
つまり、敢えて喧嘩を売ってアメリカや中国と仲違いをする理由がない。
ミンシヤという個人に恩を売る、というところだけ見れば確かに大きなメリットには成り得るがそれは一国を敵に回す程ではない。
アスカロンの世界がそうなったように塔を中心としてダンジョン化するような状況になった場合、探索者だけではなく軍隊が普通に戦力になるからだ。
通常ダンジョンに持ち込めるサイズの銃器は特殊なカスタマイズでもしなければ役に立たないとは言え、戦闘機だったりロケットだったりというレベルの兵器になれば話は別だ。
スノウたちのレベルになれば単独でこの世界の大国と渡り合える力を持っているが、そんなのは例外中の例外だろう。
「……悪いが、一旦考えさせてくれ」
「…………わかったアル」
さて、どうしたもんかな。
――と。
そのタイミングで電話がかかってきた。
表示は知佳。
一応鈴鈴にアイコンタクトで取っていいかと確認してから、出ると。
ちょっと拗ねてる感じの声音で、
「今。悠真の部屋にいるの、誰?」
「えっ」
と聞かれた。
……何故バレた?
鈴鈴は魔力を隠しているはずなのに。
と思ったが、そうか。
ティナがいるじゃん。
「誰なの」
「ええと……」
冷や汗がダラダラと流れる。
いや、別に何もしていないのだ。
何も悪いことはしていないけど、なんかこう、圧がね。
ど、どうしよう。
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