第366話:交渉
0.
「くそっ……ちったぁ手加減しろよなお前……!」
「これでも手は抜いてる方だよ。言った通り、ここから一歩も動かないで相手しただろう?」
俺は仰向けに寝転がってアスカロンを見上げる。
苦笑しながら両手を広げるイケメンエルフにはまだまだ余裕があるように見える。
というか、実際まだまだ余裕があるんだろう。
「でも想像以上に強くなっているよ、悠真は。物質召喚を既にモノにしている。それに、呼び出すものも面白い魔道具ばかりだ。いいエンジニアが身内にいるんだね」
「まあな」
いや、エンジニアと言って良いのかは微妙なところだが。
実際あらゆる面で助かっているのは事実だ。
「動きも良くなってる。俺と別れてから君たちにとってはそれほどの期間は空いていないということだったけれど、そう考えると成長は早い方だ」
「あと何年経ったらお前に追いつける?」
「それは悠真次第さ」
「無理とは言わないんだな」
「悠真の魔力は俺の10倍以上はある。今の俺の、だよ。それにまだまだ伸びしろだってあるんだろう? いずれは超えられるよ。にしても、どうやってそんな急激に魔力を伸ばしているんだい?」
「あんま人に言うんじゃねーぞ」
俺はアスカロンに例の方法で魔力を増やせる、と伝える。
それから魔力の多い人間と人間が接触することによっても魔力が増える、ということも。
「……もしかしてリズの魔力が急激に伸びたのって……」
「まあそういうことだろ、どう考えても。500人だろ? 随分お盛んじゃねえか」
「悠真に言われたくはないな」
少し頬を染めるアスカロン。
男のテレ顔に需要はないぞ。
「かなり魔力が多くないと駄目っぽいけどな。俺とお前以外でそんな話は聞いたことはない」
「俺も初めて聞いたよ。彼女も一緒にダンジョンへ潜ることが多いから、そこで増えたんだと思っていた」
「そういう意味じゃまだまだお前も伸びしろあるんじゃないのか? 奥さんの魔力量がそのラインに乗れば相乗効果で」
「……どうかな。冗談じゃなく、俺も彼女ももう年齢がね。そういう意味では悠真の方がある一定のラインを超えたら爆発的に増える可能性はあるんじゃないか?」
「あるだろうな」
それがいつになるかはわからないし、不確定なものに頼ってということも難しいが。
そもそもそんなこと言われなくても頻繁に……
うん、この話はよそう。
「魔力量のゴリ押しでお前に勝ってもあんまり意味ないしな。結局はやっぱ戦闘技術だ。強くならなくちゃ」
「どうして悠真は強くなりたいんだい?」
なんてことをアスカロンは真面目な顔で聞いてきた。
「この間のベリアルの件で痛感した。俺はまだまだ弱い。今まで戦えてきたのは、相手よりも圧倒的に魔力が多いっていうでかいアドバンテージがあったからだ。でも、この先はそれだけじゃ勝てない」
「なるほど。まずその認識から崩す必要があるね」
「……?」
「悠真は十分強い。本気で戦えば、俺も加減してたら負けるよ。別に一人でやる必要はないのさ。特に、君は召喚術師だろう?」
「そりゃそうだけど……」
「それに、色んな仲間がいる。俺も含めてね」
「それに頼りっきりじゃ――」
「悠真の周りの人間は誰も君に頼らないのかい?」
「…………」
「人は脆く、弱い。どれだけ己を高めても限界があるんだ。もちろん、俺もそう」
だから、とアスカロンは続ける。
「その弱さを補う為に人は群れるのさ」
1.
「なーんてこと言われても……」
俺はホテルのベッドで寝転がりながら、先日アスカロンに言われたことを思い出していた。
ちなみに部屋割りは俺一人、知佳と綾乃とティナ、ミンシヤ、鈴鈴の4部屋。
全員個別でも良かったのだがティナは未成年だしな。
万が一何かあったら俺を信用して娘を任せてくれたご両親に合わせる顔がない。
まあ別に何もないとは思うが。
「色んな人に助けられてるから、今度は助ける側になりたいって思うのも自然だと思うんだけどなあ」
「それで
「!?!!?」
突如耳元から聞こえた声に、リアルに飛び上がった。
心臓がバックバク鳴っている。
何故か俺のベッドの上に、長い黒髪に赤メッシュのチャイナドレス女こと鈴鈴が寝転がっていたのだ。
いつから?
いや、どうやって?
このホテルは探索者御用達とのことで、部屋のセキュリティはかなり固いはずだ。
現に鍵が開けられたような形跡はない。
そもそも、未菜さんの気配遮断でもなければ流石に俺だって気付く。
だが、今の鈴鈴の気配は明らかに突然現れた。
「お、おま……」
「おっと、静かにするアル。夜這いしに来たわけじゃないネ」
特徴的なアニメ声でそんなことを言いながらベッドに座り直す鈴鈴。
マジでびっくりした。
知っている人間の声じゃなかったら反射的に攻撃してたぞ、多分。
「……どうやって這入った?」
「鈴鈴すごいスキル持ってるアル」
「勘弁してくれよ……」
「世界一強い男がビビりすぎネ」
呆れたように呟くが、世界一強い男の不意を突いておいてよく言うもんだ。
只者じゃないことはもちろんわかっていたが、今。
鈴鈴がそのつもりだったら俺は死なないまでも重症を負っていた可能性がある。
「……なんの用だ?」
「警戒しないでいいアル。ちょっと話をしにきただけネ」
「話?」
「報酬の話ヨ」
「だったら俺じゃなくて知佳か綾乃にしてくれ。俺にそういう
「端的に言うと、中国はゆうまを自国に取り込もうとしてるネ」
「…………」
何のために? なんて聞く必要もないだろう。
ぶっちゃけこういうことを言うのも恥ずかしい話だが、どの国だって今の俺は欲しがるだろう。
「だから報酬には中国の土地なんかも実は含まれてるアル」
「…………」
似たようなことをした異世界の国知ってるぞ、俺。
「……それで? 別に土地を貰ったところで移住するかどうかは俺の好きにしていいわけだろ?」
「酒池肉林ヨ」
「間に合ってる」
「そう言うと思ったアル」
「?」
いまいち真意が掴みきれないな。
「どうせ興味がないのなら、報酬の交渉をして欲しいアル」
「……何をだよ」
「とある物を要求してほしいネ。それがあれば――」
鈴鈴は俺の目をまっすぐ見る。
ふざけているとは、一切思えないような真剣な眼差しだ。
「明霞は二度と戦わなくても済むヨ」
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