第365話:アル
「うぅ……飛行機酔いを一発で治せる魔法作ります……絶対に作ります……」
「車酔いとかにも効果があって、誰でも使えるんなら革新が起きるな。金になるぞ」
例の如く飛行機酔いした綾乃を背負って空港内を移動する。
意外とって言うと俺の浅学を晒すことになるのであまり大っぴらには言えないが、アジアの人だけでなく欧米諸国から来てる人もちらほら混じってるんだな。
もちろんアジア周辺の人が割合としては多そうだが。
ちなみに治癒魔法は乗り物酔いにも多少効果がある。
多少というだけで、完璧に治るわけではない。
「……にしても、中国語ってなんとなくフィーリングで読めるかなと思ったけど全然わからないもんなんだな」
「悠真でも読めるのは読める。でも基本的には別言語だから、日本語と中国語で同じ文字を使ってても全く異なる意味を持つものもたくさんある」
という知佳先生の有り難い解説により、俺が特別漢字に弱いわけではないことが判明しつつ。
迷宮監視委員会から案内係がいると聞かされていたのでそれを探していると、『皆城悠真様御一行』と日本語で書かれているのか中国語でも同じになるのか判別しづらいプラカードを持った赤いチャイナドレスを着た、長い黒髪に赤色のメッシュが2本入っている女性がいた。
胸は大きすぎず小さすぎず。
しかしかなりの美人だ。
綾乃が俺の首に回している両腕の力を強めるのと、知佳がジトっとした目でこちらを睨むのがほぼ同時。
ちなみにその赤メッシュチャイナドレスのねーちゃんの隣にはミンシヤもいた。
今のミンシヤはどう見ても男性にしか見えない。
黒いぶかぶかの服を着ているのはスキルと併用して性別を隠しているからだったんだな。
チャイナドレスのねーちゃんはこちらに気付くとぴょんぴょん跳ねながら「おーい」とびっくりするくらい可愛らしいアニメ声で呼ぶ。
あまり目立ちたくない俺たちとしてはあまり好ましくない反応なのだが、まあとやかく言っても仕方ないか。
決して大きいとは言えない胸がチャイナドレスの向こう側でぷるぷる揺れているのを見るのも悪くない気分だし。
ちなみに、今回中国へ来ているのは俺と知佳、そして綾乃の三人。
に、プラスしてティナだ。
「すごい、中国って本当にあのチャイナドレス着てる人がいるのね……! アニメで見た通り!」
「いや、多分違うと思うぞ」
NINJAと言いチャイナドレスと言い、外国に間違ったイメージを持ちがちだなー、ティナは。
とりあえず面白いからいいんだけど。
スノウやフレアたちはどうしたのかと言うと、こちらに着いてから適宜召喚するということにした。
あの四姉妹の中で一番中国語が堪能なのはウェンディだから、基本的にウェンディを呼ぶことになるだろう。
粒子化した魔石の漂うダンジョンに入る以上、やっぱり風魔法は必要になるしな。
「××××――」
近寄った俺たちを代表して、知佳がチャイナドレスなねーちゃんに話しかける。
相変わらず中国語は全く聞き取れないな。
難しくない? この言語。
するとねーちゃんはニパッと明るい笑顔を浮かべ、
「だいじょぶだいじょぶ、
とこってこての中国キャラみたいな発音で日本語を喋った。
流暢に日本語を話すミンシヤとは対照的だ。
チャイナドレスだ。
俺はすぐに察した。
ああ、この人あれだ。
ルルと同じタイプだ。
知佳がうんざりしたような顔でこちらをちらりと見てきたので(知佳なりのヘルプだ)、代わって俺が話すことにする。
日本語がわかるなら知佳に任せる必要もないしな。
「鈴鈴さん? 貴女が迷宮監視委員会の人ですか?」
「そそ。鈴鈴は
テンション高いなあ。
ジェチャン・ヨウチェン?
俺が首を傾げると、綾乃が耳元で「悠真くんの名前の中国発音ですよ」と言った。
なるほど、そういうのもあるのか。
全然ピンと来ないけど。
「ゆうまとヨウチェン、どっちがいいネ?」
「どっちかと言えばゆうまですかね。そっちのが馴染みあるんで」
「おっけーネ!」
もはや日本語でもなければ中国でもない返事を赤みがかった瞳のウインクとサムズアップと共に受け、隣で若干申し訳無さそうな表情をしつつ佇むミンシヤ(
「李、悪いな。俺たちより少し前に帰国したばっかなのに」
「いえ、僕はお助けしてもらう立場ですから」
ぺこりと頭を下げられる。
後に調べたというか知佳から聞いて分かったことなのだが、中国の人たちは文化的にあまり頭を下げないらしい。
日本人は普通の挨拶でも会釈をするが、中国の人は感謝の意を示す時に頭を下げるものらしい。
なので一応、「気にすんな」とだけ言っておく。
知佳と綾乃、そしてティナも紹介も済ませると
「じゃ、鈴鈴についてくるネ! 」
なんて言って元気よく歩き出す鈴鈴にこっそり認識阻害の魔法をかけておく。
何度でも言うが、特別目立ちたくはないのだ。
中国語がわかる知佳はそもそも人混みを嫌うし、綾乃はグロッキーだし。
ティナもどうやら多少話せるようだが、あまり負担をかけるわけにはいかない。
自意識過剰かもしれないが、WSR1位ともなれば世界中から注目されるに決まっている。
特にリーゼさんとの対談もつい最近あったわけだしな。
鈴鈴に運転を任せるのは若干怖かったが、キャラとは打って変わって普通に安全運転してくれてるっぽいのでようやく俺たちは車の中でひと息つく。
「
ふと、助手席に座る李もといミンシヤに話しかける鈴鈴。
既にスキルは解いているのか、後ろ姿は普通に女性に見える。
特に何が変わっているわけでもないのに不思議な気分だ。
アルて。
語尾にニャを付ける猫獣人がうちにいる以上あまり強く突っ込めないが。
「そういうわけにもいかないよ、鈴鈴。第一、これを脱いだら僕は下着なんだから」
「色仕掛けするネ」
「し、しないよ!」
「英雄色を好む。強い男は精力も強いネ。鈴鈴もワンチャン狙ってるネ」
ルームミラー越しに鈴鈴と目が合うと、パチンとウインクされた。
前見て運転してくれ。
「僕はそういうのに向いてないんだ。見たらわかるだろう、魅力的な女性とは程遠い」
「それはそれで需要あるネ。あと明霞はちゃんとエロいから大丈夫」
「なっ……なっ……!」
ミンシヤの顔色が後ろから見ても分かるくらい赤くなっている。
俺はため息をつく。
「未成年もいるんだから程々にしてくれよ」
「あれ、ティナもゆうまの女かと思ったヨ。違うの?」
「い、今は違うもん!」
俺が答えるより先に顔を赤くしたティナが答えた。
「なるほどネ」
鈴鈴がニヤッと笑う。
中国人とアメリカ人が日本語で話してるのってなんか変な感覚だな。
「ゆうま、罪な男ネ。でも強い男はたくさんの女を囲うべき。噂では50人くらい妾がいるらしいネ」
「そんなわけあるか」
素で突っ込んでしまったが、まあいいか。
年齢も俺とさほど変わらなさそうだし。
「じゃあ何人ネ? 10人? 20人?」
「…………」
「少なくとも10人以上は確定。そこに二人三人加わったところで何も問題ないネ~」
勘が鋭い辺りもルルっぽいんだよなあ。
「あ、だいじょぶ。鈴鈴は正妻は立てるネ」
肩をすくめる俺の横で、小さくため息をつく知佳。
「別にいいよ。悠真の一番は私だから」
「ひゅー!」
茶化すように下手くそな口笛を吹く鈴鈴。
わぁ、と顔を赤くするティナ。
ちょっとだけ唇を尖らせる綾乃。
ここにスノウがいたら車内温度が下がって、フレアがいたら上がっていたんだろうな。
後で知佳と綾乃の機嫌を取っておこう。
「そういや、今はどこに向かってるんだ?」
「明霞の故郷、と言いたいところだけど遠いから車で行くのはかなり大変。だからプライベートジェットで飛ぶネ」
「……ミンシヤの故郷には空港があるのか?」
「無い。でも鈴鈴のスキルでなんとかするからだいじょぶアル」
スキル
魔力は二級探索者並程度には感じるので、素人でないことはわかっていたが。
ちなみにティナの魔力量も二級探索者並なので、本当に素人でないかは個人の資質に左右されるんだよな。
俺なんかがその最たる例だし。
「とりあえず今日はホテルに泊まるアル。取る部屋は一つでいいネ?」
「良くねえよ」
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