第363話:宴
「ステラが世話になったね、悠真。久しぶり」
「ああ、久しぶり。世話になったのはこっちだよ。魔力はもう大丈夫なのか? アスカロン。とりあえず上がれよ」
迷宮監視委員会の主任、
ようやくアスカロンがこちらの世界へやってきた。
ステラと奥さんと並ぶアスカロンは、やっぱり5000年前となんら変わっているようには見えない。
奥さんの方もだ。
確か名前はリズエット。
金髪スレンダーでめちゃ美人なエルフ。
こうして見ると、アスカロンよりも奥さんの方に似てるんだな、ステラは。
現在リビングにいるのは俺、シエル、ルル。
そしてアスカロンとその奥さん、ステラの6人だ。
それにプラスでレイさん。
テーブルを挟んでソファに座る俺たちに6人の前にコーヒーとケーキを並べて行く。
「こうして改めて見ると、本当に懐かしいな」
感慨深そうにアスカロンが呟く。
「俺たちからしたらそこまで時間が経ってるわけじゃないんだけどな。1年も空いてないぞ」
「そうだったのか。道理で、長命種ではないはずの悠真とルルの見た目が変わっていないわけだ。雰囲気は随分変わった様子だけれどね」
「雰囲気が?」
「俺がいない間に幾つもの修羅場を潜り抜けたんだろう。流石は悠真だよ」
うーん。
素直に褒められるとそれはそれでむず痒いものがあるんだよな。
「おぬしの方も元気そうでなによりじゃ。奥方も全く変わりないようじゃが……」
奥さんが少し首を傾げ、
「ええ、お陰様で。どういう訳かとある時期を境に急激に魔力が増え始めたんです」
とのこと。
元々魔力は多めだったのだが、現時点ではシエルの8割くらいは魔力があるように思える。
まあ、今のアスカロンの魔力量ならば多分俺と同じ現象が起きるのだろう。
鉄を強い磁石にしばらくくっつけていると磁力を帯びるのと同じように。
強い魔力に引っ張られて、魔力量そのものが増える。
知佳や綾乃、未菜さんたちで立証済みだ。
まあその理由についてはどうやら気付いていないようなので、アスカロンとサシで話す時に伝えてやろう。
子供ができにくいはずのエルフが500人も子供を産む程に交わっているのだ。
そりゃアスカロンはともかく、奥さんの方も5000年生きたっておかしくない。
エルフは魔力が多ければ多いほど長生きするらしいからな。
「ステラはどうだった? 迷惑はかけていないかい? 少しやんちゃだからね、この子は」
「パ……お父さん! 私はちゃんとやってました!」
抗議するステラの頭をぽんぽんと撫でるアスカロン。
父親だなあ。
「もちろん。ステラに言わせりゃまだまだらしいけど、随分鍛えてもらったよ。今なら100回やったら1回くらいはお前に勝てるかもな」
「そうかい? また今度力を見せてもらおうか。せっかくだしね」
「……色々仕込みもあるからな。楽しみにしてろ」
天鳥さんとミナホに頼んだブツはちょうど昨日完成したし多分なんとかなるだろう。
相手がアスカロンでも一矢報いるくらいはできるはずだ。
「にしてもアスカロン、500人も子供いるらしいニャ? 一人くらいお前くらい戦える奴がいてもおかしくないニャ?」
ルルの言葉にアスカロンは少し考えるようにして、
「有望な子はたくさんいるよ。でも、本気で戦うとなれば……悠真といい勝負くらいはできる子は何人かいるかも、くらいだね。そのうちの一人がステラでもある」
「へえ……」
「ま、身内贔屓が全くないとは言えないけれど」
ステラも模擬戦ならともかく、全力での戦闘になれば俺に勝つことは難しいということはわかっているのだろう。
ちょっとむくれつつも反論はしない。
パパっ子だなあ。
「ところでステラから聞いているんだが、粒子化した魔石の漂うダンジョンがあるって?」
「ああ。何か知らないか?」
俺の質問にアスカロンは記憶を探るような表情を浮かべる。
「似たようなもので、粉塵が常に舞っているダンジョンなら見たことがある。けれど、粒子化した魔石となると話は変わってくるね。しかもあまり体内に取り込むと内部から石に変わって行くのだろう?」
「まあな」
「症例は?」
「もう治しちまった。本国の病院とかにカルテなら残ってるかもだけど」
「治せるのか。それは凄いな」
「ステラに持たせた実の中に青いのと赤いのがあったろ? 赤い方……エリクシードは怪我とか病気ならほぼ治せるんだよ。万能度で言えばエリクサーよりも上だな」
「へえ……ああ、そうそう。あの青い実は助かったよ。フルーツポーションって言うんだっけ?」
そうだ。
それについても聞きたいことがあるんだった。
「話がちょっと変わるんだが、お前魔力の回復は大丈夫なのか? 時間がかかってたようだけど」
「うん? 別に大丈夫だけど……まあ、最近はちょっと衰えてきたかなって感じはあるかな。とは言え、1日2日であれだけの魔力を回復しきってしまう悠真は異常だよ」
そうなのか?
今までずっとそうだったから特に疑問に思っていなかったが。
「話を戻そうか。粒子化した魔石について、どう対処するつもりでいる?」
「風で散らしてしまおうかと思ってるけど」
「ふぅん……実は君たちが恐らく知らないであろう、魔石とスキルに関しての特大の朗報がある。実はスキル所有者が魔石を手に持って、とあるように念じると――」
ちょっと得意げな顔で語ろうとしているアスカロンの台詞を奪う。
「魔石を体内に取り込んで、スキルが強化される。だろ?」
「……え、知ってるのかい? たったの12年前に315番目の息子が偶然見つけたんだけど」
「まあ、ちょっと事情があってな」
スキルブックから情報を取り出したという話をアスカロンへ伝えると、しきりに感心したように頷いていた。
「なるほど、文章そのものを機械へ取り込み、それを一瞬で読み解いて記憶した。普通の人間には到底無理な芸当だね。もちろん俺にも無理だ」
「普通じゃないからな、
知佳も同じことができるであろうというのが恐ろしいところだ。
「……にしても、まさかスキルブックにそんな重要なことが書かれているとは。他に何か有益な情報はなかったのかい?」
「天鳥さんも流石に全部は読めてない……というか、全部取り込む前にデータが吹っ飛んだからな。多分、まだ隠された何かがあるんだと思う」
アスカロンは何か知らないのか、というのを言外に聞くがどうやらそれについては知らないらしい。
5000年もの時を経ても気付けない何かがあるとすると、よっぽど複雑な手順を踏まなければならないのだろうか。
それとも本当に何もないのかのどちらかか。
「ああ、そうそう。話を戻すと、スキル所有者は魔石を体内に取り込める。だから、肺から吸い込むんでなくスキル強化の要領で魔石を体内に取り込んでしまえばいいんじゃないかな」
「あー……」
そんなことできるのだろうか。
いや、確かに理論上はできそうな話ではある。
問題は粒子化した魔石をどこまでの範囲で取り込めるか、だが。
「俺もそのダンジョンへついていく、と言いたいところだけど実はここ最近色々立て込んでいてね」
「何かあったのか? 俺で力になれることがあれば手伝うぞ」
「そんな物騒なことじゃない」
物騒なことて。
俺には武力しかないと思ってないか?
その通りなんだが。
「簡単な話さ。君たちの世界を俺も助けたいからね。今度はこちらの番というわけさ。色んな国を説得して回っている最中なんだ。幸い、皆も乗り気でいてくれている」
「そりゃ……ありがたいな。本当に。ありがとう」
「良いのさ。5000年前、君が救った世界だ」
なんだかむず痒いような不思議な力を胸から頭にかけて感じて、自然と下げた頭が上がった。
……そういえば魔王もなんか踊らされてたな。
アスカロンのスキルか何かだろうか。
「ダンジョンにはどんなイレギュラーでもあり得る。だから、何かあった時は遠慮なく頼ってほしい。とは言え、今の悠真たちになんとかできないような事態もそうそうないとは思うけどね」
「俺の周りは優秀な奴ばっかだからな。……そういえば、粒子化した魔石のダンジョンはモンスターが異様に強いらしいんだけど、何かそれについて知ってることとかあるか?」
「うん? 魔石を取り込んだモンスターが強化されることは知らないのかい?」
「いや、そんなこと見たことも聞いたことも……」
ない、と言いかけて。
思い出した。
「……あるわ。そういや、アメリカのダンジョンでアリのモンスターが魔石を取り込んで強くなってたな」
ローラと未菜さん、そしてフレアと共に攻略したあの鉱物ダンジョンだ。
そうか。
そういうこともありえるのか。
粒子単位の魔石が常に漂っているのなら、そりゃモンスターも魔石を取り込むことになるよな。
人間のように健康に影響を及ぼすのではなく、単に強化されるってのがずるい気もするが。
「ところで悠真。明日は空いてるかい?」
「うん? んー……まあ空いてるっちゃ空いてるかな」
何もなければダンジョンへ行って色々試行錯誤しようかと思ったが。
「それとあともう一つ。イケるクチかい?」
そう言って、アスカロンは手元に生み出した白いワープホールのようなものから、瓶――酒瓶を取り出した。
一升瓶かな。
サイズ感的には。
俺はニヤリと笑う。
「魔力が増えてきてから、酔い潰れるってことはなくなったな」
「それじゃあ盛大にやろうじゃないか。俺たちにとっては5000年ぶりだからね」
奥さんがしょうがないなあ、という感じでため息をつく。
それと似たような仕草でステラもやれやれと言っているのが少し面白い。
「今日は飲み明かそうか」
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