第361話:困難な壁

 李のフルネームは 明霞ミンシャと言うらしい。

 発音的にはミンシヤ、が近いのだとか。

 というわけでミンシヤの方が呼びやすいのでそちらで呼ぶことになった。


 それはともかく。

 ミンシヤにはエリクシードを渡し、近くに取っているというホテルで眠る前に飲むように伝えておいた。


 アンジェさんの時もそうだったが、体が変化していくような病は物を食べることができるのなら基本的にエリクシードでなんとかなる。


 母さんのように全身が魔石化してしまっていればまた話は別だったが。

 中国へ出立するのは二週間後。

 

 もっと早く行動することもできるのだがステラ曰く、一週間後にアスカロンがこちらの世界へ来るらしいのだ。

 7000年分の蓄積がある彼の意見を聞いてから動こう、ということになった。


 ミンシヤにとっての二週間は少し長いかもしれないが、そこは我慢してもらうしかない。

 なにせエリクシードでの治療や風魔法で散らすことができるとは言え、粒子化している魔石なんて聞いたこともないし見たこともない。

 

 俺たちにとって未知の危険があるとも限らないのだ。

 それに、ミンシヤに聞く分にはどうやら通常のダンジョンで出てくるモンスターよりも強いモンスターが出てくるらしい。


 粒子化している魔石の影響なのか、はたまた樹海ダンジョンのように素で難しいだけなのか。

 その辺りの謎もアスカロンなら分かるかもしれない。


 で、ミンシヤが去った後。

 作戦会議が開かれることになった。


「ミンシヤの妹について、俺が考えられるのは3パターンだ。俺のようになんらかの偶発的な要素が絡み合って、今も生きている」

「望み薄ね。初めて会った時のあんたレベルの魔力を持っていれば可能性はあるけど」

「仮にお兄さまと同じくらいの魔力を持っていたのだとしても、可能性は低いと言わざるを得ないですね。身体強化は自覚してやるのとそうでないのとでは大きく効果が異なりますから」

 

 スノウとフレアの意見に俺は頷く。

 ダンジョンに落ちた時、既に俺の魔力は覚醒していた。


 だが、ボスの一撃で瀕死になっていた。

 今の俺があのボスと戦えば、正面から攻撃を受け止めてもあんな風に大ダメージは受けないだろう。


 それは俺自身の魔力量があの時に比べて倍増しているということもあるが、自覚して強化しているか否かも重要になってくるからだ。

 魔法はイメージの世界。

 結局はそこんところを強く意識しているだけでも変わってくる。

 

 その点、ミンシヤの妹である以上探索者としての素質が並とは思えないとは言え、いくらなんでも戦闘して生き延びているとは考えづらい。


「……俺みたいに、魔力量だけでなんとかなるスキルを手に入れてる可能性は?」

「ゼロではない、と言ったところでしょ。あくまでもゼロではないだけよ」


 スノウは肩をすくめる。

 俺以外にダンジョンへ落ちて生き残っているのは、世界で一番最初にダンジョンを攻略した人物。


 今はデイビッドと名乗っている、大統領のボディーガードだ。

 一度はダンジョンで死に、セイランたちによって蘇生された人物。


 元軍人である彼はダンジョンへ落ちてすぐに肉体強化というシンプルかつ強力なスキルを手に入れることでなんとかダンジョンを攻略し、脱出した。


 元々の魔力量も多かったのだろう。

 素で高い戦闘技術を持ち合わせていて、スキルも手に入れて、魔力も多い。


 そんな彼でも容易にダンジョンから抜け出せたわけではない。

 ボスを倒すか入り口まで辿り着けば出られるわけではあるが、7歳の少女にそれを期待するのは酷すぎる。


「考えられるパターン2。ミンシヤの魔石化があそこまで進行しているんだ。もしかしたら、妹はもっと進行していて――完全に魔石化しているかもしれない」

「生きてる可能性の高さで言えば、それが一番」


 知佳が続く。

 そう、ミンシヤの妹が生きているという仮定をするならば、恐らくそのルートしかない。


 もちろん、母さんの魔石化と違って魔石化=死という可能性も十分ある。

 生きていたとしても、モンスターに割られたりしていないかも心配だ。


 魔石はかなり硬度の高い鉱石だ。

 だが、割ろうと思えば結構割れる。


 硬いからこそ、と言うべきか。

 ダイヤも案外簡単に割れるように。


 それに人形のまま魔石化しているのであれば、構造的に脆い部分もあるだろう。

 どこかが欠けていてもおかしくない。


 強引な言い方をしてしまえば、命にさえ関わっていなければエリクシードやエリクサーでなんとかなる。

 だが胴体と上半身が分かれているとか……

 そのレベルだったら、恐らくもうどうしようもないだろう。


「パターン3。残念ながら……」

「ミンシヤさんには酷な話ですが、その可能性が一番高いでしょう」


 ウェンディが落ち着いた声で言う。

 そもそも死亡に至る要因が多すぎる。


 落下、モンスター、飢え、環境。

 そもそも7歳の女の子でなくたって、普通の成人男性がダンジョンへ落ちたところでほぼ100%死ぬのだ。


 俺だって死んだと思ったしな、普通に。

 それはミンシヤ自身も理解しているだろう。

 それでも、完全に希望を捨てているわけでもないと思うが。


「できれば生きてて欲しいもんだけどなぁ……」

「どうする? ティナを連れてく?」


 スノウの提案。


「ん」


 ティナか。

 生きているとすれば、ティナがいれば見つけ出すのは早いだろう。

 これは完全に予想だが、恐らくティナのスキルは仮に魔石化していたとしても見つけ出すことができる。


 あのスキルは俺たちの感知とは全く違う道理で動いているのだ。

 

「けど、あんまり巻き込みたくないんだよな。まだ未成年だし」

「それに関しては今更でしょ。チャチャのこともあるし」


 チャチャとはティナの家で飼っている茶色い猫のことだ。

 ダンジョンへ連れていって魔力覚醒がどのように作用するかを調べた結果、流石に人語を喋ったりはしないものの明らかに理解しているような動きをするようになった。

 

 今でも定期的にレポートを天鳥さんに提出しているらしく、その経過を見る限り少なく見積もっても6歳から7歳相当の知能を見せるようだ。


 元々猫は2~3歳程度の知能を持つと言われているので、それに比べれば明らかに賢くなっていると言えるだろう。

 ちなみにチャチャ以外にもモルモットで実験したところ、やはり同じように知能の向上が見られたそうで天鳥さんは他の動物でも試したいと言っていた。


 猟犬とかにも同じ効果が見られるのなら、それこそダンジョンにも連れていけるようになったりするかもしれないな。

 

 ……それはともかく。


「チャチャの件でも十分貢献してもらってるしなあ……」


 だが、やはり人探しとなるとティナ以上の人材はいない。

 でも……

 うーむ。


「簡単なこと。本人に聞けばいい」


 という知佳の鶴の一声によって、とりあえずティナの件は本人からの返事待ちということで保留。


「後はあれだな。手続きだな」

「中国のダンジョンは他所の人が入ろうとするとかなり面倒な手続きを踏む必要がありますからねえ……」


 と、綾乃。

 その面倒な手続きを踏む本人が言うと重くのしかかるな。


「審査とかあるんだっけか」

「そうは言ってもそこまで厳しいものじゃないです。入出国が制限されてるような人でもない限りは弾かれたりしないですけど……」

「スノウたちはどういう扱いになるんだろうな。一応今は正式に日本人として登録されてるはずだけど」

「うーん……特殊な手続きを踏んでるというのは流石に一目瞭然なので、そこは相手の胸三寸ですね」


 なるほど。

 

「ミンシヤとか、必要なら管理局とかに色々計らってもらわないとかもな」

「アメリカに行った時みたいにもっとすいっと行けないの?」

 

 スノウが首を傾げる。


「アメリカはどちらかと言えばオープンな方なんだよ。こればっかりはお国柄だから仕方ない」

「ふーん。別にあたし達はウェンディお姉ちゃんの風に乗って入国とかでもいいけど」

「バレた時が面倒すぎるから駄目だ」

「ケチ」


 スノウが口を尖らせるがケチとかケチじゃないとかの問題じゃないので駄目なものは駄目である。

 

「最悪、弾かれたら弾かれた時に考えるか」





 なんてことを考えていた、その翌々日。

 早朝、隣で寝ていたはずの綾乃に焦った様子で起こされる。


「悠真くん、悠真くん!!」

んぁになに?」


 目を開くと、バスタオルを纏っているもののサイズが大きすぎるせいで隠しきれていないたわわが二つ目の前にあった。

 おもむろにその果実へ手を伸ばそうとすると、その手をガシッと掴まれる。


「迷宮監視委員会の主任が悠真くんに会いたいと言っているんです!」

「……めーきゅーかんし……?」


 なんだっけそれ。

 頭の中で2秒くらい考えて、アメリカで言う米国ダンジョン省みたいなもんだということを思い出す。

 どこの国のって?


 中国の。


「……なんで?」


 流石に目が覚めたので、冷静になる為に綾乃のおっぱいを揉むべきか考えながら俺は体を起こす。

 

「なんでって、どう考えてもこの間の手続きの件ですよ。ど、どうしましょう。怒られるんですかね……?」

「んー……」


 とりあえずあれだな。

 ウェンディ連れてくか。

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