第360話:粒子状
彼――いや、彼女の胸の上辺りが魔石のようなものに変化している。
違う。
俺が見間違えるわけもない。
これは間違いなく、魔石だ。
「……あまり長く見せるのは……」
そう言いながら李は自分の体を隠した。
俺は言葉を失っていた。
頭の中で色々とぐるぐる考えている。
母さんの魔力量は、ずば抜けて多かった。
まだ魔力が健在ならば余裕でWSRの2位は母さんだっただろう。
だからこそ奴らに狙われ、体が魔石化するという奇病に冒されることになった――
はずだ。
李の魔力量は、WSRの10位相当。
それも、上位陣がいなくなってから滑り込んできたわけなので本来はもう少し下なのだ。
もちろん多いは多い。
しかし彼女が魔石化するのなら、未菜さんやローラだってそうなっていなければおかしい。
その上魔法は無いにしても身体強化で魔力を定期的に使う探索者だ。
魔力の蓄積量が限界を超えた結果、自然に魔石化した……なんてことにはならないはず。
なら、何故?
――あいつらがまた、干渉してきたのか?
(落ち着きなさい、アホ悠真)
ちょうどその可能性に行き当たったタイミングで、ウェンディと同じようにこちらの様子を覗き見ていたスノウから念話で声をかけられた。
(今あんたが怒ったところで、それはただの八つ当たりよ)
(……だな。すまん)
大きく深呼吸して心を落ち着ける。
母さんを魔石化させ、親父に致命傷を与えたあいつらを俺は絶対に許さない。
特に、10年前のお城ダンジョンにいたあの虚無僧だけは。
あいつだけは、俺がこの手で必ず殺す。
その時までこの怒りは取っておこう。
「……あまり驚かれないのですね」
驚かれないこと自体に驚いた様子の李が窺うような声音で訊ねてくる。
「似た症例を知ってるからな」
治し方……に関しては母さんと同じ方法が通用するかどうか。
なにせ、状況が違う。
「何が原因なのか、いつ頃からそうなっているのか。差し支えなければ教えてくれないか」
「原因は……はっきりしています」
「へ? そうなのか?」
俺たちは原因については分からず、治す方法を得ただけなのにどうやら李はそれが分かっているらしい。
セイランたちなのか、魔力量が原因なのか。
「……実は僕の地元に、ダンジョンができました。今から1年程前のことです」
1年前。
俺がダンジョンに落ちた時期の前後と言ったところか。
ダンジョンが出現したのではないか、という予想がものの見事に当たっていることはちょっと驚いたが……
「それで?」
「そのダンジョン全域で、粒子状の魔石が舞っているんです。それを吸い込みすぎると――」
李はそっと自分の胸元に触れる。
「――こうなるようです」
「粒子状の魔石……?」
そんなものが存在するのか。
というか、それがダンジョン全域に舞っている?
しかもそれを取り込むことで体が魔石化って……
色んな情報が一気に出てきたな。
粒子状の魔石なんて如何にも体に悪そうだけど、固形の魔石を体内に入れることももしかして危険なのか……?
となるとスキルのレベルアップは……
だが天鳥さんが読んだスキルブックにその手の危険性については書かれていなかった、と言っていたしなあ。
「……さっきの魔石化を見る感じ、結構進行してたけど。途中で気付いて、潜るのをやめなかったのか? 時間がないっていうのと関係あるのか? 自分の健康を――命を削ってまでそれをやることに何の意味があるんだ」
俺の矢継ぎ早な質問に対して、李は目を伏せる。
「……僕のことはどうでもいいんです。でも、あのダンジョンには……」
そこで言葉を途切れさせ、李はソファから降りた。
そして床に手をつく。
「×××――お願いします。僕に魔力を増やすノウハウを教えてください。僕にできることなら何でもします。何でも差し上げます」
「と、とりあえず頭を上げてくれ。色々すっ飛ばしてるから。あと、軽々しく何でもしますとか何でも差し上げますとか言うな」
「……軽々しくではありません。僕は、本当に――」
「とりあえずそれは置いといて。なんでそんな危険なダンジョンに入りたがるんだ」
「…………7歳の妹があのダンジョンに落ちて行方不明になりました。せめて……あの子が生きていたという証さえ見つけられたら」
……なるほど。
口ではこう言っているが、急ぎたい理由はその妹ちゃんが生きている可能性に賭けてるわけだ。
となると、確かに時間はない。
しかも落ちたとなれば、深い層まで行ってしまっている可能性もあるわけだし。
正直言って、彼女の妹が生きている可能性はかなり低い。
ほぼゼロだと言って良いだろう。
そもそも普通ならダンジョンへ落ちた時点で即死するからだ。
俺がまず落ちた時点で生き延びたのは、ダンジョンへ入った瞬間に魔力が覚醒し、肉体もある程度強化されていたから。
そうでなければ痛いで済んでいるはずもなく、死んでいただろう。
万が一なんらかの幸運で生き延びていたとしてもモンスターと遭遇せずに逃げ続けるということもかなり厳しいだろうし、ダンジョン全域に粒子状の魔石が散っているのなら李よりも更に進行の早い魔石化というリスクもある。
食糧についてはダンジョンによって普通にあったりなかったりするから一概には言えないが……
7歳の子がそこまで考えられるかというと、難しいところだな……
そしてダム建設の件についてもなんとなく見えてきたぞ。
粒子状の魔石が舞っていて、入るだけで原因不明の病が発生するようなダンジョンならば確かにそもそも人が入れないようにしてしまうほうが手っ取り早い。
本当にダムを建設するかどうかは別として、物見遊山気分でダンジョンへ入ろうとするような人たちはいなくなるだろう。
で、李が最初に言っていたダム建設の移動代金云々という下りもその手の情報をなるべく外部へ漏らさない為、と考えれば分かる。
そして恐らくだが、ダンジョンを一度封鎖してしまえば例え李でも入ることはできなくなる。
中国としても自国の有力な探索者を原因不明の病で潰したくはないだろうからな。
しかし、魔石化。
しかもダンジョンに落ちた身内の存在か。
こりゃますます放っておけないな。
となれば、俺のやるべきことは二つだ。
まず一つは李の病――魔石化をどうにかすること。
そしてもう一つは、ダム建設もといダンジョン封鎖までに彼女の妹あるいはその遺品を見つけること。
だがそれには幾つかの問題が発生する。
「李。まず、君の胸の魔石化を放っておくわけにはいかない。それを治そう」
「治す……と言っても、医者にも匙を投げられていて……」
「俺たちにはすぐにでもそれを治す手段が二つある……かもしれない。どっちもまず信用してもらわないことには始まらないけどな」
「まさか、そんな方法が……」
「魔石化が治ったら、俺も妹の捜索を手伝うよ」
「そ、それは駄目です! いくら治ると言っても危険なことには変わりがないんですから。かなり細かい粒子なので、マスクでも除去しきれないですし……」
「粒子状ってことは風で散らせばいいんだろ? なんとかなるよ。こっちには風魔法のエキスパートがいるからな」
「……何故、そこまで親身になってくれるのですか。ほぼ初対面な上に、僕は嘘までついていたのに……」
嬉しいより困惑が勝っている状態なのだろうか。
不安そうな目でこちらを見つめる李。
美青年だと思っていたのが女の子だったわけで、つまるところ美少女にそんな風に見つめられたら照れちゃうぜ。
というのは置いといて。
「理由は幾つかある。まず、俺と君の事情がいくらか似ているということ。俺もダンジョンに落ちたんだ。ちょうど、1年くらい前にな」
「え……」
「それとさっき言った通り、君のその魔石化。似た症状を見たことがある。親しい身内にな。そんでもって、俺は親に困ってる人を助けるように教育されてる」
そこまで言うと、李は感極まったように口をきゅっと引き結び、頭を下げた。
「謝謝……ありがとう……!」
今までの中国語は全く聞き取れなかったが、流石に謝謝くらいはわかるぞ。
俺はどういたしまして、と返してから心の中で呟く。
……魔力を増やすの増やさないのっていう問題は半分解決されたなあ……
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