第359話:隠された真実

1.



「結論から言うと、この件はおかしいです」


 場所は俺の部屋。

 そこにいるのは俺と知佳、そして綾乃。

 ファイルに纏められた書類を俺へ手渡しながら、綾乃は神妙な面持ちでそう宣言した。

 

「……何かを隠してる?」

「はい、ほぼ間違いなく。どこかで李さんが何かを隠しているか、彼自身が騙されているか……どちらなのかまでは断言できませんが」


 隣の知佳も頷く。

 

「そう思った理由は?」

「本当にダム建設で立ち退きを命じられているのなら、普通それ相応の資金や場所が提供される。何百億円も自前で用意しなければどうにもならない、なんてことは無い」

「……てことはダム建設が嘘なのか?」

「そう思って調べてみたけど、どうやらダム建設計画が出てるのは本当。1年くらい前から」

「てことは、資金や場所以外で必要なものがあるから金もいるってことか」


 それも数百億円という規模の。

 金ってのは意外とあってもあってもそれなりに使い道があるものだということを最近知ったので一概には言えないが……


「その理由については、結構調べたんですけど分からずじまいでしたね……」

「ただ金が欲しい、強くなりたいから俺たちを利用しようとしている可能性は……あまり考えたくはないけど、避けて通れないよな」

「その可能性は考慮しなくていい」


 俺なりに色々考えて言ったのだが、知佳は案外ばっさりとそれを切った。


「……なんで?」

「李は質素な暮らしを好んでる。今までの稼ぎもほとんど国中の孤児院に寄付してたみたい。私利私欲の為に動く人間がそんなことをするとは到底思えない――それに」

「それに?」

「私は悠真を信じてる」

「……分かったよ。李を疑うのは無しにしよう」

 

 俺は降参だ、と言う代わりに両手を肩の位置で挙げる。

 

「てことは何故彼はあそこまでの大金を求めるんだ? ってところに戻るな……なあ知佳、綾乃。ダム建設ってのは本当に本当なのか?」

「どういうこと?」

「李が善人という過程で進めるとして、その彼自身がダム建設での引っ越しに莫大な費用が必要だと言っている。でもダム建設だとしたら国からお金が出るわけだから、あり得ないんだろ?」

「うん」

「その状況があり得るものとして、俺は李がダム建設という国のに乗っているんじゃないか、という仮説を思いついた」


 俺の話を聞いた知佳は少し考え込む。


「……つまり中国はダム建設以外の何かで李たちを立ち退かせようとしている?」

「あくまでも建前はダム建設だ。けど、他に何かあるとしたら何があると思う?」


 かなり荒唐無稽なことを言っているという自覚はある。

 だが、李を信じると言った手前。

 そうなれば嘘をついているのは国自体か――あるいは孤児院周り。

 

 そこに何かがあるはずだ。


「……ダンジョン、とか」


 綾乃がぽつりと呟いた。


「ダンジョン?」

「いえ、想像の話なんですけど……」

「それで言ったらまず俺の言った前提が妄想だからな。話してくれ」


 綾乃はこくりと頷く。


「李さんの故郷の近くに、ダンジョンができたとしたら。そしてそのダンジョンが中国にとって有益なものであって、かつしたいような状況だとしたらその土地ごと買い上げて管理する、というのもあり得ない話ではない……のではないでしょうか」

「独占したいような状況……ダンジョン産の資源で何か出てきたとか……? 李はその買い上げに抵抗する為に金が必要……?」

「買い上げに抵抗する為のお金、というのは考えづらい」


 知佳が言う。


「そりゃまたなんで……いや、当然か。ダンジョンごと買い上げようとおもったら数百億なんてレベルじゃないもんな」

「そういうこと」


 例えば新宿ダンジョン。

 あれを個人が買い上げようと思ったら国家予算規模の大金が必要になるだろう。

 というか国家予算レベルでも買えるかわからないぞ。

 新宿ダンジョンは規模が大きいからなあ。


 しかし国が管理するとなれば、流石にそこまで莫大な資金が必要とはならないのではないか。

 他所へ移り住む金と場所さえ用意すればそれで良いのだから。


 問題は、それを良しとしていない李の狙いだ。


「てことは、本当に必要なのは強さの方か……? ……ダンジョンを攻略しようとしてる……?」

「それならあり得る」

「……無謀だ」


 正直、ダンジョンの単独踏破は今の俺でも躊躇する。

 いや、不可能だとは思わないが危険が多すぎる。


 ステラは特例だ。

 彼女はスキルを俺以上に上手く使いこなしている上に、アスカロンの娘。

 恐らく対ダンジョンのノウハウはアスカロンが叩き込んでいることだろう。 


 ルルも単独踏破は果たしているが、正直本人の強さ以上に運の要素が絡んでいると思う。

 真意層までは行かないにしても、現在の未菜さんやローラでも一人でダンジョンを攻略しに行ってくると言い出せば止めるようなレベル。


 正直、李にも難しいだろう。

 目に宿っているというスキルがどのようなものかにもよるが……


「でも……そうなるとなんで俺に直接手伝ってほしいって言ってこないんだ?」

「ダンジョンの難易度が高い……とかですかね。正直、皆さんが悠真くんの強さを正確に把握しているとは思えないですし……」

「あるいは強くなる秘訣を教えてもらうだけならまだしも、手伝うとなると断られると思った」

「……てことは素直に俺がダンジョン攻略を手伝えば解決か?」


 なんだ、簡単じゃん。

 一瞬そう思ったが、そもそもこの話には穴も多い。


 何故中国はそのダンジョンを管理しようとしているのか。

 というか、そもそもそのダンジョンが存在するかどうかがただの想像上の話だ。


 全く関係のないことかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 結局のところ何も分かっていないのが現状である。


「……なあ知佳、怖いこと聞いていいか?」

「なに」

「中国政府をハッキングとかできる?」

「無理」

「だよなあ」

「それなら李のスマホやパソコンを見る方が100万倍は簡単。あと、そういうのはハッキングじゃなくてクラッキング」

「……李本人に聞くのと、李のスマホをハック……じゃなくてクラックするの、どっちが手っ取り早いと思う?」

「…………」


 それを私に聞く? と言わんばかりの視線を受け、俺はため息をついた。

 話してくれないのなら、探るしかないか。




2.



「××……おじゃまします」


 恐らく中国語と思われる言語を一瞬発した後、李はおずおずと頭を下げてうちに上がった。

 家の中をぽかんと口を開けて見回しながら、俺の後ろをついてくる。

 以前と同じ、だぼっとした黒い服だ。


 それを見て、俺はやはりなんとなく違和感を覚える。

 なんというか、言葉にしづらいのだが……

 

「悪いな、わざわざ来てもらって」

「……いえ、僕の方こそ招いて頂いて有難うございます」

「今日の要件は、まあ前回に引き続いてってやつだな。もう少し詳しく話を聞きたいんだが」

「……以前話したもので全てです」

「国から支給される金じゃ引っ越しには足りないか? あるいは、俺が支援してもいい」

「…………」


 そう言うと、李は少し驚いたような表情を浮かべた後に俺から視線を外した。

 

「……やっぱり本当は金の問題じゃないんだな」

「いえ……」


 李は否定しようとして、一拍置いて。


「……仰る通りです。やはり、僕の拙い嘘には騙されてくれませんでしたか」

「…………まあね」


 俺は割と騙されてたけどね。


「しかし、僕は強くならなければならない。これは本音です。僕には――時間がない」


 そこで、この様子を隠れて見ているウェンディから念話が入る。


(マスター、恐らく李はなんらかの病を患っています)

(……なんだって?)

(呼吸器系かと。呼吸音に違和感があります。それと……)

(それと?)

(…………いえ、なんでもありません)


 ……うん?

 今、ウェンディが意図的に何かを隠したな。

 後でそれについては詳しく聞くにして、呼吸器系の病……?

 

 その話は初めて聞いたな。

 突いてみるか。


「時間がないってのは、李自身の寿命の話か?」


 そう聞くと李は驚いたように目を見開いた。


「……何故、それを……」

「ちょっと耳がいいもんでね」

  

 ごめんウェンディ。

 説明しづらいから、今だけは俺の功績にさせてくれ。

 後でなにかで埋め合わせしよう。

 

 ――それから少し遅れて、知佳からも念話が入る。


(作戦成功。今、李のスマホからメールの内容を見てる)

(……どんな感じだ?)


 中国語を読むくらい造作もないであろう知佳に内容を聞くと、少し返答が遅れた。


(……大筋は当たらずとも遠からず。でも事情は思ってたのとちょっと違うみたい。もう少し探らせて)

(OK)


「正直なところ、俺は李の事情については大まかには把握してる」


 嘘です。


「だが、李自身の口からそれを聞きたい。細かい話はその後だ。今の俺たちに必要なのは信頼関係。違うか?」


 ごめんなさい、隠れて待機させてる人がいる上にスマホを覗き見てます。

 何が信頼だ。

 バレたら一発アウトだぞ。


 ……知佳がやっている以上、バレることはほぼ100%あり得ないが。


「…………わかりました。全てをお話しましょう」


 そう言って、李は何故かゆっくり服を脱ぎ始めた。

 いや、本当になんで?

 

 そして上半身が黒のタンクトップ一丁になる。

 よく鍛えられた男の体だ。

 

 別に俺は野郎の筋肉を見て喜ぶ趣味はないのだが。

 鏡の前でポージングは取るけど。


「先に聞いておきますが、皆城さんは非現実を信じますか?」

「……ダンジョンの存在以上に非現実的なことがあるか?」

「…………」

 

 李はそのまま黒いタンクトップも脱ぎ去った。

 何をするのかと思えば、彼は自分の片目――青い方の目を手で隠した。

 

 そして。

 その手が退けられると、その瞳は黒く。


 は、になっていた。

 慎ましいものではあるが、確かに存在する女性的な胸部の膨らみ。


 俺が見間違えるはずもない。

 感じていた違和感はこれだったのか、と妙に腑に落ちた。


 美青年ならぬ美少女の裸を見て、しかし興奮はなかった。

 それ以上に目を惹くものがあったからだ。


 

 彼女の胸の少し上。

 そこには、魔石のようなものが埋め込まれて――いや。


 埋め込まれているのではない。

 あれは――


 あれは。

 

 彼女の体が、魔石に変化していたのだ。

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