第358話:事情
1.
目の前で頭を下げる
さて、どうしたものか。
この秘密を知っているのは当事者たちと、それ以外では柳枝さんくらいなものなのだが。
彼に教えたところで、どうしようもないものはどうしようもない。
確かに李は美形ではあるが、俺にそっちの趣味は無いからだ。
というかそもそも男同士じゃ駄目なんじゃないかな。
詳しい話を聞いたので確実にそうとは言い切れないのだが、魔力が増える理屈をそれとなく聞いた時、シエルがINとYO……じゃなくて陰と陽がどうとか、凸と凹がどうとか言っていたのだ。
恐らく男と女でないと駄目なのだろう。
親父の魔力量が多かったのは、元々大きな魔力を持っていた母さんの近くにいたから。
アスカロンの奥さんが長生きしてるのも、恐らくはアスカロンの大きな魔力によるものだろう。
もしこれが同性同士でも適用されるのであれば俺と母さん両方の影響を受ける親父はもっと大きな魔力を持っていてもおかしくない。
まあ親父と肉体的な接触がそこまで多いかと聞かれるとそんなことは全くないわけで、これまた難しい話ではあるのだが。
いやまあ仮に男同士で魔力が増えたとしても……うーん。
接触によって魔力が増える程大きな魔力を持った女性を自分で探してもらう、とかが現実的なラインだろうか。
……それこそアスカロンの子供たちに紹介できれば手っ取り早いのかもしれないが、流石にそんな政略結婚みたいなことを友人の娘にさせたくはない。
世界を救うという選択肢に対して有利になるとしても、それで誰かが蔑ろになるのなら別の道を模索すべきだと俺は思ってしまう。
もちろん自由恋愛へ発展していってもらう分には全く構わないのだが……
「……そもそも、李はなんでそんなに強くなりたいんだ? WSRで10位。十分強いだろ? 魔法だってあるんだし、伸びしろはまだだまだある」
「……大金が必要なのです。ボス級の魔石を売っても、到底足りない程の」
沈痛な面持ちでそう言う李は、どうやら自分の私欲の為に金が必要だと言っているわけではないようだ。
忘れがちだが、未菜さんでさえ最近までは単独でのボス撃破は一度しか経験がなかったのだ。
例え世界で指折りの実力者であっても、ダンジョンボスを倒すことは難しい。
そして魔石は大きくなればなるほど加速度的に売値も上がる。
弱めのダンジョンボスの魔石は大体数億円程度になるが、強いボスであればそれが二桁まで到達することもそう珍しい話ではない。
実力のある探索者が生涯で稼ぐ金というのは、一般人に比べれば遥かに多い。
柳枝さんクラスであれば一人でやっていても数十億は稼げるだろうし、1年前の未菜さんでも三桁億円は稼げただろう。
特にこの二人は管理局のこともあるのでダンジョンでの稼ぎよりもそちらの方が大きい可能性はあるが……
李の実力は、一年前の未菜さんに比べて一段劣る。
セイランの手下共の襲撃のせいで、上位に空席ができているからだ。
その空席に入る形で李は10位以内に入っているだけに過ぎない。
とは言え。
それでも、焦らずやれば100億くらいなら余裕で稼げると思う。
しかしボス級の魔石を売っても到底足りないと言っている以上、何か事情があるのは間違いないわけで。
「……先に言っておくけど、俺たちが力を伸ばしている方法を聞いたところで李が同じことはできない。違ったアプローチが必要になる」
「違ったアプローチ……」
「そのアプローチの仕方を教えることはできる。だけど、かなり個人的な事情だ。話すかどうかは、そっちが何を隠しているかによるな」
と、俺は敢えて彼の目を見て言った。
「…………個人的な事情になります。聞いて愉快な話でもありません」
「元々面白い話ができると思ってここに来てないさ」
俺がそう返すと、観念したように李は語り始めた。
それは彼の身の上話だった。
李は孤児らしい。
幼い頃に両親に捨てられ、孤児の集まる施設で育ったとのこと。
そして端的に言えば、その孤児院と――その孤児院がある町がちょっと厄介なことになっているそうだ。
その厄介なことってのが俺なりの解釈で言えば地上げ関係。
ダム建設だ。
そのダムを建設することによって水害が減ったりもするらしいので、反対運動なんかはそう簡単にはいかない。
とは言え他に移ろうと思えば、莫大な資金が必要になる。
彼が今まで探索者として稼いできた金では到底足らず、WSRで10位という肩書を持ってしてもそこまでの金を銀行から得ることはできない。
だからこそ、大きく力を伸ばしている俺たちに目を付けたわけだ。
探索者の主な収入源は魔石だ。
大きな魔石をいくつも手に入れることさえできれば、町の人々を移住させるだけの資金が手に入るかもしれない。
正直、俺は部外者なので全員分用意してあげなくても、せめて施設の人たちだけとかで良いじゃん――と思ってしまうのだが、もちろん彼だって今まで20年分程度の人生が、ストーリーがあったわけだ。
そう言ってしまうのは簡単だが、言うべきではないし――そんなことを思いついていない彼でもないのだろう。
結局。
その日は結論が出ずに、彼は「また来ます」と言って去っていった。
……さて。
どうしたもんかね。
2.
「悠真はどうしたいの」
知佳にそう訪ねられ、俺は即座に返した。
「なんとかしたい」
我ながらチョロい人間だ。
「……WSRで10位の人間に恩を売っておいて、しかも強くなるかもしれないっていうおまけ付きだし。この世界には他人の魔力を増やせる程の持ち主は俺くらいしかいないけど、異世界なら或いは……」
「別に、そういう建前は良い。なんだかんだ理由付けて異世界を救っちゃうくらいのお人好しだし」
ぐうの音も出ないな。
「悪いとは思ってるよ」
「思わなくていい。そういう悠真じゃなかったら、私もここにいないから」
普段通りの表情で言い放つ知佳。
……こいつは時折、いや割と頻繁にドキッとすること言ってくるな。
「考えられる方法はいくつかある。資金を援助した上で異世界での奥さん探しをしてもらうこと。利息なし、ある時払いの催促なしで返して貰えば良い。相手も立場ある人間だから、借金をすっぽかして逃げるようなことはしないはず。実質、その故郷が人質になるようなものだし」
「……なるほど」
「もう一つは、中国かアメリカか、日本か……ダンジョン産業の盛んな国へこの話をそのまま持っていくこと。皆城悠真個人に借りを作らせるのではなく、国という単位で恩を売らせる」
「……そう簡単に行くか? 李だって試してると思うぞ」
「WSR10位の人が一人で行って駄目でも、1位の人がついていったら通る可能性は高い。数百億で数百億以上の価値を持つ人間二人に恩を売れるのなら安いもの。しかも片方は異世界とのパイプ持ち。ただ、こっちはおすすめしない。李の負担は減るかもしれないけど、悠真が抱え込み過ぎることになるから。それなら個人で金を貸し付ける方がよっぽどマシ」
喉が乾いたのか、知佳は手元に置いてあったカップの紅茶を飲む。
それ俺のなんだけど。
「……じゃあ、前者かな」
「ん、わかった。調整する」
「恩に着るよ」
「今度何かで返してもらうから」
「はいはい」
全く、知佳には足を向けて寝られないな。
「でもまずはその話の裏を取るところから」
「あ、はい」
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