第357話:大陸からの来訪者

1.



 ステラがこちらの世界に来てから1ヶ月が経った。

 もう夏の序盤くらいだ。


 その間も新宿ダンジョン真意層浅めなところで修行していたのだが、現在の俺の戦い方は彼女曰く、100点満点中28点だとのこと。

 ギリギリ赤点だ。

 もう少しだな。

 いや、満点を狙いに行くのではなく赤点を回避しようとしている時点で志が低いと言われても仕方のないことなのだが。


 しかしここ1ヶ月で分かったことがある。

 それはどうやらステラの俺に対する期待のあまりな大きさ……というか、アスカロンが過剰に俺のことを持ち上げ過ぎていたきらいがある。


 5000年前のアスカロンに勝ったというのも、そもそもあいつが加減をしていた……というより意地を張っていたところに喝を入れてやったくらいなもので、正面での立会に勝利したわけではない。

 互いに本気でやれば俺は手も足も出ないで負けているだろうし、5000年経った現在は思考共有状態でようやく互角なのだからお話にならない。


 ――で。

 ここ最近はステラ含め女性陣がお出かけしていることが多いので(べ、別に寂しくなんてないんだからね)ひとり寂しく筋トレをしていると、電話がかかってきた。


 近くに置いてあったスマホを手に取ると、どうやら未菜さん(のマネージャー)からのようだ。

 

「はいもしもし」

『やあ悠真くん。1時間後くらいに管理局へ来れるかい? 何か予定が入っていれば構わないんだが、今日は確かオフの日だろう?』

「行けますけど……」


 ちなみに何故未菜さんが俺のスケジュールを把握しているのかは言うまでもない。

 知佳と綾乃辺りが独自に形成している謎ネットワークで共有されているのだ。

 基本電子機器に触れない未菜さんなので、厳密には共有されているのは彼女のマネージャーなのだが。

 

「急ですね。何かあったんですか?」

『いいや、特に何か問題があったわけではない。だが、君に来客があってね。どうしても住所を突き止めることが出来なかったとのことで、こちらへ来たんだ』

「来客? 俺にですか?」


 はて。

 ぱっと思い浮かんだのは、一週間程前に手紙だけ寄越して本人がまだ来ていないアスカロンだが。

 娘のステラが俺の場所を魔力だけで突き止めている以上、あいつにそれが出来ないとは思えない。

 

 となるとアスカロンではないだろう。

 というか、アスカロンだとしたらダンジョン管理局へ行くという発想がまず出ないだろうからな。

 つまり俺とダンジョン管理局の関係を知っている、あるいは管理局がある程度日本の探索者にコンタクトできることを知っている人物。


 こちらの世界の人間ではありそうだ。


「誰です?」

『来てもらってのお楽しみ、と言いたいところだが隠す意味も無いからな。リーだ』

「李……?」


 響きからして中国系か?

 俺の知り合いに中国の人はいなかったように思うのだが……

 どうだったかな。


 ちょっとぱっとは思いつかない。

 

『本名は私も知らない、謎の多い人物だ。しかし君も会ったことのある人物でもある』

「……あ」


 それでピンと来た。

 そうだ、WSR、10位の中国人。

 彼が確か、李という名前で活動している。

 

 よくある名字だし、すっかり記憶から抜け落ちていたな。

 探索者会議の時に、オッドアイかっけーと思った記憶があるぞ。


「……彼が俺になんの用です?」

『それは知らない。教えてくれないからな。一応私も同席はするつもりだが……まあ危険なことはないだろう。そもそも世界的に注目度の高い君に害をなすことなんてできない。物理的にも不可能だ』


 世界的にも、か。

 もちろんWSRで1位ということもあるのだが、今回の場合注目されているのは先日放送された特番だ。

 この世界の誰より先んじての異世界の国家元首との対談。


 そりゃ注目されるに決まっている。

 管理局……というか西山首相が色々根回ししてくれてブロックしているらしいが、かなりの数の俺へのアプローチが世界中で行われているそうだ。


 まず俺へアプローチしようとしている時点でちょっと間違ってるんだけどな。

 本来ならば知佳か綾乃へコンタクトを取るべきなのだが、まあ知佳は表に出てないし綾乃へ連絡を取るのは俺へ連絡を取るのと同じくらい難しいのでそれも酷な話ではあるか。


 そういう意味では……


「あまりこういうことを勘ぐりたくないですけど、中国政府から指示を受けて……とかって感じなら知佳か綾乃を同席させたいんですが」

『本人はそうではないと言っていた。もしその手の話題が少しでも出れば、その場で帰ってもらうとも伝えてあるが……もちろん君が嫌というのなら強制はしない。おかえり願うだけだ』


 どうするかな。

 他の有力な探索者と関わりを持っておくことは悪いことではない――いや、むしろプラスだ。

 知佳や綾乃がいないとは言え、未菜さんも相当頭がキレる方ではある。

 俺一人だと正直俺自身不安で仕方ないが、そうでないのなら大丈夫だろう。


 一応二人には連絡だけ入れておいて、行くことにするか。




2.



 車は女性陣がそれぞれ乗っていってしまっているので徒歩……というわけにもいかず、管理局から迎えが寄越された。

 ロサンゼルスでも足をしてくれた管理局お抱えの運転手(?)さんだ。

 年齢は60歳くらい。

 確か名前は、石橋 尚久さんとかそんな感じだったはず。

 執事っぽい風体の彼が運転する高級車にて管理局へ到着すると、入り口のところで肩をぽんと叩かれた。


 ここへ来ればそういうこともあるだろうと思ってさほど驚かなかったが――


「……心臓に悪いんでやめてください、未菜さん」

「もう少し過激なことをしたほうが良かったかな? 抱きつくとか」

「認識阻害の魔法は万能じゃないんです。未菜さんくらい美人な有名人がそんなことしてたら幾らなんでも目立ちますよ」

「ふっ、君のからかいにも慣れてきたものだな」

「本音ではあるんですけどね」


 入り口近くで気配遮断を使って隠れていたのだ。

 スキルの強化によって既に俺どころか、スノウたちが本気で気配を探っても気付けない程高度なスキルになっている。


 本人の気質的にはともかく、暗殺や不意打ちにはもってこいの能力だよなあ。


「李は上で待ってもらっている。それから、一つ忠告があるんだが」

「忠告?」

「噂でしか聞いたことはないので定かではないが、彼は目に関する何かしらのスキルを持っているようだ。あまり目を直視するようなことは避けたほうが良いかもしれないな」

「……そういやオッドアイでしたね。あれ、スキルの影響だったのか」


 増々かっこいいじゃねえかおい。

 俺もそういうの欲しいんだけど。

 なんで一人1スキルと決まっているんだ。

 もう1つや2つサービスしてくれたって良いじゃないか。


 エレベーターで上がり、彼の待っているという扉をノックすると、中から落ち着いた声音で「はい、どうぞ」と流暢な日本語が返ってきた。


 日本語喋れるのか。

 母国語ですら若干怪しい俺としては多国語を喋れる人は素直に尊敬する。

 知佳とかのレベルまで行くともはや尊敬って次元じゃないが。


 

 中へ入ると、黒髪を少しだけ長めに切り揃えたオッドアイの中性的な顔立ちのイケメンがダボッとした黒い服を着て座っていた。


 俺たちの姿を見ると立ち上がってぺこりと頭を下げる。


「どうも、お久しぶりです。李と申します」


 発音にも全く違和感がない。

 アル、とかヨ、とか全然言いそうにない。

 そうして手を差し出してくる。

 

「お久しぶりです」


 握手に応じると、意外と手が小さいことに気付く。

 というか、そもそも身長自体がちょっと低めだな。

 特別小さいというわけではないが、最近測ったらほんの少しだけ身長が伸びていた俺より頭一つ分くらいは低い。


 ……こうして近くで見るとなんか違和感があるな。

 これもスキルの影響だろうか。



 互いに軽く自己紹介を済ませた後、向かいあったソファにそれぞれが座る。

 未菜さんが俺の隣に。

 テーブルを隔てて向こう側に李が。


「日本語、お上手ですね」

「タメ口で結構ですよ。僕のほうが年下なので」


 にっこり笑いながら李は言う。

 そうなのか。

 見た目で年齢を判別しづらいからなんとも言えなかったが。

 つまり22、3くらいだろうか。


 頭の中でざっと考えて、タメ口にすることにした。

 多分、タメ口の方が日本語って簡単だろうし。


「じゃあ、李。今日は何の用で俺へ会いに?」

「まず最初に断っておきますが、僕は僕の意思でここにいます。国は関係ない」


 未菜さんとの約束の件か。

 黙って頷く。

 別にそこを疑うつもりはない。


 俺はともかく、未菜さんがそう簡単に騙されるとも思えないしな。


「ここ最近、以前の会議の際に貴方と――皆城さんと親しい様子を見せていた探索者が力を急激に伸ばしています」


 ちらりと未菜さんを見る李。

 それと、多分ローラのことだな。


「……それと今回の件が関係あると?」

「皆城さん、貴方は強い。それは会議の時によく分かりました。そして、貴方と深い関わりを見せる人も強くなっている。貴方は自分を――他人を強くするノウハウを持っている。違いますか?」


 イエスともノーとも言えない問題だな。

 魔力を増やせるのでイエスなのだが、その手段については極秘だ。

 頷いてしまえば当然、その方法を聞かれるだろう。

 流れ的に。

 でも仮にそれを伝えたとして、実践はできないんだよなあ……


「僕は強くならなければならない。対価は、僕に払えるものならばなんでも払います。だからお願いします」


 李は頭を下げる。

 机に額がぶつかってしまう程に。


「僕を強くしてください」



 …………どうしよう。

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