第355話:所有権

「召喚したモノにはある程度の命令を付与できます。それが無機物であっても、精霊であっても。例えば私の場合、先程出した剣には召喚した地点から10歩分ほど前へ飛んでいくよう、命令を付与してあります」

「……召喚できる場所やモノの制限は?」

「基本的には視界内。遠くなればなるほど魔力を大きく使用しますが、ユーマさんの魔力量ならば全く問題はないでしょう。問題は制限の方です」


 ステラは己の手の内に剣を召喚する。

 先程と同じように見えるが、また別なのだろうか。


「無機物の召喚は『所有物』に限ります。例えばユーマさんの部屋にあるモノならば、今すぐにでもここへ召喚できるはずです」

「所有物……つまり俺のモノは問題なく召喚できるわけか。ダンジョン内外でも問題ないんだな?」

「世界を隔てていたとしても。私の武器等は元の世界に置いてきていますし」


 マジかよ。

 メチャクチャ便利じゃん、それ。

 探索者の常識が塗り替わるぞ。


「それじゃ……」

「なるべく小さいものが良いですよ。最初のうちは」


 念じる。

 手元に――自分のモノを。


 次の瞬間、俺の右手にはリモコンが握られていた。

 ピンク色の。

 親指よりちょいと大きいくらい。

 アダルティなグッズのリモコンだ。

 何とは言わないが。


 なんか思ってたんと違うんだけど。

 エアコンのリモコンを召喚しようと思ったんだが……

 

「なんです? それ」


 形の良い眉を上げるステラ。


「…………マッサージ器具のスイッチみたいなもんだな。気にしないでくれ。これ、さっきの盾とか剣とか見るに元の場所に戻せるんだよな? そっちは視界内に召喚するってのとはまた別の原理なように思うんだが……」

「戻れ、と念じるだけですよ。召喚術はそこまでがセットです」

「なるほど」


 念じる。

 すると、手元から例のリモコンが消えた。


 良かった。

 本体もないのにこんなものを持ち歩きたくない。


 俺が胸をなでおろしていると、氷の精霊だからってそこまで冷たい目で見なくていいんじゃないかって感じのスノウが俺をにらみながら、


「悠真」

「は、はい」

「分かってるわね」

「はい……」


 今のは俺が悪いわけじゃない。

 と信じたい。


「あー……ステラ。さっきのやつ、俺が召喚しようとしたのとはちょっと違ったんだけど何が原因だと思う? 具体的には……あれだ。別のリモコンを召喚しようとしたんだ、本当は」

「上手くイメージができなかったのではないでしょうか。慣れていない内はより強いイメージを持てる方に引っ張られます」


 ……つまり俺は無意識にアレのリモコンを召喚しちゃうくらいのスケベってことですか?

 否定できないところが辛いところだ。

 もしステラがアレを理解できていたら、俺はアスカロンの前で切腹しなければいけないところだった。


「とにかく、その調子で慣れていけばパ……父の剣も召喚できるようになると思います。この世界でも剣やその他武器を持ち歩くのは普通ではないのでしょう?」

「……でも? てことはそっちでもそうなのか?」


 俺の記憶が正しければ、アスカロンの世界は魔物なんかがダンジョン外にも出てくる危険な世界なのだが。

 

「父が3000年程前に魔物を根絶させて以降、ダンジョン攻略以外で武器を持つ必要がなくなりましたから。武器を持つのにも資格が必要なのです」

  

 魔物を根絶て。

 流石と言うべきかなんというか……

 すげえなあいつも。


 というか、5000年もあるんだからこの世界より色々発達していてもおかしくない……というより発達してなきゃおかしいんだよな。

 今度アスカロンにあちらの世界を案内してもらおう。

 5000年振りにな。


「ステラ様、質問よろしいでしょうか?」


 レイさんがステラに問いかける。


「何でしょうか」

「先程、召喚したモノには簡単な命令を付与できると仰っていました。それは精霊にも可能なのでしょうか」


 おっ。

 確かにそこは気になるところだな。

 もし命令できるようになれば、普段はツンツンしているスノウや冷静なウェンディにフリッフリのドレスとかを着せたりもできるわけだ。


 いや、ウェンディに関しては今でも頼めば着てくれそうではあるが。

 スノウは無理だな。

 俺のあらゆる末端部位が凍傷になる危険性の方が大きい。


「私が召喚できる程度の精霊ならば、可能です。しかし知能を持っている精霊……特にそちらの方々のように人間となんら変わりない上に強大な魔力を持つ精霊には、不可能だと思います」

「成る程、有難うございます」


 へえ……

 色々あるんだな。


「お兄さまもステラさんが呼び出していたような精霊を召喚できるのでしょうか?」

「召喚時の放出魔力を調整すればできるとは思いますが、ユーマさん程の魔力量であれば弱い精霊の力を借りるよりも自力で攻撃した方が強いと思います」


 フレアの疑問にも淀みなく答える。

 俺を鍛えるために来たというだけあって、流石である。


「もしあたしみたいニャ精霊じゃニャい対象でも『自分のモノ』だと思えば召喚できるのかニャ?」

「ええと……」


 ルルの質問には流石に少し考えるステラ。

 彼女は自分の所有物である無機物の召喚については触れていたが、生物がどうかは確かに触れていない。

 

「多分、理論上は可能だと思います。ただ、その場合だと召喚相手が召喚主に全てを委ねても良いと思ってるくらいの信頼関係も無いと難しいので……」

「ふーん。この色情魔に全てを委ねるのはちょっと怖いニャ」

「おいこら黙れ痴女猫」


 アスカロンの娘の前ではクリーンなイメージでいたいのだ。

 普段の俺は封印しよう。

 いや、別にどこかれ構わず発情しているわけじゃないんだけどさ、普段から。


「仮にできたとして、その場合の命令付与なんかは無理だよな、多分」

「仮の話ではありますが、無理でしょうね。元の場所に戻す、ということくらいならできるかもしれません。そこまでがセットですから」


 ……つまり転移召喚も元の場所に戻せるってことだろうか。

 

「ただ、例外もあります」

「例外?」

「まさにあなた達の関係です。精霊が強い自我を持っている場合、魔力契約を結んで世界に留めさせることになる……と父から聞いています。何のことか私は当時分からなかったのですが、あなた達のことを言っていたのでしょうね」

「……なるほどね」

 

 ていうか、方法は知らないってのは本当にアスカロンも知らなかったのか知ってて伏せたのかどちらだろう。

 ……後者かなあ。

 多分だけど。


「ところで、魔力契約はどのようにして結ぶのですか?」

「…………」

 

 ちらりとシトリーたちの方を見ると、目を逸らされてしまった。


「簡単ニャ。男と女ならずっこ――」


 ルルの言葉はレイさんに口を抑えられたことによって最後まで続かなかった。


「?」

「あー……あれだ。アスカロンに聞いてくれ」


 丸投げしよう。

 子供に正しい性知識を授けるのも親の役目だぞ。

 例の契約条件が正しい性知識なのかは知らんが。


 …………いや待てよ。

 そもそも魔力契約は性交渉を必ずしも伴う必要はないのか。


 でもまあ……

 そうなることはほぼ必然的だということは俺たちは身をもって知っているわけだし、やっぱりアスカロンに丸投げしよう。

 多分そういう意図であいつも黙ってたんだろうしな。


「なんなんですか、一体」

「そんなことより、俺もあの戦い方を試してみたいな。俺のモノだってわかってる武器なら一応いくつか持ってるし」

「そうなのですか?」

「まあ、この層で武器として通用するかは微妙なとこだけど」


 初期も初期の頃に活躍していた黒い棒シュラークくんだ。

 何本か買い溜めしてあったのだが、試作型E.W.だったりアスカロンの剣だったりで使わなくなってしまった彼らを今ここで使おう。

 あれは明確に俺のモノだからな。


 それに見た目もシンプルだし、実際使っていた時期もあるわけで召喚にも向いている。

 ……と思う。


 さて、手頃なモンスターと戦ってみるか。


「あ、父から聞いているのですがユーマさんは己の身を顧みない戦い方をするそうですね」

「いや別にそういうわけじゃ……」


 俺は否定するが、他の面々がうんうんと強く頷いたことによって肯定されてしまう。

 ちゃ、ちゃんと本当にヤバそうな怪我はしないように……してるけどたまにしちゃうこともあるけど別に顧みないってわけじゃなくもないというか……


「なので一度被弾する毎になんらかのペナルティを設けようと思います」

「ぺ、ペナルティ……!?」

「はい。何がいいと思いますか?」


 と、そこでなんとステラはルルに振った。

 偶然……ではないだろう。

 ここまでの関係性を見て、ルルに決めさせるのがベストだと思ったに違いない。

 委員長の観察眼、恐るべし。


 で、当のルルはと言えば……


「そんじゃ一被弾毎に一日、全員の召使いになるニャ」

「それで行きましょうか」


 ペナルティ重すぎるだろ。

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