第354話:生徒

1.



「……というわけで、シトリー、ウェンディ、フレアにスノウだ。四人共、当然自我があるし自由に行動もできる」

「ど、どうもよろしくお願いします」


 四姉妹を前にして、ステラがやや慄いた様子でぺこりと頭を下げる。

 さもありなん。

 魔力の感じからして彼女もかなりの使い手ではあるが(親父や柳枝さんより若干劣る程度だろうか)、それに比べればスノウたちはもはや別格なんて言葉では言い表すことができない。

 

 生きている世界が違う。

 異世界という意味ではなく。

 するとと、ステラはまるで芸能人を前にしているかのような表情で、


「綺麗……」


 と呟いていた。

 ……どうやら俺が思っていたのとはちょっと違うようだ。

 まあ冷静に考えれば、魔力量だけではアスカロンを大きく上回る俺を見ても特に驚いていなかったのだからそもそも胆力はかなり強いのかもしれない。


「またあんたがどこかで誑かしてきたのかと思ったけど、例の親友の娘さんなのね。エルフってことは、年齢もそれなりなのかしら?」

「い、いえ! 私は15歳なので、まだまだで……」

「ふーん、それにしてはしっかりしてるじゃない」

「そ、そんなことは……」

 

 ティナと言いフゥと言い、年下に対しては面倒見が良いのだろうか。

 スノウがステラの頭をぽんぽんと撫でている。

 ステラもステラで満更でもなさそうだ。

 まあ、何も知らなきゃスノウって年上の綺麗なお姉さんだもんな。


「というか、誑かしてきたって。俺だって分別はあるぞ」

「どうかしら。知佳とか香苗とかシエルとか、あんな感じの見た目だし」

「無実だ」


 スノウは肩をすくめる。

 くそう、年齢的な面に関して言えば俺はクリーンなはずなのに。


「それで、ステラちゃんは悠真ちゃんの召喚術を強化する為にお父さんに言われてここに来たのね?」

「は、はい」

(悠真ちゃんどうしよう。この子かわいい。食べちゃいたい)

(食べちゃうな。アスカロンにどう申開きしろってんだ)


 シトリーからの俺より雑念まみれな念話に応答する。

 これで表面上は無害を装えているのだから、俺なんかよりよっぽどの危険人物じゃないか、この長女。


「しかし、どのようにしてここまで来たのでしょうか?」

 

 ウェンディの疑問はもっともだ。

 アスカロンには一応こちらの世界へ来るルートも教えてあるし、転移石も渡してある。

 しかしこの子は普通にチャイムを鳴らして家へ来た。


 つまり転移石を使用するにしても、こちらの世界へ来るまでのことでそこからは自力で移動しているはずなのだ。


「しゅ、修行がてらダンジョンを通ってきました。こちらの世界へついてからは<石>を使っても良かったのですが、近い位置に父に聞いていた通りの非常に強い魔力を感じたのでそのまま歩いてきたんです。この服セーラー服は道中、私と同年代の女の子が着ていたものを模倣しました」

「……近い位置?」


 ここらのダンジョンと言えば、一番近いのが新宿ダンジョン。

 次が千葉の九十九里浜だぞ。


 九十九里浜のダンジョンなら俺たちが先日救った世界と繋がっているのでまだ考えられるが、流石にそこから俺の魔力を感じ取って歩いてきたとは考えづらい。

 となると……

 

「……もしかしてここらの街並みみたいな感じのダンジョンか?」

「はい、その通りです。<新宿ダンジョン>と呼称されている様子でした」

「おおう……」 


 てことは新宿ダンジョンとアスカロンの世界が繋がってたってことになるのか?

 最近は攻略を進めていなかったが、そのまま進んでいるだけで違った展開になったことも考えられるわけだ……


 マジかよ……

 

「でも、どうやってこの世界とステラさんの世界が繋がっているダンジョンを特定したのですか?」


 フレアがステラに聞く。

 そういえばそうだ。

 繋がっている世界があらかじめ分かっているのならもっと前に会いに来てても……

 いやでも、あっちは7000歳でこっちは22歳。

 22年なんてアスカロンからしたら誤差……なのか?


 いや、あいつのことだ。

 人間の年齢を考慮してないってことはないと思うが……


「以前会った時に魔力を辿れるようにしたそうです。世界を隔てていたとしても、なんとなくの位置が分かるのだとか」

「……なんでもありだなあいつ」


 流石の5000年だ。

 今までで最年長だったシエルの3倍近いわけだからな。

 何が出来たっておかしくはない。


「ステラさん、その方法を詳しく教えてください」

「えっ!? ええと……私にも使えない魔法なので、父に聞かないことには……」


 鼻息を荒くしたフレアの顔が間近に迫って照れるステラ。

 なんというか、普通の子って感じだよな。

 悪い意味でなく。

 最近は癖の強い奴らばかり周りにいたから、こういう反応は久しぶりで新鮮だ。


「フレア、世界を隔てても位置が把握できる魔法を手に入れてどうするつもりだ」

「だって、その魔法があればお兄さまをいつでもどこでも感じられるということですよね!? ああ、アスカロンさんが羨ましいです……!」

 

 どうせフレアは原理を聞いたらその魔法も使えるようになるんだろうなあ……

 俺の監視度がまた上がるわけだ。

 最近は俺自身も強くなってきたということで、だいぶ自由に動けるようになってはいるのだが。


「それにしたって、その魔力でダンジョンを突破してきたってことかニャ?」

 

 服を着させた(と言ってもノースリーブのシャツにホットパンツというかなり露出の多い格好だが)ルルがステラに訊ねる。


「はい、私には召喚術があるので」

「……新宿ダンジョンって結構難易度高いと思うんだけどな」


 俺たちが攻略しているのは真意層3層目まで。

 つまり全体で言えば12層目。

 13層目では銃を持った米兵みたいなのが出てきたから一旦撤退したんだよな、確か。


 その前の12層で出てきた口裂け女もそれなりに強かったはずだ。

 柳枝さんや親父でも厳しいだろう。

 今の未菜さんとローラならなんとかなるか。


 真意層の番人は復活する。

 つまり、ステラはあの口裂け女も……それより奥にいる番人たちも倒してきていることになるわけだが。


 魔力だけを見れば決して単独でダンジョンを突破できるとは思えない。

 というか、未菜さんやローラどころかルルでも厳しいぞ多分。

 九十九里浜と新宿ダンジョンでは、後者の方が難易度が高いからな。

 しかも広いし。

 そういう意味ではなんなら俺にとっても結構難しい。


「実際に見てもらった方が早そうですね。ついてきてもらえますか?」




2.



 というわけで、新宿ダンジョン。

 面子は俺と四姉妹全員、ルル、レイさんにステラ。


 ダンジョンを攻略するだけならどう考えてもオーバースペックだな。

 というわけでまずは真意層の入り口、つまり通常層の終わり――9層までは転移石で飛ぶ。


 そこからは10層――

 真意層の出番だ。


 感じる魔力通りなら、既にここに出るモンスターでもそれなりに厳しい戦いを強いられるだろう。

 柳枝さんや親父のような年の功による経験もまだ15のこの子にはないだろうし……



 早速、長い赤っ鼻を持つ天狗が上空から現れる。

 手には大きな葉っぱでできた扇を持っている、遠距離魔法主体のモンスターだ。

 いつでも助けに入れるよう俺たちがスタンバっている中、ステラが前へ進み出た。


「……本当に武器はいいのか?」

「はい、問題ありません。自前のものがありますので」


 そう言って、何も持たない手ぶらのままステラは天狗に向かって突進し始める。

 一級探索者程度の魔力は持っているわけで、当然その突進も並の人間に比べれば速い。

 しかし相手も真意層のモンスターだ。


 そう簡単に意表をつけるわけではない。

 扇を大きく振りかぶり、風での攻撃を仕掛けてくる。


 ウェンディのそれに比べればそよ風――とは言え。

 その威力は、岩程度なら簡単に切り裂く。


 面での攻撃なのであそこまで接近していると避けるのも難しいが――


召喚サモンシールド!」


 ステラがそう叫ぶのと同時に、彼女の目の前にすっぽりと体を覆い隠す程大きな盾が出現した。

 それが風を完璧に防いだ後、ステラの進行を邪魔しないタイミングですっと消える。


 更に――


召喚サモン無限剣インフィニットソード!」


 次は天狗の手元に無数の剣が空中より飛び出すように召喚され、それらが突き刺さる。

 たまらず扇を投げ出した天狗の足元に潜り込んだステラは――


召喚サモン精霊スピリット――」


 手を前に突き出し、そこに何か白い光のようなものが生まれている。


「――フレイム!」


 ぼがん、と小規模な爆発が起き、天狗の体が吹き飛んだ。

 同時に白い光と、残っていた無数の剣が消える。


 

「……ふぅ。ど、どうですか?」


 俺に教えに来たはずなのに、何故かシトリーたちの方を向いて採点待ちの生徒みたいな表情をするステラ。


「やるわね。確かにこれなら単独でダンジョンを攻略できてもおかしくはないわ」

 

 というスノウのお言葉に、嬉しそうに顔をほころばせるのであった。

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