章間:尊敬する二人

「ふぅ……」


 腰を折り曲げ、膝に手をついて一息つく。

 そんな俺に柳枝さんがスポーツドリンクを手渡してくれた。

 ダンジョン管理局がスポンサーになっている企業のスポドリ(探索者に大人気)である。

 流石は常識社会人、抜かりないな。

 

 ……しかし全く柳枝さんの方は息が上がっていないな。

 たまにはということで柳枝さんに近接戦の稽古を付けてもらっているのだが、俺ばかりが疲れているような気がするぞ。


 肉体強化は無しとは言え、それでも年齢的に俺の方がスタミナは多いはずなのだが。


「ありがとうございます」


 それを受け取ってごくごく飲んでいると、柳枝さんがしみじみと呟いた。


「一年前とは見違えたな」

「そうですか? まあ、体はまた鍛えだしたんでガッチリはしたと思いますけど」


 それに幾度となく戦闘も繰り返している。

 必然的に、一年前に比べればだいぶ筋肉質になったと思う。

 あの時はそもそも探索者を諦めていたし、就活で忙しかったからなあ。


「そうではない。どちらかと言えば自信の無い、今時の若者に見えた君が今では……立派な男の顔をしている」

「そ、そうですかね」


 一年前とは立場も状況も違う。

 しかし、それでも柳枝さんファンであることには変わりない俺は素直に褒められて普通に嬉しい。


 やっぱりどこまで行っても柳枝さんは憧れの対象なんだよな。

 未菜さんに関しては……まあ色々(意味深)あってそんな感じじゃなくなってるけど。


 ダンジョンが現れ、魔石の活用方法だったりその他ダンジョン資源についてもまだ掘り下げられていない暗い雰囲気の日本。

 アメリカ含む各国が次々にダンジョン攻略を進めていく中、突如現れた未菜さんや柳枝さん率いるチームが一つのダンジョンを完全攻略したというニュースは、日本中を活気づける一つの大きなきっかけになっていたのだ。


 かく言う俺も、母さんもいない、親父もいなくなって沈んでいる時期だったのでこのニュースに強く元気づけられたのを覚えている。


 人智の及ばない謎が、手の届く位置に降りてきた気がしたのだ。


 ……にしても。

 今考えると、まだ魔力による強化が存分になされていない状態でダンジョンを攻略したというのだから、マジでとんでもないことしてるよなこの人たち。


 世界初のダンジョン踏破者は肉体強化というシンプルなスキルを手に入れた軍人だったわけだし、それ系統のスキル無しでの攻略。


 常識的に考えて、普通なら無理だ。

 それを成し遂げてるんだから凄い話だよなあ。


 まあ、それなりに修羅場を潜っている俺が魔力無しでは柳枝さんに手も足も出ないのだから凄いのはわかりきっているのだが。

 


「とっしーよぉ。そういうのは普通親である俺から言うもんじゃないかね?」

「似たもの親子なんだから、面と向かってそういうこと言わないでしょう、和真さんは」

「どうだかね。ほら悠真、次は父ちゃんと組手だ。勝てたら……そうだな、焼肉奢っちゃる。けど逆ならお前の奢りだぜ」

「柳枝さん、知ってる焼肉屋の中で一番高くて美味いところ予約しといてください。3人分で」


 やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめた柳枝さんが恐らく本当に予約する為にスマホを取り出して離れていく中、俺と親父で対面する。

 

 互いに素手かつ魔力での身体能力強化は無し。

 俺もそこそこ鍛えている方ではあるが、親父の方がガタイは良い。

 魔力抜きでは組み合った時点で俺の負けだ。


 というか、ガタイ抜きでも親父は普通に格闘戦に強い。

 伊達に10年間も異世界で戦っちゃいないのだ。

 どうしたもんかな。


 魔力抜きと言っても、そもそも今の俺はベリアルとの戦闘で無茶しすぎたせいで、回路が回復しきるまでは魔力をろくに扱えないのだ。


 

 ――で。


 結果は……


「くそっ……大人げないぞ親父……!」

「はっはっは。まだまだお前にゃ負けねえぞ」


 まあ順当に俺が負ける。

 寸止めルールの3本先取だったのだが、1-3で俺の負けだ。


「世界を救った英雄より強い俺は、つまり大英雄ってことか?」

「親父なんてアスカロンにボコボコにされちまえ」


 そのアスカロンは準備をすると言って元の世界に戻ったきりなかなか連絡すら寄越さないが。

 何やってんだか。

 こっちから乗り込むぞ、そのうち。


 まあ、あいつのことだ。

 本当にこのまま音沙汰無しということはないだろう。


 

「だが――」


 仰向けに転がる俺の横に腰を下ろした親父が雑に俺の頭を撫でる。


「――強くなったな。ガキってのは親の知らねえところでどんどん成長していきやがる」

「俺の素敵な髪型をぐちゃぐちゃにするんじゃねえ」

「父ちゃん譲りのツンツンヘアーのくせに何言ってんだお前」

「……せめて親父くらいには勝てるようにしねえとなあ」

「くらいにはって言ってもお前、10年分を埋めるのはそう簡単じゃねえぞ? 父ちゃんだってとっしーには素手だと手も足も出ねえからなあ」


 柳枝さんに関してはそりゃそうだろう。

 10年前の時点でダンジョン攻略班に選ばれる程の人材だ。


 更にそこから10年、管理局の業務に傾倒しつつも鍛錬を怠らなかった人である。

 強くないわけがない。


「1年……いや半年で追い越す」

「無理無理、父ちゃんだって鍛えるから。お前の弟だか妹だかも生まれるわけだしな」

「それに関しちゃまーだ実感湧かねえなあ……」

「お前もそう遠くないうちに父親になるんじゃねーの」

「俺は全部終わってからだよ。この世界も救って、スノウたちを人間に戻して、シエルの病気も治して……んで、どこで暮らすか決めてからだな」

「背負いすぎだ、馬鹿息子」

「そう育てたのは誰だよ。三つ子の魂百までもってやつだ」

「死ぬまで変わんねーか」

「変わんねーよ。死んでもな」


 くっくっく、と親父が笑う。


「んだよ」

「いや、父ちゃんも親父に……つまり爺ちゃんに似たようなことを言ったことがあんだよ。消防士になるって言ったときゃあ反対されたもんだ」

「……そうなのか?」

「そりゃ、消防士なんて危険なもんだからな。結局関係ないダンジョン内で事故にあっちまってるんだからなんてーか世の中ままならないもんだけどよ」


 へえ……

 親父の昔話ってあんまり聞かないからなあ。


「爺ちゃんだってその父ちゃんや母ちゃんから何かを受け継いできてるんだし、その父ちゃんだってやっぱり更に両親から何かを受け継いでるわけだ。それこそ、ガキや孫の世代まで伝わるような何かをな」

「代々親父みたいなのが続いてるってことか?」

「そりゃ知らねーけどよ。けど、何世代にも渡って人ってのは続いてくんだよ。いつか生まれるお前のガキだって、お前みたいになるんだぜ。多分な」

「……嫌だなあ」


 心配ばっかりかけるガキんちょってことだろ。

 

「ちったぁ父ちゃんたちの凄さがわかったか?」

「……んなもんは最初っからわかってんだよ」

「素直になったって焼肉奢るのはお前だぞ」

「ちっ」



 別に良いけどさ。

 親父と柳枝さんに奢るんなら、悪い気はしない。

 

 口に出しては言わないが、俺の尊敬する二人なのだから。

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