章間:2500年分

「魔王の因子は消え失せておる。後は本人の気力次第じゃな」


 魔王に体を乗っ取られたダークエルフ王……エストール。

 エネルギーの源とも言える心臓を抜き取られ重症を負い、今は意識不明の重体だ。

 

 シエルの言った通り、既に彼の中に魔王はいない。

 ベリアルと共に滅んだのだから当然だ。

 しかし、心臓を抜き取られたダメージはエストール本人にも残るわけで……



「エストール……」


 その父親であるジョアンが、不安げに眠る彼を見つめている。

 ここはダークエルフ達の集落……ではなく。

 ジョアンが現在暮らしているという、とある森にある小屋だ。

 

 心臓を抜き取られたエストールは一刻も早く治療する必要があったが、ダークエルフ全体の俺たち人間に対する嫌悪感というのはどうしても拭えない。

 なので話を円滑に進める為にいっそのこと拉致……じゃなくて安全なところに運んでしまおうということになったのだ。


 治癒を施したのは魔力回路が一人無事なシトリー。

 ここにいるのは、俺とジョアン、そしてシエルにシトリー、そして眠っているエストールの五人だ。


 心臓はなんとか治した。

 後は本人の気力次第。

 いや、本来は心臓を抜き取られた時点で死んでいてもおかしくなかったのに、抜き取られたのが魔王だったということが関係しているのかなんなのか、辛うじて息があったというのがもう凄いことなのだが。



「ところで……すまない、悠真殿。全く力になれず、本当に情けない限りだ。あそこで出しゃばっても……足手まといになるだけだと判断した」


 ジョアンが俺に向かって真摯な表情で頭を下げる。


「正しい判断じゃな」


 シエルがばっさり切り捨てる。

 まあ、実際その通りだ。


 思考共有をしている状態の俺やシエルたちでようやく土俵に立てるレベル。

 そんな中に、達人級に強いとは言えども普通の人間が混ざってこれるわけがない。


 自惚れてるみたいでこういうことをあまり言うの嫌なんだけどさ。

 強くなったという自負はある。

 だが、まだまだ強くならなければならない。


 思考共有時くらいの強さを常時出せるようになれば、これから先アスカロンの足を引っ張ることもないしシトリーたちを守ることだってできるだろう。


「ま、あそこでジョアンが戦って死んでたりしたら寝覚めが悪いわけだしな。子供……エストールが生きてることが分かったんだし、俺としちゃ親子で仲良くしてくれりゃそれでいいよ」

「悠真殿……」


 ジョアンの目が潤んでいる。

 それでちょっとこっ恥ずかしくなった俺は、


「この世界を救ったついでだしな」


 と言っておいた。

 シトリーとシエルはやれやれ、と言った感じの顔で俺を見る。

 が、ここは黙殺させてもらおう。


 ツンデレってわけじゃない。

 単に普通に感謝されるのがちょっとむず痒かっただけだ。


「……しかしまさか本当にやり遂げてしまうとはのう。和真の件があるとは言え、おぬしからすれば本来特に縁もゆかりもない世界じゃろうに」

「親父譲りのお人好しが遺伝したんだろうな」

「10年離れていても、親の背中が脳裏に焼き付いていたわけじゃな」

「別にそんなんじゃ……」

「今日は悠真ちゃんがツンデレなのかな? スノウがいないからって、お株を奪っていいわけじゃないぞ~?」


 シトリーがうりうりと腕を小突いてくる。

 く、くそう。

 この場だと俺が一番年下なんだよな。


 人間の年齢に直してもウェンディが俺と同い年くらいらしいし。



 なんてことを話していると。

 ベッドで眠るエストールが煩そうに眉を顰めた。


「エストール!!」


 ジョアンが声をかけると、ゆっくりとその瞼が持ち上がっていく。

 灰褐色の瞳がジョアンの姿を捉えると、カッと目を見開いてガバリと体を起こした。


「っ……!!」


 すぐに心臓の辺りを抑えて苦悶の表情を浮かべる。


「……お前の心臓はだ。あまり無理をすると死ぬぞ」

「……皆城……悠真……」


 俺のことを見るエストールの目は―― 

 少なくとも初対面の時のような明確な敵意は感じない。

 フレンドリー、とは間違っても言えないが。


「……大丈夫か? エストール」

「父上……」


 背中を擦るジョアンを見るエストールは、困惑しているように見える。

 そりゃまあ、困惑するよな。

 2500年くらいだっけか。

 それくらい前に生きていた人間が、まだ生きているのだから。


「何故……何故私を助けた」

「ジョアンがいたからだ」


 いなくても迷いはしたとは思うが、助ける決断の決め手になったのはジョアンの存在だ。

 

「…………そうか。私は、父上に助けられたのだな」


 エストールは――涙を流していた。

 ぽたぽたと雫がベッドのシーツに落ちる。


「申し訳ありません、父上。私は……私は父上に……」

「……いいのだ、エストール。お前は悪くない。まだ幼いお前を置いていってしまったのだから」


 これは直接エストールに確かめたわけではないので推測になるのだが。

 恐らく、エストールは人間やエルフのことを恨んでいたというのはある程度本当だとしても父親であるジョアンのことまで憎んではいなかったのだろう。


 それがある種のストッパーになっていたのだ。

 なにせ、父親は人間なのだから。


 そこをベリアルの過去を斬る剣とやらで記憶を改ざんされ、父親ごと人間やエルフが憎いという風に作り変えられていた。


 エストールはこちらを――シエルの方を向くと、頭を深々と下げた。



「妖精女王よ、申し訳ない。私がかけた呪いのせいで、苦しんでいることだろう」

「魔力が戻らない病のことかの」

「……その通りだ。あれも私がやったことには違いない」


 ……やはりあれは本当だったのか。

 しかしどうやら、その呪いをかけた時点でベリアルの支配下にあったようだ。

 それを理由に俺関係ないもんね、と言わない辺りはきっちりしているな。

 

「呪いをかけたことによる病ってことは、エストール。あんたが治せるのか?」

「……いや」


 申し訳無さそうに首を横に振る。


「呪いは呪い、病はその結果だ。私の能力では干渉できない」

「……そうか」

「ま、わしの病は悠真が治してくれるそうじゃから気にするな。それはそれで良い出会いもあったわけじゃしの」


 と、当の本人であるところのシエルが軽い感じで許してしまったのでそれ以上エストールも何か言うことができるわけもなく。

 今度は俺の方を向いて、再び頭を下げた。


「……申し訳ない、皆城悠真。迷惑をかけた」

「……こう言っちゃなんだけど、あんたがいなくてもベリアルは別の方法を取ってたと思うぜ。だからそう気にすんな」

「…………いいや。確かにあの男の干渉があったとは言え、私の感情が――私情が世界を危機に陥らせたことには変わりない」


 あれ、シエルの時はあっさり引き下がったのに俺にはなんか食い下がるな。

 

「どうか、この首一つで収めてくれないか。だから……この先、同胞たちの立場を虐げないでくれ」

「……何言ってんだ? 俺にそんなこと言われても困るんだけど……」

「…………世界を救った英雄だというのに、権力を握る気はないのか?」


 本気で不思議そうな顔をされて、俺の方が困惑する。

 なんでそんな面倒なことをしなくてはいけないのか。


 世界を救ったことと権力はまた別問題だろう。

 というか、異世界人の俺が権力なんて握っても誰もついてこないぞ。

 多分。


「権力なんて興味ないし、別に褒美やなんかを受け取るつもりもない。ただ、今度は俺たちの世界がピンチだから助けてくれたらいいなって程度だ」

「…………そんなことで……良いのか……?」


 信じられない、という風にシエルとシトリーを見るエストールだが、その二人がこくりと頷く。

 

「それじゃもう一つ俺の言うことを聞いてくれ」

「……ああ、何でも」


 首を切れと言ったらその場で切りそうな決意を漲らせた顔で俺を見るエストール。

 言わないけどね、そんなこと。


「自分の親父と仲良くしろ。2500年分な」

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