第352話:願望

1.



 ベリアルの体は崩れはじめていた。

 まるで乾いた粘土で造られた出来損ないの人形のように、ボロボロと。


 大きな穴が空いた胸から見える体の中は、黒い何かで満たされて……いや、黒い虚無で空洞になっている、と言うべきか。

 仰向けになったベリアルは虚ろな瞳でこちらを見る。


「……誤算……でした……アスカロン……貴方さえ……いなければ……私は……」


 独り言を呟くような声。

 全てが終わり、静寂が耳に痛いほどになっているからこそ届く、奴の本音なのかもしれない。


「……その仮定は無意味だよ。それを言うのなら、君は悠真に関わるべきではなかった。俺だって、悠真がいなければここに来ることはなかったんだからね」

「…………」


 その言葉を聞いて、ベリアルは一度目を閉じた。

 そしてしばらくして、再び目を開く。


「……そうかも……しれませんね……」


 今回のことは運が良かっただけだ。

 アスカロンが来ていなければ全てが終わっていた可能性だってある。

 

 しかし――

 結果が全てだ。

 

 俺たちは勝ち取り。

 ベリアルは、全てを失うことになった。


「……ベリアル、死ぬ前に教えろ。俺たちの世界へセイランが来るのは、いつだ」

「わかりません……が……準備を怠ることはないでしょうね……貴方がたの世界はあの御方にとって……お気に入りのようですから……」


 案外すんなり情報を渡すベリアル。

 憑き物が落ちたように、というにはあまりに大きな罪を犯している。

 だから――

 今際の際の、気まぐれなのだろう。

 

「お気に入りね……」

「……ふ」

 

 俺が呟くと、ベリアルが自嘲気味に声を漏らした。


「……その通り……お気に入りですよ。まったく、羨ましい……妬ましい」

「…………」

「……何も言わないのですか? 惨めな……無様な嫉妬を晒す男に……」

「言わねえよ。お前は糞野郎だし、許す気もねえ。けど……誰かを好きな気持ちってのを茶化す気もねえ。その表し方は、やっぱり許せねえもんだったけどな」


 結局、はどこまでも感情に支配される生き物だ。

 ここ最近……特に異世界であったあれこれを経て、俺はそう強く実感している。


 ベリアルも神になるなんて嘯いていたが、結局は人であることをやめられなかった。

 アスカロンがベリアルに訊ねる。

 

「……俺の世界は、ギイを退けてから君たちの仲間が来ることはなかった。つまりこの世界もそういうことだと思っていいのかい?」

「……ええ。それが我々のルール……ですから……」

 

 この世界からは脅威が去った、ということで良い訳か。

 ということは、俺たちの世界においても同じことが言えるんだな。

 

 なんとなくだが――先が見えてきたんじゃないか?

 お先真っ暗の手探り、というかどこまであるかも分からなかったもんに、出口の存在があることが確認できただけでも万々歳だ。


「色々聞きたいことはまだまだあるけど……」


 ベリアルの体は真っ白な灰のようになってしまっている。

 もはや逝く寸前だろう。

 

「…………皆城……悠真……」

「……なんだ」


 意識が残っているのか残っていないのか、俺に話しかけているのかすらも定かでない呼びかけに答える。


「私は……貴方のように…………」


 こちらへ向かって手を伸ばそうとしたのか、腕がボロっと崩れ落ちる。


「必要と………………愛されたかった…………」


 ザフ、と。

 全てが崩れて。

 白い灰となったベリアルは、死んだ。


 後には魔石も、死体も残らなかったのだった。




2.



 最後の滅びの塔は、跡形もなく消え去っていた。

 ベリアルが死に、魔王もいなくなり。


 こちらの世界には平和が訪れた、と言ってしまって良いだろう。


 唯一、セイランがまだちょっかいをかけてくるかもしれないという懸念は完全に消えたわけではないが……

 アスカロンの経験や、ベリアルの言葉からしてもほとんどその心配はしなくて良さそうだ。


 ベリアルか……

 あいつに同情する余地なんて微塵もない。

 ないが……


 俺も、知佳やスノウやフレアたちを見て、頑張らなきゃなと思うことは多々あるわけで完全に気持ちが分からない……というわけでもない。


 いや、その為に他人に迷惑をかけて良いとは全然思えないのだが、やっぱり男としては好いた女の隣に立って恥ずかしくないようになりたいのだ。

 

 同一の存在になって喰われたいっていうのは全くもって同意できないけどな。

 奴なりの歪んだ愛情表現なのか、俺がわかったような顔してるだけで全く違う何かなのかまでは知らないが。


 

 で、そんなことをだらだらと考えている俺が何をしているのかと言うと。

 

「なんか……燃え尽き症候群ってわけじゃないけど……」


 自室のベッドに寝転がって、天井を見上げている。

 やるべきことは大量にある。

 大量にあるのだが、ちょっとくらいだらけたって許してほしい。

 いや、ほんとに。


 なんとかなったとは言え、全滅の危機すらあった死線を潜り抜けたのだ。


 どのみち、スノウたちの魔力回路の疲弊が思っていた以上に激しく、なんと完全に治るまでは一週間程度必要だということで何もできないのだが。

 ちなみに俺の魔力回路もかなり焼け付いているらしく、一ヶ月間の魔法使用を禁じられている。


 肉体強化はギリギリ許容範囲なのだとか。

 というわけで現在、うちで一番魔法を使えるのはシトリーだ。


 シトリーとは<フルリンク>で繋がったお陰で、あちらにダメージはないからな。


 次点で……ルルかレイさんになるのかな……?

 そう考えるとマジでしばらくは何もできないな。


 いや、ルルやレイさんの実力に疑問があるわけではく。

 というか、今回もいてくれたらもう少し楽だったかもしれないなと思っている。

 正直な話。


 ルルやレイさんに限らず、未菜さんや知佳、綾乃だってそうだ。

 俺との思考共有がある以上、まず足手まといになるわけがないし。


 大抵、俺の周りにいる人はなんらかの超人だ。

 俺が全員に勝っているのなんて魔力量くらいなんじゃないか。

 マジで。


 見習うべき点はたくさんある。

 それだけ伸びしろがあるとも言えるかもしれないが。


 直近ではアスカロンだな。

 あの戦いが終わった後、なんらか準備があるとか言ってすぐに元の世界に戻っちまったからなあ。



 そんなことを考えていると、ピンポーン、とチャイムの音が鳴った。

 誰かが出るかなーと思ったが、そういえば今うちには誰もいないんだった。


 知佳は天鳥さんとこに、綾乃はダンジョン管理局になんか用事があるらしくて不在、スノウたちはレイさんとショッピングwithフゥ、シエルは親父とガルゴさん、そして母さんを交えて飲みに行くとかなんとか言っていたか。


 あー……ルルはいるのか。

 でもあいつ、俺以上に来客対応とかしないからなあ。


 しゃあねえ、出るか。

 もう一度チャイムが鳴ったのでちょいと急ぎ目に部屋を出て、来客カメラで確認する間もなく玄関へ向かう。


「はいはーい、おまたせしました……」


 そう言って玄関の扉を開けると、チャイムの脇に一人の少女が立っているのが目に入った。

 15、6歳だろうか。


 知佳よりは年上に見える……と言っても見た目通りの年齢なら、知佳の方が年上なのだが。

 見た目通り、とわざわざ加えたのには当然理由がある。


 耳がちょっとだけ尖っているのだ。

 この子。


 要するにエルフ。

 多分だけど。


 太陽みたいに輝くミドルくらいの長さの金髪をハーフアップにしていて、エルフの例に漏れず恐ろしく美人……というか可愛らしい。


 こっちをキロッと睨んでいるのは何故だろうか。

 気の強そうな子だ。

 

 そんな子が、夏服の白いセーラーを着てそこに立っていた。


 もちろん俺に心当たりは全くない。

 ないが、人違いでは? ともならない。


 エルフが訪ねてくるのなんて、この世界広しと言えど俺くらいだろう。


「……ええと……どちら様?」

「あなたが皆城悠真! ですね!」


 ビシィッ!!

 と俺を指差す少女。

 人を指さしちゃいけませんってお父さんお母さんから言われなかったのかな。

 

「そうだけど……」

の代わりに、あなたを鍛えにやってきました!」


 なんか、高校生の時の委員長を思い出す感じだな。

 男子、しっかり合唱コンの練習しなさいよ!

 みたいな。


 ……魔力回復の為動けない父?

 まさか……


「……もしかしてアスカロンの娘さん?」

「その通り。意外と察しが良いようで安心しました。というわけで、これからしばらくお世話になります。お世話もします」

「ええと……」


 俺は頬をかいた。

 おいアスカロン。

 聞いてねえぞ。




----------------

作者です。


長かった異世界編(本当に長かった)、これにて終了です。

最後はお決まりの新ヒロイン(?)登場で締めた今章ですが、章間エピソードを挟んで新章へと移ります。


舞台は地球へ戻り、来る滅びに備えることになる悠真!

また女の子を誑かす悠真!

ため息をつくヒロインズ!

たまにかっこいいので許してね!


……みたいな感じの章になる予定(大体いつも通り)です、お楽しみに!


コミカライズもよろしくね!

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