第351話:究極消滅魔法
「――ハァ!!」
俺たちの猛攻に耐えかねたベリアルが全身から長く鋭い魔力の棘のようなものを無数に出す。
「悠真、当たるな! まず間違いなく毒付きだ!」
「わかってるよ!!」
地面を踏みしめ、魔力を流し込んで操る。
隆起した土が全ての棘を受け止め、へし折った。
ウェンディとの思考共有は既に切れている。
今はシエルだ。
豊富な魔法知識、そしてあらゆる攻撃パターンへの精通度合いは流石の一言だ。
生きている年数からして当然ではあるのだが、知識量だけで言えば知佳や天鳥さん以上だ。
恐らくシエル側である程度情報を取捨選択してくれているのだろう。
そうでなければ、知佳との時にそうなったように、知恵熱を出してぶっ倒れているはずである。
俺が隆起させた地面を足がかりにして、アスカロンが跳躍する。
それを目線で追おうとしたベリアルへ追撃し、その間に背後を取ったアスカロンと挟み込むようにして連撃が始まる。
「くっ……! うおぉおおおお!!」
余裕のなくなったベリアルが再び大技を出そうと、一瞬の溜めを見せる。
しかしそれを見逃すアスカロンと
俺の拳が顔面にヒットし、それと同時にアスカロンの剣が背後から上半身と下半身を真っ二つにした。
――決まったか?
そう思った瞬間、断面からドバッと黒い粘液が溢れ出て一瞬でくっついた。
キモいなんて言葉で言い表せるような光景じゃなかったぞ、今の。
「……スライムのようなものかな。剣での攻撃はあまり意味がないかもしれないね」
アスカロンが俺のところまで
「……人であることを完全に捨てちまったんだな」
「当然です。魔人ではなく――神になるのですから」
ベリアルはもう、笑っていない。
激怒に駆られたその評定に余裕はなく、俺たちを確実に殺そうとしていることが伺える。
「――虚しいね」
アスカロンはぼそりと呟いた。
「……何がです」
忌々しそうに、しかし聞き流せなかったのか問いただすベリアルに、哀れみの目を向ける。
「自分に自信を持てないから、分不相応な神なんてものになろうとする。地に足をつけて生きることにこそ、意味があるのに」
「……何を言うのかと思えば、低い次元で満足している矮小な存在の妬みではないですか」
「人は自分を映す鏡だよ、魔人くん」
「……何が言いたいのです」
魔人と呼ばれたベリアルがぴくりと眉を動かす。
「分かっているということと、分かったような振りをしていることでは大きな差があるということさ」
「戯言を――!!」
ベリアルの前に黒炎が生まれる。
相変わらず馬鹿げた魔力量と出力だ。
あんなのまともに食らえば塵すら残らないぞ。
「流石にあそこまでの密度になると、俺では手が出せないな」
「アスカロン、俺の後ろに」
「どうにかできるのかい?」
「するっきゃねえだろうが――!」
シエルの魔法とはそこにあるものを操る魔法、だ。
例えそれが大地であろうが、大気であろうが。
シエルの知識ができると言っている。
なら、俺は信じるだけだ。
放たれた黒炎の周囲に向けて魔法を発動する。
大気を操り、炎が燃焼する為に必須の成分――酸素を抜き取る。
もちろん、それだけでこれだけの魔力と威力を秘めた炎は消えない。
普通は。
魔法はイメージと魔力によって大部分が決まるからだ。
ならば。
逆に、消えるという強固なイメージを持ち、更にそれを莫大な魔力でカバーしてやれば――
ボシュゥ、と間の抜けた音を立て、黒炎は俺たちに届く前に消えてしまった。
「……!」
頭の奥がズキン、と痛む。
……思考共有はパートナー側の魔力回路が焼き付くことがデメリットだ。
しかしそれも度を過ぎれば俺に返ってくるわけか。
残り時間もまだあったはずだが、既にシエルとの思考共有は切れてしまっていた。
思ったよりも早く切れたウェンディとの思考共有の時点でおかしいとは思ったが、全力戦闘時は更に制限時間が短くなるのか。
そして――
ベリアルは、俺を見て先刻までの余裕ある笑みではなく――勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「召喚術師。貴方の力の秘密が見えてきましたよ」
「……へえ、そりゃ大した推理力だな。俺は鈍感って言われることが多いんで、あやかりたいもんだぜ」
「貴方のその力は時限式――その上、それが切れれば精霊たちも力が使えなくなる」
「…………」
御名答。
はなまる大正解だ。
「そして英雄アスカロン。貴方の力もね」
「……まあ、そう難しいことをしているわけではないからね」
ベリアルは両手を広げ、魔力を高める。
「……おいおい、こりゃやべえんじゃねえの……?」
魔力で大地が震えてやがる。
俺だってここまでの威力を魔法で出せるとは思えない。
一か八か、
いや、もはやあれだけの大規模な魔法を打ち消すまでの大きさを出すには時間が足りない。
全力で安全地帯まで退避するか?
転移石は恐らくまだ使えないが、アスカロンが先程ここへワープしてきた魔法を使えば或いは――
「呑み込みなさい――
「く、そ――!!」
咄嗟の判断だった。
アスカロンがワープしてきた先程の魔法を発動しようとするより先に、俺はたった今思いついた一か八かを試してみた。
両手を重ね合わせ、突き出した先からイメージした通りの魔法が飛び出て真っ黒い奔流と真っ白い奔流が俺たちの中央でぶつかり合う。
そして――
眩い光で一瞬だけ辺りを染め上げた後、どちらの魔法も消え失せていた。
「……馬鹿な」
ベリアルが呆然と呟く。
「…………俺も信じられないものを見たよ。そんな事もできるんだね」
「いや、俺も半分博打だったからな……」
俺は常々考えていた。
果たして、スノウとフレアはどちらが強いのだろうか、と。
フレアは攻めに偏った力。
スノウは守りに偏った力。
氷と炎。
冷たいと熱い。
どちらにも使い所や良いところ、長所や短所があるのは理解できる。
だが、少年漫画好きとしてはどうしてもどちらが強いのか、というのを白黒付けたくなるのだ。
この場合は、紅白と言うべきかもしれないが。
もちろん二人に聞けばどちらも自分が強いと言うに決まっているし、最悪その場で喧嘩が始まりかねない。
どちらが強いのかは知りたくても、戦っている二人を見たいわけではないのだ。
なので、俺は答えを知っていそうな人に聞くことにしたのだ。
――なあシトリー、スノウとフレアって本気で戦ったらどっちが勝つんだ?
それを聞いたシトリーは、いつも通りのぽわんとした表情で答えた。
――勝負なんてつかないよ。全部なくなっちゃうから。
魔法には
原理だけを説明すれば、とどのつまり反対の属性をぶつけてその魔法を打ち消すというものだ。
例えば炎と氷。
わかりやすい反属性だ。
普通ならば、どちらの魔法も消えて終わる。
だが。
スノウとフレア程の威力を出せる者同士が魔法をぶつけ合えば――
その消失エネルギーが、他へと向くようになる。
起きる現象としては、
しかし規模は圧倒的にホワイトゼロの方が上だった。
だが、それを俺の魔力と――《《スノウとフレア二人分の思考共有状態下》で行えば。
その限りではなく、ホワイトゼロを更に上回る強大な消滅エネルギーが発生する……
……かもしれない、と思って試してみたのだ。
二人同時に思考共有、それもやったこともない魔法。
どちらも成功したのは奇跡だな、もはや。
「……名付けるなら
「魔法名はどうでもいいけれど、大丈夫かい?」
「……大丈夫かいって?」
「鼻血」
「え……」
アスカロンに指摘され、俺は自分が鼻血を出していることに気付く。
「どうやらあまり良い状態ではないようだね。それに……」
「……どうすっかな。今の一発でどっちとも思考共有が切れちまった」
スノウとも、フレアとも。
切り札を一気に二枚使った上に、一瞬きり。
残っているのはシトリーのみだ。
「大丈夫、あっちもあれだけの魔法を連発できるはずはない。このまま押し切ろう」
「……だよな?」
「…………多分ね」
急に自信なくすな。
しかし、やるしかない。
体に雷を纏う。
「それで最後ですか。果たして、私を倒せますか?」
「倒すんだよ、これでな。アスカロン、全部出し切れよ」
「もちろんさ」
シトリーの力を使っている時だけは、他と違って俺が主軸になって動き回ることになる。
それだけそのスピードとパワーが圧倒的だからだ。
俺は肉体強化のお陰で、
人間の質量を持ったものが雷のスピードで動けばどれだけの威力が発生するかなんて、想像もつかないだろう。
俺もつかないもん。
イメージが物を言う世界でそれはまずいのだが、しかし現実として――
「がああああああああ!!」
ベリアルは一歩も動けず、俺にタコ殴りにされている。
ぶっちゃけ、殴ってる対象が途中からアスカロンに入れ替わってていても気付けない。
それだけの速度を維持しながら殴り続けているのだ。
これで決めきる。
アスカロンが合間を縫うようにして剣で軌跡を描いている。
ギイを倒したあの魔法だ。
「全部――持っていきやがれぇ!!」
最後の一撃。
全ての魔力を雷に変換して、ベリアルに見舞う。
轟音と共に、極太の稲妻が下から上へと突き抜ける。
そして――
「これで――終わりだ!!」
アスカロンの魔法も発動し、大爆発を巻き起こす。
「ま、待――――!!」
俺の最後の一撃に勝るとも劣らない威力で。
ベリアルが粉々になって吹き飛んだ。
それと同時に。
シトリーとのリンクが切れ、俺はその場に激しい痛みと共に膝をつく。
「かっ……はっ……ハァ……はっ……ハァッ……!!」
「もう……体を動かす力さえ残っていないよ……正真正銘……全部出し切った……!」
アスカロンが俺の背中に手を添えてくれる。
しかしその言葉通り、こいつも全てを出し尽くして満身創痍だ。
もし、これで。
ベリアルがまだ復活してくるようなら――
――――。
笑い声が、辺りに響く。
もはや考えるまでもない。最悪の予想が、的中したのだ。
黒い霧のようなものが俺たちの前に集まって、人の形を……ベリアルの形を取る。
流石に全身がボロボロで、あちらも満身創痍。
しかし――
奴は、立って。
こちらを睨んでいる。
勝ち誇った笑みを浮かべながら。
「私の……勝ちです……!! 私が!! 勝ったのです!! 全ての試練を乗り越えた勇者をこの手で打倒し!! 私こそがあの御方の隣に並び立つ時が来たのです!!!!」
動けない俺たちを見下ろす。
「いーぃ気分ですよ……召喚術師、皆城悠真。あの御方は何故か貴方にご執心でしたからね……そんな貴方を喰らえば、私が……私を……」
ベリアルは、言葉を途中で切った。
感極まって詰まった……というわけではない。
理解が追いつかなかったのだろう。
自分の身に起きた異変に。
「なん……な……ぜ……何故……!」
大穴が空いた、黒い霧のようなものが勢いよく吹き出る自らの胸元を抑えてベリアルは叫んだ。
その視線の先にはシトリーが立っている。
魔王にやられた時の傷がそのまま痛々しく残っているが、その目はいつも通りの輝きを放っている。
その場に膝をつく。
致命傷だ。
何故、パートナー側の魔力回路が焼ききれてしまうはずの思考共有を終えたシトリーが魔法を放てるのか。
答えは単純である。
シトリーとの思考共有など、最初から行っていなかったからだ。
じゃあ俺が素であそこまでの雷魔法を扱えたのかというと、それも違う。
ほぼ同一の効果でありながら、結果のみが違うもう一つの切り札。
<フルリンク>を使ったのだ。
これは俺の魔力回路が焼き切れるが、シトリー側は無事に残る。
最後の最後だからこそ出来た、一度しか通用しない騙し討ち。
それが見事刺さったというわけである。
――今度こそ、勝ち……だな。
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