第350話:アウトオブ眼中

「魔人は喰らうことで強くなる生物です。感情を。魂を。存在を。人間が食事を喰らい、栄養とするように。我々魔人も喰らって糧にする」


 ベリアルは独り言のように呟く。

 その存在感が――


 大きく。

 途方もなく、大きくなっていく……!


「しかし、小粒な魂や感情など大した意味はない。各地の混乱に手を加え、戦争を引き起こしてきたのも私からすれば余興に過ぎません」


 その体が、変異して行く。

 内側から噴き出したどす黒い魔力が、奴の体を覆うようにして。

 まるでヒーローの変身シーン……いや、闇落ちヒーローの変身シーンのように。


 とは言え、ヒーロースーツを纏ったりするわけではない。 

 服装だけ見れば喪服のような黒スーツの上から黒いマントを羽織った程度の変化だ。


 そして外見的には、真っ黒だった髪は真っ白に脱色している。

 スノウのような美しい白ではなく、という意味での白だ。


 側頭部からは左右それぞれ上下反対に向いている角が生えている。

 更に目も今までと違う。白目部分は黒いままだが、その中央には赤色の……血のような色の瞳孔がある。


 最も大きな変化は魔力だろうか。

 明らかに――


 先程に比べて跳ね上がっている。

 ただそこに立っているだけで、圧し潰されてしまいそうな程に。


「だから、私は考えました。上質な魂――上質な魔力。上質な存在力。それらを兼ね備えた最高の食糧はどこにあるのか、と」


 わざとらしく指を額に当てて、考えるような素振りを見せる。

 芝居がかった鬱陶しい動きだが――

 それに突っ込める余裕すらない。


 先程魔王を圧倒したアスカロンですら迂闊に動けないのだから、当然の話だ。

 

「もちろん、心当たりは幾つかありました。しかしどれもあと一歩足りない。なので私は――」


 ちらりと、心臓を失って地面に倒れ伏せている魔王を見やった。


「かつての主を万全の状態で復活させ、喰らうことにしたのです。あの御方には遠く及ばずとも、上質な食糧になることは間違いなかったのですから」

「……その言い方だとまるで、君は今の主であるセイランすらもとして見ていることになるね」

 

 アスカロンが横槍を入れると、ベリアルは目を細めてそちらを見やった。

 その口元は、我が意を得たりと言わんばかりに歪んでいる。


「まさか、そのような不遜なことを考えるはずがないでしょう。あの御方は正しく神に等しい存在なのですよ?」


 天を見上げるベリアル。

 そして体を震わせながら、両手を挙げて吠える。


「ああ、セイラン様!! 私は――私は今!! 初めて貴女様に並び立つ存在となろうとしているのです!! そうなったときは是非!! 是非――!!」


 黒い涙を流しながら、恍惚とした笑みを浮かべるベリアルは溶けいるような、感極まったような声で囁いた。

 

「私を喰らって、さらなる至高へと登り詰めて頂きたいぃぃ……!!」


 アスカロンがイケメン顔に困惑の表情を貼り付けて俺を見た。

 いや、そんな顔で見られてもわからんよ。

 なんか特殊な性癖を持ってるんだな、ベリアルも。

 

「その為にも」


 ぐりん、と。

 首が180度回ったんじゃないかと思わせるような不安になる角度でこちらを向いたベリアルが、仮面のような笑みを貼り付けたまま言う。


「ここにある7つの上質な食材に加え、銀狐と竜魔人を喰らいたいのですよ」


 俺、スノウ、フレア、ウェンディ、シトリー、シエル……そしてアスカロンの7人のことか。

 そして銀狐と竜魔人ってのは……

 

 ミナホとフゥだな。

 最初に倒した四天王、炎使いの蛇男ことアイムも妙にミナホに執着していたがやはり何かがあの二人にはあるのか。


 どちらも地球にいる以上、ここにいるベリアルが直ちに手出しできるようなことはないと思いたいが……


「そうすれば私はあの御方に真なる意味で並び立つ――<魔神>になることができるのです」

「……ふん、随分とご執心のようね、セイランとかいう女に」


 魔王に蹴散らされた中、一人無事だったスノウが吐き捨てるようにして言う。


「全ての――平行世界をも含めた全ての世界の中で、最も素晴らしい御方ですから。貴女のような所詮食糧でしかない、矮小な存在とは比べ物にならないのですよ」

「……へえ」


 その言葉にスノウがこめかみに青筋を立てる。

 こ、怖い。

 俺が怒られるわけじゃないのに怖い。


「それに見合う男になろうって努力してるその姿を、あんたの上司は評価してくれてるのかしら?」

「……何を言いたいのです?」

「あんたがどれだけ他人を喰って強くなろうが、セイランってのはあんたなんかに興味ないんじゃないかしら」

「神が人に興味を示すとでもお思いで?」

「セイランって奴がどうかは知らないわ。でもあたしは、最初っから興味ない奴には最後まで興味ないわね。とりわけ、どこかの誰かさんみたいに他人の力頼りの糞野郎には」


 ベリアルの仮面のような笑みが、若干剥がれる。


「あんたのその陶酔ぶりを見てればわかるわ。その女が好きなんでしょ」

「まさか、そのようなことは――」

「でもね、断言できるわ。セイランとかいうやつはあんたには微塵も興味を抱いてない。それが分かっていながらあんたは敢えて道化を演じてるのよ。惨めったらありゃしない」

「……貴女に何がわかるのです?」

「誰かを好きになった女の気持ちはわかるわ」

 

 スノウが魔力を纏い始める。

 

「そいつがどれだけ自分に比べて弱くて情けない部分が多くても、自然と目で追っちゃうのよ。何かしてる時だって気付けばそいつのことを考えちゃうし、泥臭く頑張ってれば応援したくなる。要するに――ほっとけないのよ、普通は」

「あの御方は、そのような考え方は……」

「強くなって喰われたい? くだらない願望ね。そうして自分で蓋をしてるあんたは、あたし達には絶対に勝てないわ」


 スノウが拳を握った両手を体の前でクロスさせる。

 それと同時に、高密度の氷が奴の体の左右から出現し圧し潰すようにして囲い込んだ。


「フレア!! いつまでも寝てんじゃないわよ!!」


 スノウの叫びに、んな無茶な、と反射的に思ってしまったが間髪入れずに豪炎がスノウの氷ごと焼き尽くしたのを見て、考えを改めた。

 スノウが元気なのに、フレアがへたれるはずもない。


 となればなんだかんだでシスコンな姉二人も――



 雷を纏った風が、爆炎と氷を巻き込んで球状の渦を作り出す。


 ――ズバァ!!


 と、勢いよく全ての魔法が斬り裂かれるようにして中からベリアルが出てきた。

 その顔に先程までのニヤつきは張り付いていない。


 ただ不愉快そうに、俺たちを睨みつけている。


「――アスカロン、俺には現状、奥の手が5ある。合わせられるか?」

「当然。君こそ、あれからどれくらい強くなったか見せてもらうよ」


  

 

2.



 とは言うまでもなく、<思考共有>のことである。

 しかし相手が圧倒的に格上だった場合、迂闊にこれを使うことはできなかった。


 何故か。

 思考共有後は、俺ではなくそのパートナーが動けなくなってしまうからだ。

 

 今のベリアルのような相手には当然使いづらい。

 しかし今ならやれる。


 即座に念話で共有したのは、俺と思考共有状態になっている相手は他の面子を守りつつ、俺とアスカロンでベリアルを攻める。

 そしてそのパートナーとのリンクが切れ次第、次のパートナーとの思考共有を始める。

 という作戦だ。

 敢えて他の面子を守る為にパートナーを残しておくのは、戦いに激しい余波が生まれることが想定されるから。


 先程は四姉妹の針を通すような精密なコントロールが求められる合体魔法にこそ参加していなかったが、念話でシエルも意識を取り戻しているのは確認している。

 

 それを繰り返すこと、5回。

 一度の思考共有の限界は大体3分から5分なので、短めに見積もって15分で蹴りを付けなければならない。


 ということを軽くアスカロンに説明すると、「なるほど、俺も全力はそう長くはもたない。君ほどの馬鹿げた魔力を持っているわけじゃないからね」とのことだった。


 つまり、この15分でどうにもならなければ――

 俺たちの負けが確定するわけだ。


 アスカロンから預かっていた剣を返す。

 なんだかんだ、結局こいつから会いに来たんだな、そういえば。


 過去から現代までリアルタイムに生きてきたアスカロンはともかく、俺としちゃ長いようで短い期間だ。

 だが、その間に俺だって成長している。

 

「さあ行くぜ、師弟タッグだ」

「あまり急いて転ばないようにね」

「余計な世話だっての」


 トン、と軽く踏み出したアスカロンが急加速でベリアルへ接近する。

 奴もスノウに乱されていたとは言え、その実力は見るまでもなく圧倒的格上。


 剣の一閃はまず、避けるでもなく右手で受け止められた。

 しかしその脇から俺が潜り込むようにして、抉り込むようにして右拳を繰り出す。


 それをも左手で止めようとしたベリアルの手が、弾かれた。

 ウェンディの援護ではなく、俺自身が起こした風だ。


 最初に思考共有をしたのはウェンディだ。

 一応ちゃんとした理由ももちろんある。


 アスカロンは達人……いや、超人だ。

 俺みたいな半ば素人でも問題なくコンビネーションを合わせることができるだろう。


 しかし、それだけではベリアル相手には不安が残っていた。

 だから離れた場所から俯瞰で見ることができる上に格闘能力も高く、応用の幅が広い風魔法を得意としているウェンディが一番最初だ。


 この間にウェンディからの思考のフィードバックをリアルタイムに受けつつアスカロンとのコンビネーションに慣れ、残りの12分で詰めて行く。


「小賢しいですね……!!」


 苛立ちを含むベリアルの声。

 風で弾かれた左手の隙間を縫った俺の拳と、アスカロンの蹴りが同時にクリーンヒットする。

 しかし効いている様子はあまりない。


 だが――手応えがないというわけでもない。

 やってやろうじゃないか。


 これがこの異世界を救う、ラストバトルだ。

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