第349話:昇華
「後は俺に任せてくれ、悠真」
アスカロンはいい笑顔でそう言い切る。
何年経ったのかはわからないが、以前と全く変わらないのであまり時間は経っていないのだろうか。
5000年振りというのはエルフジョークなのかもしれない。
「いや、任せるったって……」
シエルやシトリーたちが一瞬でやられてしまった相手だ。
幾らアスカロンとは言え、一人でどうこうなる相手ではない。
「妖精王アスカロン。私が産まれるよりも更に前、あの御方が唯一滅ぼすのに失敗した世界の大英雄――接触は禁じたつもりでしたが、まさかそちらから来るとは。いつの間に交流があったのです?」
先程よりも明らかに警戒しているのがわかるベリアルが俺に問いかけてくる。
いつの間にって言ってもな。
あの世界での出来事がベリアルの産まれる前だってんなら、シンプルに産まれる前に知り合ってたってだけなんだよな。
「邪悪な魔力だ。一応聞いておくけれど、あの二人が敵側ってことで良いんだろう? 悠真」
「あ、ああ……けど、スーツじゃない方は殺さないでくれ」
「何故だい?」
「知り合いの息子なんだ」
「なるほど、わかった。動けない程度に留めよう」
そう言って頷くと、アスカロンは悠然と歩き出した。
まるで帰宅するかのようにごく自然に、何の気負いもなく。
そして魔王の前まで辿り着く。
「大丈夫、心配しなくて良い。俺はこれでも鍛錬を怠ってはこなかったんだ。加減は得意だよ」
魔王が無言で動き出し、強烈なパンチを見舞う。
しかしそれはアスカロンに当たる前、空中で静止していた。
「なに……?」
怪訝そうに眉を顰める魔王。
俺の目にも一体何が起きているのかわからない。
魔王が高度なパントマイムを一人で披露しているようにしか見えないのだ。
「見えないのかい? まだまだ修行が足りないね」
くい、とアスカロンが指を動かすと、まるで操り人形がそうされているかのようにガクンッと体勢を崩す魔王。
そして――
「少し痛いけれど、我慢してくれよ。友人の知り合いの息子くん」
鋭い蹴りが一発、魔王の腹に入った。
「ゴハッ……!!」
……少し?
あんなの俺が食らったらそれだけで致命傷だぞ……?
その場に魔王が蹲る。
嘘だろう。
圧倒的だ。
まるで子供相手に手を抜きながら戦っているかのように、いとも簡単に魔王をあしらっている。
「――舐めるな」
腹の底に直接響くような怨嗟の声と共に、魔王が立ち上がる。
「オレはこの世界の
「そうかい? 俺の目には駄々をこねている子供のようにしか見えないが。道場の子供たちの方がまだ素直だよ」
魔王が掌に極大の魔弾のようなものを生み出す。
あんなものが放たれれば、ここら一帯は一瞬で吹き飛ぶぞ。
「スノウ!」
「大丈夫、その必要はないよ」
スノウが動く前に。
アスカロンが魔王に右手をかざすと、それだけで魔弾のような何かが撹拌されたかのようにして消え去った。
「な――」
「君程度の魔力の質じゃあ、俺には絶対に勝てないよ」
「――ならば、これならどうだ?」
先程の似非魔弾が一気に空中に、100個以上も展開される。
「魔法に対しての
魔王がドヤ顔でそう言っている間に、100個以上全ての似非魔弾が先程と同じように消え去った。
「ば、馬鹿な……」
「確かに反魔法なら難しいだろうね。だからまた別の力なのさ」
アスカロンの振るった拳が魔王の右頬にクリーンヒットする。
避けたり受けたりするどころか、まるで自分から当たりに行っているような感じだったが……
先程不自然に体勢を崩していたりもしたし、何か特殊なことをしているように見える。
……それが何かまではわからないが。
「こんな事もできるよ」
アスカロンが魔王の腹に触れる。
そして。
「う゛っ……」
いきなり悶絶したかと思うと、まるで酩酊でもしたのかのように後ろにふらふらとよろめいて倒れてしまった。
「これで当分は動けないよ。で、そっちの君は何かな?」
ベリアルの方を見たアスカロンが訊ねる。
「あいつは……バンと同じだ。あの時戦った」
「……なるほど。じゃあこっちは――」
手元に剣を生成(?)したアスカロンが静かに呟く。
「――殺そうか」
アスカロンの纏う空気が一変する。
殺気、と言うのだろうか。
切れるような重圧の中、動き出す。
「あまりにも強すぎますね、英雄アスカロン。接触しようとしていた時点で想定はしていましたが、想像以上だ」
「それはどうも。一応聞いておくけれど、君を殺して発動するギミックなんかはないだろうね」
「そもそも魔王が突破されると思っていなかったので、言うのは遅れていましたが既に盤面は最終局面。そのような真似はいたしませんよ」
ベリアルは――
あの圧倒的なアスカロンを見て尚、笑みを崩さない。
その余裕の態度にさしものアスカロンも、警戒するように動きを止める。
「……何を考えている? 何を企んでいる?」
「私は――本当はこの世界のことなどどうでも良いのですよ」
「……ほう?」
「私の真の目的は――」
「セイランに並び立つこと、だろ」
俺がベリアルの言葉に割り込むと、少しだけ意外そうな表情を浮かべて奴はこちらを見た。
「おや、ご存知でしたか。誰にも言ったことはないのですが――しかし、並び立つと言ってしまうとあまりにも恐れ多い。私はね、あの御方の見ている景色が知りたいのですよ」
陶酔するようにして天を仰ぎ見る。
そこにはいない何かを崇めているような。
「あれだけの絶対的な力を持っているのです。そこから見た景色がどんなものなのか――興味がありませんか? 召喚術師。そして英雄アスカロン」
「ねえよ」
「ないね」
即答する俺たちにベリアルは片眉を上げる。
「そうですか。では、最初の実験台になってもらいましょうか」
「実験台……?」
ベリアルは動けなくなっている魔王へ近づいていく。
「手を……貸せ、ベリアル。オレは……まだ……」
魔王と共闘するつもりか……?
ベリアルの強さは、高く見積もっても魔王より劣る。
アスカロンがいて、スノウも動けるし、俺も動ける今。
奴が加わったところで特に問題はないはずだ。
魔王へ手を差し伸べたベリアルは、しかしその手を取らずに魔王の胸の辺り――心臓の辺りへ手を突っ込んだ。
「――な……」
「少々想定外ですが、魔王を弱らせてくださって感謝しますよ。私の狙いは最初からこれだったのですから」
「ベリアル……貴様……!! オレを誰だと……!!」
「私が今仕えているのはあの御方です。貴方は過去の主に過ぎない。そして今は――」
取り出した心臓を、ベリアルがそのまま林檎にそうするように齧りついた。
「私を更なる先へと昇華させる為の、生贄に過ぎません」
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