第347話:断ち切る

 大量の魔力で全身を包み込む。

 俺の強みはなんと言っても魔力量だ。

 

 この呪いとやらが仮に魔法やそれに近い性質なのだとしたら、魔力量だけで押し切れると判断して少し無理をしてみた。

 結果は――


 

「ガハッ……!?」


 

 エストールが大量に吐血してその場に膝をついた。

 口元を抑えて、驚愕に目を見開いている。


 一体どうしたというのだろうか。



「まさか……呪い返しだと……!?」


 驚きを多分に含んだその言葉の字面から察するに、どうやら呪いを跳ね除けたことによって自分に呪いが返ってきたような状況らしい。

 俺の体がだるくなってしまう程の強力な呪いだ。

 そっくりそのまま返すのか、ある程度は弱体化されるのかは知らないがすぐには動けるようにならないだろう。


 呪いを跳ね除けたはずの俺でさえまだ満足に体を動かせるようにはなっていないのだから。


「……もう諦めろ。大体、ベリアルの奴があんたとの約束を守るとも思えないぞ」

「…………黙れ」


 エストールは地の底から這い出てくるような低い声で俺を威圧すると、手に持っていた剣を横に切り払った。

 するとまるで呪いなどなかったかのようにエストールは立ち上がった。

 

 それだけではない。

 体のだるさも消えている。


 あの剣の効果か……?

 

 離れていた場所にいても攻撃ができて、呪いすらも斬ることができる?

 だが何故俺の体調まで元に戻ったんだ。

 さっぱり分からんぞ。



「今度は貴方が動かない番ですよ」


 ウェンディがそう宣言する。


「何か妙な動きをすれば即座に両腕を落とします。本当はその首を落としたいところですが」

「…………」


 エストールは忌々しげにウェンディを睨むが、既に魔法でロックオンされていることも分かっているのだろう。

 こうなってしまえば俺を人質に取ることも難しい。


「……シトリー、ジョアンの治療を頼む」

「……うん」


 ジョアンの負っていた傷が治癒していく。

 

「スノウ、いつでも拘束できる準備を」

「言われなくてもしてるわ」


 スノウは既に右手をエストールの方へ向けていた。

 何があっても逃さない。

 そう強い意思を感じる。


「……落ち着いて話をしようぜ、ダークエルフ王……エストール」

「……話だと? この期に及んで話し合いでどうにかできる、と言っているのか」

「そうすることに越したことはないだろ。あんたを殺してダークエルフたちに恨まれるようなことはごめんだ」

「……貴様ら人間は真の恨みを知らぬからそのようなことを言えるのだ」

「…………」

妖精女王ティターニアが患っている、魔力が回復しなくなる病。貴様の魔力が奴に入っていると言うことは、当然気付いているのだろう」

「……それがどうした」

「私の呪いで発症させたと言ったら、どうする」


 ――なに?

 シエルの方を見ると、少なからず驚いたような反応をしている。


 ……有り得ないことではないのか。

 いや、このタイミングで言ってくるということは……


「何のためにわしにそんな呪いを……」

「貴様がエルフだからだ。妖精女王。私は同胞以外の全てが憎いのだ」

 

 どうやら本当のことらしい。

 こいつが……

 シエルを……


「召喚術師よ、僅かだか殺気が漏れているぞ」

「……!」


 勝ち誇ったように言うでもなく、淡々と。

 俺の目を、例の冷たい剣呑な目で見ながら言う。


「それが憎しみだ。それが恨みだ。私はそれを、2000年以上も背負い続けてきた」

「……だったら他人を陥れて良いってのかよ」

。同胞以外の生きとし生けるもの全てが私の敵なのだ」


 こいつは。

 こいつはもう、どうしようもない。


 改心の余地なんてものが存在しない。


「……そう在ることでしか己の正気を保てなかったんじゃろ、ダークエルフ王」

「そうだ。貴様には分かるまい。貴様には」


 ベヒモスの件のことか。

 どうやら長生き……旧知ということだけあって、ある程度はシエルの事情も知っているらしい。


「つまりおぬしは諦めていなかったと? それがあの男――ベリアルとの結託というわけじゃな」

「……結託?」

 

 心底馬鹿にするような響きで、エストールは鼻で笑った。


「笑わせるな。あのような怪しい男は協力者ではない。私はただ奴を利用しているだけだ」

「慢心じゃな」

「止めるか? 私は死ななければ止まらぬぞ」


 本気で言っている。

 エストールの言葉には、そう一瞬で察することができるほどの覚悟が滲み出ていた。


 もはや言葉では止まらない。

 ウェンディがこちらを見る。



 ――と。

 傷は治ったものの失った血の回復はできていないジョアンが、よろめきつつも再び立ち上がった。

 


「……エストール、せめて我だけで済ませることはできないか」

「…………なに?」

「お前の恨みや憎しみは全て我が原因だ。ならば、その我を殺せば――」


 ちらりと俺の方を見る。


「――彼らとの間で、譲歩することはできるのではないか。……お前の嫌う世界は、しかしお前を育てた世界でもあるのだぞ」


 ジョアンの、父親の懸命な言葉にエストールは冷たい目で返す。


「浅いことだ、父上」

「……!」

「私を突き動かすのは、貴様一人を殺したところで決して満ち足りることない深い絶望だ。理想の世界へ手が届くと言うのに、薄汚い人間の命一つで譲歩していては母上も浮かばれぬ」

「お前の母はそんなことを――」

「黙れ!!!!」


 エストールが激昂し、体を大きく動かす。

 それと同時に、ドッ、と鈍い音を立ててその右腕が根本から飛んだ。


 ウェンディが忠告通りに動いたのだ。

 片腕で済ませたのはせめてもの慈悲だろうか。


 しかしエストールは自らの片腕がなくなっていることすら頓着せず、吠える。


「貴様が――よりにもよって貴様が!! 母上を語るな!!」

「え、エストール……」

「貴様だけは!! 絶対に――!! 母上が!! 貴様のことを……貴様の……ことを……?」


 徐々に怒りのトーンが下がっていくエストール。

 なんだ……?


「母上は……父上を……何故……私は……? ぐっ……あっ……がっ……あ゛っ……」

「エストール!!」

「触るなぁ!!」


 切断されている右腕のことも省みず、残った左腕で頭を抑えて激しく藻掻き始める。

 ジョアンが駆け寄るが、それを跳ね飛ばしてとうとうその場に蹲ってしまった。


「何故……だ……何故……これは……この記憶は……一体……?」


 ぶつぶつと何事かを呟いている。

 何が起きているんだ……?


 

 そこへ。

 ぶん、という耳障りな音を立てて、黒いモヤモヤとしたワープゲートのようなものがエストールの近くに現れた。


 そしてそこから現れたのは、大方の予想通り黒い喪服のようなスーツを着た、黒い目をした魔人――


 ベリアルだ。


「失礼、調をしにやってまいりました」

「……調整?」


 聞いてもいないのに目的(?)を話したベリアルは、営業マンのような笑みを浮かべながら蹲るエストールの元へ歩み寄る。


 何かが起きる前に攻撃するべきなのか?

 しかし塔の起爆装置は……


「邪魔をすればその瞬間にこの世界は終わることになります。それは貴方がたにとっても――私にとっても本意ではないので、できればやめて頂きたいものです」


 まるでこちらの心を読んだかのようなタイミングで釘を差してくる。

 

「ちっ……」

「エストール!」


 ジョアンがエストールに声をかけるが、恐らくそれは届いていない。

 彼は今、ベリアルを睨みつけていた。


「貴様……私に……何を……!!」

「この剣には――」


 ベリアルは転がっていた青いオーラを纏う剣を手に取る。


を斬る能力があります。例えば、先程まで人物を斬ったり、という過去そのものを斬ったり。色々な応用が効くのですが――」


 ベリアルは剣を逆手に持ち、何の躊躇いもなくエストールの背中を突き刺した。


「がっ……!」

「エストール!!」


 ジョアンの悲痛な叫びが虚しく響く。

 

「――上手く使えば絆をも断ち切ることができるのです。過去の積み重ねで絆というものは生まれますからね」

「がっ……あっ……がぁっ……!!」


 ……エストールの様子がおかしい。

 剣を刺され、明らかに致命傷なはずなのに。

 藻掻き苦しみながら、莫大な魔力が漏れ出ているのだ。


「2000年以上もの間悪感情を熟成させ、も断ち切った今。この<器>は完成したと言えるでしょう」

「器……?」

「その通り、器です」


 悪魔のような笑みを浮かべるベリアルは、手を大きく広げ、高らかに宣言するのだった。


「ここに復活するのです! この世界最大の巨悪――魔王が!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る