第345話:対面
1.
「……何をしにきた」
場所はアンジェさん達が住んでいた隠れ里。
俺を睨んでいるのはその里の長老だ。
長命のダークエルフにしては珍しく、一目で老人とわかる風体。
これでもシエルより圧倒的に年下なのだから本当にこの世界は不思議だ。
明らかに警戒心丸出しで側近の男二人も俺のことを見ているが、とりあえず襲いかかってくる気配はない。
「ジョアン=プラデスの件について話がある」
ぴくりと長老の眉が上がる。
「……貴様一人か?」
「見ての通りだ」
そう、俺は一人でここへ来ている。
結界の破り方は事前にシエルから教わったしな。
まあ、俺は召喚術師だから見かけが一人でも実際はそうではないのだが。
事実、今も里の外の離れたところでウェンディに待機してもらっている。
「あの男がどうした」
「世話になってるだろ、あいつに」
「…………」
「まさか認識してないわけじゃないよな?」
この里に入って気付いたが、人々の暮らしが若干だが変わっている。
外部のものがジョアン経由で入ってきているからか、活気づいているように見えるのだ。
「……あの男が我々に対して過去に犯した過ちを清算しているだけだ。それに対して恩を感じる理由は無い。それに、あの男が本物とは限らぬ」
まあ、そういう認識になるよな。
しかしなんとなくだが、心の底からそう思ってはいないように見える。
「昔話をしてやるよ。あんたが産まれるよりもずっと前の話だ、長老」
「…………?」
俺は話す。
どうせジョアンのことだ。
ダークエルフたちに例の話はしていないだろう。
俺たちとしても裏の取れた話ではない。
だが――俺は信じる。
そう決めた。
話を聞き終えた長老はじっと考え込むようにしていた。
「……それを儂が信じるとでも?」
「ジョアンの今までの行動を見て、それでも疑うか? あんた達がこうして隠れ住むことになったことに対して、あいつはずっと後悔してる。あんた達を守る為にした行動であっても、結果的に裏切ったことを負い目に感じてるんだ」
「だから許せと言うのか。儂が産まれる前から続いた遺恨を」
「許せとは言わない」
そう簡単に行く話じゃないのは重々承知だ。
だが――
「少しでも思うところがあるなら、力を貸してくれ。頼む」
「……仮にジョアン=プラデスのことが本当だとして。貴様個人の頼みを聞く義理は無い。その理由もわかっているだろう」
アンジェさんたちのことだ。
あの時は俺やスノウも感情的になって結構暴れてるからな。
もちろん、彼女たちのことは今でも納得行っていない。
だが、それは俺が頭を下げることの妨げにはならない。
「それとこれとは別件だ。あんたらにとっても――俺にとっても」
どうせ正攻法で行けるとは思っていない。
ピリついた空気が一瞬流れる。
だが、彼らもわかっているはずだ。
スノウやシエルがいなくとも、俺一人にすらまず敵わないということを。
だからこそここでドンパチには発展しない。
最終的には――
「……分かった。貴様の頼み、儂が引き受けよう。その代わり、二度とこの里には足を踏み入れてくれるな」
あちらが折れたのだった。
2.
「入れ」
長老に頼んだのは口利きだ。
ジョアンを含む俺たちが、ダークエルフ王のいる集落へ入れるように。
流石に同族からの推薦もあれば無下にされることもないだろう、と思っていたが上手くいったようだ。
俺、シトリー、ジョアンの三人がダークエルフ王がいるというやや豪奢な造りになっている木造の奥へと長い建物へ案内される。
シエルがいないのは、ジョアン=プラデスと同じ人間はともかくとしてエルフは絶対に駄目だというお達しがあったからである。
まあ戦力的にはシトリーだけでも十分だし、シエルも一応転移召喚の対象ではある。
何かあれば何とかできるだろう。
建物の中は簡素な造りになっており、長い廊下の脇に幾つかの部屋があって、最奥に王がいる様子だ。
襖のようなものを面白双子門番がそれぞれ左右に開くと、和室……とは少し異なるが(床が畳ではなく、普通の木張りだ)それと似たような雰囲気を持つ部屋に出る。
そしてその部屋の中央からやや奥に、あぐらをかいて座っている少し怖さを感じる程のイケメンがいた。
それを見たジョアンがぴたりと動きを止める。
「エストール……?」
ダークエルフ王の顔を見ながら、何事かを呟いた。
「……ジョアン?」
目を大きく見開き、わなわなと震えている尋常でない様子に声をかけるが、俺の言葉は届いていないようで――
「エストール……エストールなのか!?」
人の名前……なのか?
それも、ダークエルフ王の名前……?
そしてエストールと呼ばれたあちらは、ジョアンの顔を見て座ったまま、口を開いた。
「お久しぶりです、父上」
「ち……父上ぇ!?」
思わず叫んでしまう。
そしてジョアンと、エストール(?)を交互に見てみると、なるほど言われてみれば面影がある。
金髪はそっくりだし、目鼻立ちも血縁関係があると言われてなんの違和感もない。
目つきが剣呑なせいで気づかなかったぞ。
「い、生きていたのか……生きて……いたのか……」
ジョアンがその場に膝をついて涙を流し始める。
そういえば、ジョアンの妻は戦争で亡くなったと聞いていたが――
息子についてはどうなったのかを聞いていなかった。
そうか、生きていたのか。
今思えば、シエルと同等クラスに長生きだと聞いた時点でピンと来ていても良かったかもしれないな。
つまるところ、魔王やダークエルフ――そしてエルフたちとの確執の全盛期にジョアンは生きていた訳で、その時には既にシエルも生まれていたのだから。
まあシエルでさえ気付けなかったのだから俺が気付けなくても仕方ない。
そう思おう。
(……親子の感動の対面ってやつだし、退散するか?)
シトリーにそう念話を流すと、
(ううん、悠真ちゃん。気を抜かないで)
と、予想していた斜め上の返答が返ってきた。
シトリーのことだ、俺以上に気を使ってすぐにでもこの場から離れたっておかしくはないくらいなはずなのに。
シトリーの方を見ると、難しい顔をしてダークエルフ王……エストールの方を見ている。
当のエストールはと言えば……
「お会いしたかったです、父上」
立ち上がって微笑みながら、ジョアンに近づいていく。
傍から見ればやはり感動の再会だ。
そのはずなのに――
ぞっとする程、エストールのその目は笑っていなかった。
俺は思わずジョアンの前に立つ。
「なんだ? 人間」
「いや……」
気の所為……ではない。
俺を見る目の方が、まだマシだと言うくらい――
ジョアンを見る目が冷たい。
「お前……何するつもりだ」
「…………」
「……悠真殿?」
ジョアンの困惑したような声。
そして、エストールの刺すような目。
どうにも嫌な予感しかしない。
「
ただ一言、エストールは言った。
「……
「ならば――」
エストールの手元に、剣が出現する。
青いオーラを纏っているが――
これ、食らったらやばいぞ。
本能がそう言っている。
「――貴様から殺すだけだ」
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