第341話:タイムリミット
1.
想定外だったことが三つある。
一つはシトリーの攻撃で魔力を吸い取ってくる根っこの本体まで倒してしまったようだということ。
そしてもう一つは、その根っこの本体が真意層20層目の
更に最後の一つは、20層がこのダンジョンの最奥だったということ。
根っこを倒した後にしばらくダンジョン内を探索していると、下へ向かう階段ではなく、上へ向かう階段を発見したのだから間違いない。
「どうする? このまま上へ向かうの?」
一応方針を決めるのは俺だ。
スノウに訊ねられ、少し考える。
世界は広い。
親父を見つけた時は偶然、ルルを先に見つけていたのでスムーズに事が進んだ。
しかし今回は違う。
そもそもこの先が求めている世界だとも限らないのだ。
キュムロスの言っていたことから考えれば、ほぼ確実だとは思うのだが……
「……うん?」
ふと、気が付く。
階段横に、膝丈程の何かがある。
近寄って見てみると、なにやら石碑のように見える。
四角形の岩盤に文字のようなものが書いてあるが……
読めないな。
「『友へ 君の誕生を待つ 妖精の王』」
後ろから石碑を覗き込んだシエルが何事かを口に出す。
「……って書いてあるのか?」
「うむ。どうやらエルフの言語に限っては世界を隔てても同じようじゃな」
「エルフの言語……ってことは!」
「この石碑を残したのはほぼ確実にあの男――アスカロンじゃろうな」
それが分かれば上へ登らない理由がない。
彼がいるだけでこれからの戦いがぐっと楽になる。
そうと決まれば――
「――おっと、それはルール違反ですよ」
真っ黒な喪服のようなスーツに黒い髪。
目は不気味に全て真っ黒に染まっている。
その男は、澄ました表情で慇懃無礼に腰を曲げた。
「どうも皆様、ご無沙汰しております」
「ベリアル……!」
未菜さんとローラが無言で刀と銃を構える。
だが、こいつとは戦えない。
塔が自爆してしまうからだ。
手で二人を制しつつ、俺は慎重に訊ねる。
「……何しに現れやがった」
「言ったでしょう、ルール違反だと。それに一つ、警告も兼ねているのですよ」
「ルール違反? それに警告だと?」
「<妖精王アスカロン>。唯一にして無二の、世界の滅びから逃れた大英雄。どういう訳か、あなた方は彼の力を借りようとしている」
「…………」
どういう訳か?
全てを把握している訳ではないのか。
俺とアスカロンの関係を知らないのか……?
となると、過去に何があったのかも知らないということだろうか。
「それがどうした」
「彼が加わることを想定しないバランスなのですよ、このゲームは。あなた方だけで挑戦してもらうことに意味があるのです」
「知ったことかよ」
「では最後の塔を爆破してしまいましょうか」
「……くっ」
最後の塔はダークエルフの領土にあるそうだ。
アスカロンを探しておきたいのにはもう一つ理由がある。
あいつなら、あいつ自身の世界のダークエルフと仲が良かったりしないかなという希望的観測。
そうなれば別世界のダークエルフに、こちらの世界のダークエルフの説得を手伝ってもらうことができるからだ。
現状では交渉が難しい。
既にシエルが何度か接触を図っているそうだが、全てにべもなく断られているそうだ。
「そして警告の方です。放っておくとあなた方は妖精王を探しに行ってしまいそうなので、最後の塔に限っては少し趣向を変えることにしました」
「なに……?」
「3日後。3日後までに塔を破壊できなければ、この世界は滅びます」
「…………!」
「どう破壊するかは自由ですよ。ダークエルフたちを説得しないで破壊しても良いですし、説得してから破壊しても良い。ある程度の調整は加えさせていただきますがね」
3日後だと?
まだ何も説得できていない段階で3日後。
そうなれば、もはや選択肢は一つしかない。
だがそれをわかっていないベリアルではないだろう。
その為の調整――
何をするつもりだ……?
「では、警告も済みましたので私はこれにて」
言うだけ言って、俺たちの返事を待つこともなく。
ベリアルはすぅっと姿を消すのだった。
2.
「わしだけさらなる異世界――アスカロンの世界へ行って、あやつを捜索するという手もあるにはあるぞ」
結局引き返すしかなく、家へ戻ってきて。
知佳や綾乃も交えての作戦会議を始める。
そして開口一番、シエルがそんなことを言い出した。
しかし知佳が即座に否定する。
「駄目。リスクが大きすぎる」
「……じゃな」
シエルもわかってはいたのだろう。
すぐに引き下がる。
俺が戦えなくなった時に唯一戦える最高戦力がいなくなるということや、アスカロンの世界に未知の危険がある可能性、そしてそれを知ったベリアルが何をしでかすか分からないということ。
あらゆるリスクを無視してでもシエルを一人行かせる理由は、確かにない。
「まず、ジョアンに連絡を取るべきだと思う。ダークエルフとは……良くも悪くも縁のある人間だし」
「賛成ね。どうせ駄目で元々、マイナスとマイナスでプラスになるかもしれないし」
スノウがよくわからない理論で賛成を唱える。
知佳も頷く。
「いいと思う。リスク無しに試せることはなんでも試すべき」
「最悪、無理やり破壊するのしかないだろう? となれば、私はいつでも動けるようにしておく必要があるだろうな」
未菜さんは言う。
己のスキル――<気配遮断>について言っているのだろう。
あのスキルは密着している他人にも効果を適用させることができる。
ダークエルフたちの監視の目をかいくぐって破壊するとなれば、確かに未菜さんの力を借りる他なさそうだ。
或いは――
「それが無理そうなら、強行突破でしょうね」
ウェンディが冷静に呟いた。
そう、最悪の場合は強行突破だ。
世界が滅びるより――何人かに怪我してもらう方が被害はずっと小さい。
こればっかりは仕方のないことだ。
戦いとなれば、流石にダークエルフたちに俺たちが負けるということもないだろう。
しかしシトリーは難しい顔で、
「そうなると気になるのがある程度の調整ってやつよね」
「それだ。強行突破せざるを得なくなった時だと思うんだよ、ベリアルが介入してくるとしたら」
「そうなったらもうベリアルごとぶっ飛ばすしかないニャ。殺さない程度に気絶させるニャ」
「そんな器用なことできるかなあ……」
ルルは簡単に言うが……
いや、やるしかないのか、そうなった場合。
ベストはジョアンやシエルの説得に応じてくれる場合。
アンジェさんたちの力を借りるのもありだろう。
彼女たちも追い出されかけていたとは言えダークエルフ。
俺たちが行くよりは勝算があるかもしれない。
綾乃が小さく手をあげる。
「……ということは、次あの世界へ行って、ダークエルフの人たちと接触する時は最終決戦ということですか?」
「そうなるかもしれないな」
というか、その可能性はかなり高いだろう。
「なら、先に決めて……実行しておくべきだと思うんです。新しく手に入れたスキルブックを誰が使うか。それと、四天王の人たちの魔石を誰が使うか」
「あっそっか……魔石はともかく、スキルブックもあるんだよな」
字面から判断すると知佳の影法師と被っていてもおかしくはないが、果たして……
「この面子の中で、非スキル
スノウたちは俺との契約状態にあるのでスキルをそもそも取得できない(らしい)。
シエルやレイさんも、可能性はゼロではないが読むと燃えるという特性上、スキルブックを失ってスキルも得られないという最悪の結果に終わる可能性がある。
つまり。
俺たちの視線がルルに集まる。
あまり話を聞いていなかった様子のルルは、尻尾をはてなの形にしながら首を傾げるのだった。
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