第339話:引き分け
「ふへへ……」
自室にて。
見逃し配信としてチャンネルにアップロードされた一昨日の映像についたコメントを見て、思わずにやけてしまう。
動画のどの部分が最も再生されているか、というのを見ることができるのだが、最後の方にある俺が奈良ダンジョンのボスを討伐するシーンがやはりかなり再生されているようでそこに寄せられたいわゆる『見直した』系のコメントだ。
いや別に、俺自身は侮られることにさして抵抗はなかったのだ。
多少は思うところがあったとは言え、映像的な華で言えば未菜さんやローラ、志穂里に適うはずもないのは客観的な事実だしな。
ましてや魔法も使わない、剣も使わないで素手で戦っている奴なんて見ていても面白くもなんともない。
だが、やはりその分最後に与えたインパクトが大きかったようだ。
コメントの中には「未菜さんや柳枝さんが過剰に持ち上げているだけで実は大したことないスケープゴートだと思っていた」なんてものもあったりして、俺に対する世間の評価が実際のところどんなものだったのかが伺える。
ちなみにリアルタイムでは「悠真働け」というハッシュタグがトレンド入りしていた(らしい)。
まあそういう観点で見ている人がいる時点で、俺の世界一位という肩書きも無駄ではないというわけだ。
しかし、あれだな。
シンプルに色んな人に褒められるのは嬉しいな。
「ふ、ふふ……ふへ……」
「なに気持ち悪い笑い方してるの」
「おわっ!?」
背後から声をかけられてリアルに飛び上がってしまう。
静かで落ち着いた感じのトーン。
確認しないでもわかる。
知佳だ。
「お、おおお前、魔力を消してまでこっそり入ってくるなよな……」
「私程度の抜き足で気づかない方もどうかと思う」
流石に椅子に座っていると俺より視点が高い位置にある知佳が、ジト目でこちらを見下げている。
「で、なんだよ」
「ガントレットがもう売り切れたっていう報告」
「……マジ? いくらなんでも売れすぎじゃないか?」
「これからもっと注文数は増える。その動画、海外向けに翻訳もされてるし」
炎弾、空掌、治癒魔法のガントレットはそれぞれ1200万円、1200万円、1400万円で売り出されることになった。
現在在庫として用意してあるのは各ガントレットを1000個ずつ。
それが全て売り切れたということは、売上高は……
120億+120億+140億で380億円。
……間違いなく途方もない大金なのだが、俺の金銭感覚が狂っているせいで「あれ、こんなもんか?」と一瞬思ってしまった。
でもまあ、そんなものなのだろう。
購入資格のある者は在住している国の正式な探索者ライセンスを持っている者のみ、ということになっている。
日本人なら下手すりゃちょっと前まで購入できなかったというわけだ。
しかしそれくらい厳しくしなければ悪用するやつなんかも出てくる……というかこれだけ厳しくしても間違いなく悪用する奴が出てくるだろうからな。
当然悪用は厳禁。
とは言え、そこらへんのチンピラがほいっと手に入れられる額ではないし、反社会的な勢力なんかはそもそもライセンスを取ることができないわけで入手は不可能。
仮に入手できたとしても、それはそいつらに渡ってしまうようなライセンスを発行した国側にも責任があるわけで……という話らしい。
ちなみにこれに関しては事前に話が通してある。
今現在、ダンジョン界隈に関しては日本の発言力がかなり大きくなっているからな。
日本というよりは、ダンジョン管理局……そして西山首相の発言力、というべきかもしれないが。
俺がぽろっと何か言ってそれで世界が動く、とかいうわけではない。
とは言え全く関係ないということもなく、1位2位3位まで全員が日本にいる上(
これからもその発言力……引いては立場が揺るぐことはないだろう。
少なくとも全てに決着がついて、俺が日本から移住せざるを得なくなる時までは。
「フルーツポーションは?」
「もう50万個くらい発注が入ってる」
「マジかよ……」
流石探索者、目を付けるのが早いな。
そしてこちらは比較的安価で売り出している。
まあ比較的というだけで、上位の探索者以外には手が出づらいお値段にはなっているのだが。
1個あたり25万円。
深い層で魔石を取れる探索者からすれば、1日あたり最大でも100万円で普段の倍活動できるようになるのだ。
しかも今までには存在しなかった魔法を使った上での話である。
どう考えてもリターンの方が大きい。
フルーツポーションに関しては悪用なんかも考えづらいし、物珍しさで発注するような一般の人があまり出ないような価格で、ということでの25万円である。
それでも現状で50万個……つまり1250億か。
あれ? ガントレットより儲かってるじゃん。
しかもこっちの方が作るの簡単なのに。
「天鳥さんが拗ねるぞこりゃ」
「大丈夫、先輩はそういうの全く気にしないから。でも特別ボーナスは期待してるって」
「特別ボーナス? 別に構わないけど……」
ちなみに普段の賃金は、詳しくは言えないが少なくとも今まで支払った分で残りの人生を豪遊して過ごせるくらいにはあるはずだ。
「お金じゃなくて、悠真を一日レンタルしたいって」
「……あの人は色んな意味で相変わらずだな」
「暇な日にでも行ってあげて」
そして知佳もある意味相変わらずだ。
天鳥さんにはちょっと甘いんだよな。
そもそもの話、先輩と呼んで慕っている時点でちょっと特殊な関係性なのだが。
「にしても、エリクシードと同じ増やし方ができるとは言え50万個も生産するのはそう楽じゃないだろ? どうするんだ?」
「それに関してはそれ専用の装置を先輩とミナホが開発してる。悠真の魔力が必須になるけど」
「ふーん……」
俺が装置の真ん中に入って魔力を垂れ流すと均等に幾つかの苗に魔力が行き渡って……みたいな感じになるのかな。
そういえばつい最近、綾乃が広めの土地を探してたな。
多分それ関連だろう。
「あと」
知佳が思い出したかのように付け足す。
「まだ何かあるのか?」
「知らない人にほいほい着いていったりしないように」
「……何言ってんだお前。シトリーじゃあるまいし。いや、シトリーにもそんなこと言われたことないけど」
フゥと同レベルだと思われているのだろうか。
「有名人……だったのは元々だけど、今回の生放送で人気者にもなったから。サインとかねだられたりしても応じちゃ駄目」
「……駄目なのか?」
実は密かにサインの練習しようかなと思ってたんだけど。
「外出する時は基本認識阻害の魔法をかけること。極力身分も明かさないこと」
「そこまで過保護にしなくても……俺に危険が及ぶようなことなんてそうそうないぞ? 今ならスナイパーに撃たれても多分死なないし」
多分ね。
当たったら超痛いだろうけど。
「念には念。悠真、お人好しだから」
「ふーん……?」
いやまあ、別に認識阻害の魔法をかけることに関しては何の抵抗もないし、身分を明かすような場面も職質を受けるか酒タバコを買うかくらいの時だし、困ることは特に無いのだが。
そもそも、元々認識阻害の魔法はほぼ常にかけているようなものなのにこのタイミングで敢えて釘を差してくるような合理的な理由はあるのだろうか。
知佳のことだ、全く意味がないなんてことはないだろう。
――と。
コンコン、と扉がノックされた。
魔力の感じからその音の主が誰なのかはすぐにわかる。
「レイさん、どうした?」
「新しく仕入れた茶葉でお茶を淹れましたので、是非にと」
扉の向こうから返事があったので、開くとお茶請けらしきクッキーっぽいお菓子と紅茶(?)をお盆に乗せたレイさんがそこにいた。
ちゃんとお茶が3つある辺り、知佳がいることには当然気づいていたようだ。
こういう時、以前までレイさんは自分の分は用意しなかったのだが最近は意識が変わってきているな。
良い方向への変化なのか、そうでないかのかはわからないが少なくとも俺にとっては好ましい変化である。
俺の部屋には複数人集まることが多いので、複数人が座れるテーブルと椅子がちゃんと部屋の中にある。
そこに座ってクッキーらしきお菓子と、紅茶らしき茶を啜る。
「ん、美味い。ハーブティー……か?」
「はい。ラントバウ産のものです」
「はへー……」
ごく自然に異世界産のお茶を地球で飲んでいると考えると、なかなか感慨深いものがあるな。
「うん、美味しい」
知佳もどうやら気に入ったようだ。
「で、知佳」
「なに?」
「考えても埒が明かないから聞くけど、なんでそこまで過保護にするんだ? なにか不安要素でもあるのか? 例えば……セイランとかベリアルとか、そっち方面で」
「ん……」
知佳は一瞬眉を顰めると、首をふるふると横に振った。
「そういうわけじゃない」
「じゃあなんでだよ」
「……ご主人様、知佳様。何の話なのでしょうか?」
レイさんが不思議そうにしているので、カクカクシカジカと経緯を説明する。
するとレイさんはきょとんとした顔で、
「知佳様はご主人様に悪い虫が付かないように配慮してくださっているのでしょう?」
「……悪い虫?」
「はい。ご主人様は聡明で気高く、お強い上にとても格好良いです。つまり知佳様は色んな女性に言い寄られる前に自衛しろ、と言いたいのですよ」
どう高く見積もっても聡明で気高い俺は俺の知らない俺のようだが……
「ふーんなるほど、そういうことね」
「…………」
俺がニヤニヤとしながら知佳を見ると、むっとした様子の知佳がこちらを睨んだ。
とは言ってもいつもの眠たそうな目なので別に凄みはないのだが。
あと、知佳がこういう顔をする時は強がっている時だ。
つまりレイさんの読みがドンピシャであるということ。
「そう。悠真がミーハーな女に取られるのが嫌だからそう言った」
「ぶっ」
思わずむせてしまった。
いつも通りの表情で平然とそんなことを言い放ったのだから、俺のこんな反応も仕方ないと思う。
「そそ、そうか……」
「うん、そう」
しかしよく見れば知佳の頬がちょっと赤くなっている。
平然を装っているだけだ。
つまり今反撃すればワンチャン知佳に勝てるかもしれない。
だが……
正直普通に嬉しくて俺もニヤけそうだ。
うーむ……
「……甘いですね」
クッキーを齧ったレイさんがぽつりと呟くのだった。
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