第336話:阿吽
1.
2層からのモンスターは一般人には太刀打ちできないが手慣れた探索者なら相手できる、というくらいの強さになる。
強めの一般人……というか格闘家だったり軍人だったりならばなんとかなるかもしれないが。
どのみち基本的に立ち入りは推奨されていない。
とは言え。
俺や未菜さん、ローラにとってはもちろん、志穂里にとっても軽い肩慣らしにもならないくらいの相手であることには違いない。
というわけで特に見せ場なく(俺的には)2層を難なく突破。
そして3層。
「どのダンジョンにも出てくるモンスターとして『ゴブリン』、『オーク』、『オーガ』、『スライム』などがいるわけだが……ある程度以上の難易度を持つダンジョンには<固有モンスター>と呼ばれる、そのダンジョンあるいはよく似たダンジョンでしか見られないモンスターがいる。そしてこの奈良ダンジョンにも固有モンスターがいるんだ」
未菜さんがローラに教える、という体で視聴者たちにわかりやすい解説が入る。
「このタイミングで言うってことは、3層から出てくるのかな?」
「ああ。樫村さん、気を抜かないようにな」
「はいっす!」
志穂里が元気よく返事をして、3層の攻略が始まった。
奈良ダンジョンの3層目に出てくるのは、鹿の化け物だ。
見た目はちょっと大きめで目つきの悪い鹿なのだが、その角は凶悪に人を突き刺す形をしている上に電撃を纏っている。
つまり相手の攻撃への対抗手段が絶縁性のある何かで防御する以外は、躱すしかないわけだ。
あるいは――
「セイッ――ヤァッ!!」
志穂里の身に着けたガントレットから出た<空掌>が化け物鹿の角をへし折る。
そこからは流れるような連撃で、トドメに<炎弾>の炸裂で魔石が出てきた。
おぉぉ……と、テレビ用に多少誇張されてはいるとは言え本心が多分に含まれているであろうどよめきがクルーたちの間であがる。
志穂里はこれまで、素手でしか戦えずに自分の戦闘スタイルの拡張性について悩んでいた。
それでもゆっくりやっていればいずれは大成していたとは思うが、魔法という選択肢が生まれたことにより更に大きな器へと進化を遂げることができたのだ。
まあ、その横では未菜さんやローラがそもそも角に触れずに首を正確に切断したりヘッドショットを決めたりしているのだが。
俺?
俺は普通に電撃を我慢しながら倒してるよ。
これくらいの電流で痛がっていたらシトリーが悲しむしな。
とは言ってもそもそも鹿とはあまり戦っていないのだが。
基本的には1層や2層で出なかった鹿モンスターを映したいだろうし、俺は他に寄ってくるオークだのオーガだのを蹴散らしている。
ムサい男が映るより絵面が華やかな女性陣が映っていた方が視聴者も喜ぶだろうしな。
別に拗ねてないもん。
そして3層ももちろんすいすい進んで行き、4層。
放送時間は今のところまでで大体3時間ほど。
枠は8時間取ってあるとのことだったので、このペースだともしかしたら未踏の7層まで行けるかもしれないな。
まあ6層まではほぼマッピングしてあるし、戦力から考えれば当然と言えば当然か。
で、4層からは――
「す、すごいっす……! 小学生の時に修学旅行で行った奈良にすごく似てるっすね!」
「ダンジョンの中には途中から雰囲気をガラリと変えるものもある。新宿ダンジョンのように、最初からダンジョン周辺の特徴を持っているものももちろんあるがね」
志穂里の言葉に例のごとく未菜さんが注釈を加える。
で、この手のダンジョンの特色としては……
「変わるのは雰囲気だけじゃなく、モンスターも強くなるんだ。志穂里とテレビの人たちはボクたちからあまり離れないようにね」
「は、はいっす……!」
イケメン二人の説明にルーキー探索者が頷く図。
俺は画面の隅っこの方でうんうん頷いているだけ。
だって仕方ないだろう。
魔法が使えないのだったら俺は地味な戦いしかできないのだから……
いや別に目立ちたいわけじゃないんだよ?
でもなんか……なんというか……ね?
一際凶悪になったモンスターたちを、特に苦戦することもなく志穂里は倒して行く。
そもそも以前見た時よりも動きにキレがあるように見えるな。
弛まぬ努力を続けてきたのだろう。
もしかしたらもうガントレット無しで魔法も使えるくらいになっているかもしれないぞ。
もちろん俺はその間も周りのお掃除。
たまにカメラで映されることがあるので、その時はちょっと張り切って倒すくらい。
そして4層、5層と連続で特筆すべき点なく難なく突破。
最高到達地点である6層になったタイミングで、一旦ちょっと30分程度という長めの休憩が取られることになった。
その間の番組はニュースか何かが流れているはずだ。
安息地で一息ついている中、未菜さんが寄ってきた。
ローラはどうやら銃の手入れをしているようだ。
「この調子だと7層以降にも進めそうだね。君はあまり活躍できていないようだが」
「俺はおまけみたいなもんですからね、み……伊敷さん」
「その呼ばれ方も久しぶりだな、皆城くん。しかし君クラスの人間を連れてきておいておまけ扱いとは……」
「言っても企画は知佳ですよ」
「知佳ちゃんが? ふぅん……なるほど、複雑な乙女心というやつだな」
「……乙女心?」
「ふっ、君はそれくらい鈍感な方がいいな。やっぱり」
今の俺のどこに鈍感ポイントがあったのだろうか。
というより、いつの間にか知佳ちゃん呼びなんだな。
仲良くなったものだ。
俺の知らないところで知佳を中心にコミュニティが形成されている。
包囲網と言っても良いかもしれないが。
すると志穂里がこちらへ近づいてきた。
「あのー、皆城先輩。<フルーツポーション>はカメラの前で食べればいいんすよね?」
「ああいや、それはどのタイミングで食ってもいいぞ。魔力が足りないと思ったら特にカメラなんかも意識しないでいい」
「……良いのかい? この生放送はフルーツポーションのプロモーションも兼ねているのだろう?」
未菜さんが不思議そうにしているが、これは知佳から確認していることなので間違いない。
「どっちかと言えばガントレットがメインです。それに、フルーツポーションに関しては画的な派手さはないですからね。理解できるのは上位の探索者くらいですよ。それならまだ初心者の探索者でも頑張れば手を出せる、手っ取り早く強くなれるガントレットをプッシュした方がいい」
「ふむ、確かに」
「よく考えられてるっすねえ……」
「いやまあ、考えたのは俺じゃないけどな」
その上、初心者もガントレットを使っていれば魔力の問題には気付く。
そうなれば結局自然とフルーツポーションへと行き着くわけだ。
ちなみに今回のダンジョンアタックは生放送やプロモーションを兼ねているのもそうだが、他の目的もある。
それは未菜さんやローラがどこまで戦えるかというのを、スノウたちがチェックすること。
キュムロスダンジョンには魔力を吸収する何かがある。
シエルはともかく、スノウたちは俺の魔力が吸収されてしまえば戦えなくなってしまうのだ。
一応はフルーツポーションがあるとは言え、一日4つまでが限度。
それでも間に合わなかった場合のサブ戦力としてあのダンジョンへ連れていけるか、ということだな。
もちろん直に見ても良かったは良かったのだが、タイミングと都合が良かったので幾つかの目的を同時に果たすことにしたのだ。
(悠真くん)
(……どうしました?)
目の前にいるのに何故か念話で話しかけてきた未菜さんへ返事する。
(今日は私もローラも頑張る理由があるわけだが)
キュムロスダンジョンの件か。
もちろん彼女たちには事前に伝えてある。
(もし達成できたら何かご褒美がほしいものだね)
(……何か良いものを考えておきますよ)
(ふふ、楽しみにしておこう)
2.
休憩が終わり6層のアタックが始まる。
「奈良ダンジョンの6層攻略が難航している理由だが、この層から出てくるモンスターがかなり強いんだ。ここらからは一級探索者のパーティでも油断すれば大怪我で済まなくなる。とは言え、出現率はそう高くはないがね」
「う……」
未菜さんの解説に志穂里が息を呑む。
ガントレット込みでも一級上位には届かない程度、というのがここまでの志穂里を見てきた感想だ。
勘違いしないでほしいのは俺のようなラッキーで突然変異みたいな奴は除くとしてたったの2年でここまで来れているというのはかなりのものなのだということ。
一級上位相当である柳枝さんや親父は10年戦闘経験を積んでいるのだから、今の志穂里がそれより弱くても仕方のないことである。
しかしあと数年もあれば彼らに並び立てる程になるだろう。
そして上位には一歩届かない志穂里ではこの層は結構厳しい。
とは言え。
未菜さんやローラは一級上位なんてレベルじゃない実力だし魔法を使わないようにしているとは言え俺もいる。
どうとでもなるだろう。
問題はガントレットのプロモーションがちょっと難しくなるくらいだが、あまり無双ばかりして勘違いした輩が無理に突撃して死ぬようなことはなくしたいしどうしても超えられない壁がある、ということを理解してもらうためにもちょうど良い。
で――
「出たな」
未菜さんが静かに呟いて刀を抜く。
奈良ダンジョン、6層以降の固有モンスター。
人型で、基本的に2体がセットになって出てくる。
断言して良いのかはわからないが、見た目は阿吽の仁王像に酷似している。
肌色は赤と青。
しかも厄介なことに、こいつらは同時に倒さないと片方を倒した時にもう片方がブチギレてそれまでの1.5倍くらいのパワーで暴れまわるのだ。
実際にその様子を見たことはないが。
「とりあえず私が戦ってみようか」
そう言って未菜さんが一歩前に進み出る。
その声はちょっとわくわくしているように聞こえる。
あ、この人片方ずつ倒すつもりだな。
そう思った時には、神速の居合で阿吽で言う阿の方が一刀両断され、魔石と化した。
直後。
吽の方が激昂したように体中から蒸気を出して未菜さんに向かって突進する。
志穂里よりも鋭い抜き手が繰り出されるが、それをパシッと掴んで引き込むようにして回転し、後方へ投げ飛ばした。
それだけでは飽き足らず――
「ハッ!!」
鋭い踏み込みと共に、一閃。
飛ぶ斬撃で、吽も一刀両断され、魔石となるのだった。
「すごい……!!」
志穂里がぽかんと口を開け、俺とローラがパチパチと拍手する。
クルーたちはもはやガヤを出すことさえ忘れて、志穂里と同じくぽかーんとしている。
今ので全力の3割程度と言ったところだろうか。
それでも余裕があったくらいだし、この層も難なく突破できそうだな。
しかし結論から言って、この層を突破することはなかった。
なにせ俺たちはこの数十分後、ボスに遭遇するのだから。
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