第335話:フルーツポーション

1.



「じ、自分なんかがこ、こんなところにいていいんでしょうか……?」

「大丈夫大丈夫。そんなに気負わなくていいから」


 ガチガチに緊張した志穂里しほりの肩をぽんと叩く。

 彼女は最近テレビでプッシュされている探索者、樫村 志穂里。

 茶髪ショートでちょっと日焼けしている肌、全体的に平たい……じゃなくてスレンダーな体型をしている。


 実力は一級下位程度はあるだろうか、と言った具合だ。

 そんな彼女がガチガチに緊張している理由だが、同じ一級ではあってもその実力は人類最高峰と言える未菜さんとローラがここにいるからだろう。


 二人とも有名人だしな。

 というか、見方によってはこのパーティ、探索者兼タレントの四人組みたいなものなんだよな。 


 一級以上が三人、特級(俺だけだけど)が一人のパーティでどこへ行くのかと言えば、当然ダンジョンだ。

 しかしもはやバーで「いつもの」と言っても通じそうな程利用している新宿ダンジョンではない。


 奈良県にある、通称『奈良ダンジョン』。

 いやまあそのまんまなんだが、それ以外に言いようがないんだよな。

 

 現在6層まで攻略されている奈良ダンジョンは3層以降から固有のモンスターが出始める。

 それがまさに奈良、と言った具合で特徴的なのだ。


 

「そうそう、別に緊張する必要なんて無いさ。今日は共に頑張ろう」

「は、はいっす……!」


 未菜さんが女性なのに男の俺よりイケメンスマイルで手を差し出すと、志穂里もちょっと頬を染めてそれを握っている。

 うーむ、謎の敗北感。


 そして、今日はそれだけではない。



「――テレビクルーの皆さんもそう緊張はしなくて良い。必ず守るから」


 おぉ……というどよめきが辺りに広がる。

 そう、今日はテレビクルー……つまりテレビカメラも一緒にダンジョンへ潜るのだ。


 しかも生放送。

 ダンジョンの中から外へデータを転送する技術は確立されているものの、その為の機械や設備はかなり値が張る。

 それに電話する為の音声データくらいならまだしも、動画データの転送をしようと思うとかなり大掛かりな機械を持っていかなければならないのだ。


 それを守るのは当然至難の業だし、潜れば潜るほど難易度が上がって行く。

 というわけで、ダンジョン攻略の様子を生放送する、というのは恐らくテレビ史上……いや、人類史上初の試みなのだ。


 まあダンジョン内外での通信が難しい、とかの事情は一部のオタクにしか知られていないのでそちらではあまり盛り上がっておらず、単に面子……


 俺に未菜さん、ローラと志穂里というWSRの1位から3位に加えて期待の大型新人の四人だという点で注目されている。


 放送開始5分ほど前。

 慌ただしくクルーたちが動いている中、念話が届く。

 知佳からだ。



(生放送だから、間違ってもセクハラとかしないで)

(分かってるって。俺をなんだと思ってるんだ)

(聞きたい?)

(やっぱいいです)


 念話はダンジョン内外でも通じる。

 流石に異世界へ行ってしまうとその限りではないが、基本的には地下でもダンジョン内でも通じるのでかなり便利だ。

 まあ使える状態になっているかどうか、というのが問題ではあるのだが……


 キス程度でも数分間は使えるし、緩いっちゃ緩いか。


 ちなみに現在知佳と念話が繋がる状態にしてあるのは俺がうっかり失言とかしちゃわないように、という配慮である。

 未菜さんとローラとも繋がるようになっているので、知佳からの指令を二人へ伝えることもできる。


 そこまでしてでも生放送に拘る理由。

 それはその注目度に加え、売り出す商品のプロモーションだ。

 しかも二つ。


 一つは、志穂里が使うガントレット。

 右手に<炎弾ほむらだま>を放つ赤いレリーフの入ったガントレットを、左手には<空掌くうしょう>を放つ翠のレリーフの入ったガントレットをはめてもらっている。

 

 単純な火力なら炎弾、色々と応用が効くのは空掌だな。

 後もうひとつ治癒魔法の使えるガントレットもあるのだが、それは生放送で使うような機会はないだろうということで後ほど別の動画をサイトにアップしておくそうだ。


 

 で、もう一つプロモーションしたいものとは……


「志穂里……じゃなくて、これを」


 俺はテレビ用に調整した呼び方で志穂里へとあるものを渡す。

 ちなみに未菜さんは伊敷さんと呼ぶし、ローラもローラさんと呼ぶ。

 逆に俺は皆城くんあるいは皆城先輩と呼ばれることになる。


「これが例の『魔力が回復する』っていう実っすか? なんというか……葡萄とかブルーベリーとかみたいな感じっすね」

「味もブルーベリーっぽい。食べれば4分の1くらい魔力が回復して、24時間以内に効果があるのは4つまでだ」

「つまり4粒あれば1回だけ全回復できるってことっすね?」

「そういうことだな」


 この実の凄いところは、どれだけ魔力量が大きくても4分の1回復してくれるというところだ。

 俺が食べても、未菜さんが食べても、志穂里が食べても同じ結果。


 回復の限界も等しく4粒まで。

 エリクシードと同じく魔力で増やすことができるので、ミナホの魔法円陣で種を取り除いたものを販売することになる。


 医療界隈の常識が変わってしまう上に悪用されかねないエリクシードと違って、この魔力を回復する実……通称<フルーツポーション>に関しては探索者くらいしか関係ないだろうということで、即発売することにしたのだ。


 

「開始1分前でーす!」


 

 テレビ局の人に声をかけられ、俺たちはいそいそと最初の配置に付くのだった。




2.



 最初の挨拶を主に未菜さんがこなし、ダンジョンアタックが始まった。

 一層なんて飛ばしても良いくらいなのだが、ずるはしていませんよということを示す為にも志穂里が付けているガントレットでとりあえず蹴散らしつつ進んで行く。


 まあそもそも俺と未菜さんとローラがここに揃っている上に、魔法を簡単に使えるガントレットを装着しているということ自体がずるいっちゃずるいのだが。


 基本は志穂里をメインの画面に収めつつ、カメラクルーたちに近づこうとしているモンスターを俺たちが蹴散らしている様子も撮る、みたいな状況である。


 とは言えずっとモンスターが襲ってくるわけでもない。

 ただの移動時間はただの移動時間でなんとか場を繋がなくてはならない。


 一応幾つか会話のパターンは事前に決めてあって……


「あ、あの、ローラさん。ちょっといいっすか?」

「どうしたの?」

「遠距離攻撃で狙いを正確に付けるコツとかあったりするんすか?」

「ボクのやり方で皆がやれるかわからないけど……」


 ローラは拳銃を構える。

 狙いは少し離れた地点にいるゴブリンだ。


「焦点はターゲットに合わせて、視界のど真ん中に置くんだ。構える位置はどんな状況でもどんな場合でも同じようにする。腕の上げ方とか、手首の角度とか」


 そのまま引き金を引く。

 すると、ゴブリンはこちらに気がつく前に側頭部を撃ち抜かれて魔石になった。


「つまり、構えるポーズをどんな時でも一緒にすることをまず心がけるといいんじゃないかな。できればターゲットとの距離も最初は全部同じくらいっていうのを徹底すると良いよ」

「……でも難しくないっすか?」

「反復練習あるのみ、だよ。銃とかそのガントレットみたいに遠距離攻撃できる武器だからって、遠距離から攻撃しないといけないわけでもないしね」


 へー……

 普通に参考になる。


 魔弾とか撃つ時、完全にフィーリングだし。

 魔法はイメージが物を言う世界なので、多分多少はホーミングしてくれてるんだろうな。


「慣れてくると距離に応じて色々調整が効くようにもなるよ。頑張ってね」

「は、はいっす!」


 そう言ってローラはウインクする。

 そもそも未菜さんに憧れていたというだけあって、王子様ムーブが板についているなあ。


 ガントレットのプロモーションということであまり素で魔法を使わないように言われている俺は地味にパンチとかキックでモンスターを倒しているのに。

 絵面が地味すぎてWSRで一位なのは俺なはずなのに未菜さんやローラ、志穂里の方が多く抜かれているような気がする。


 いやまあ、俺はそもそも地味な戦い方しかしていないんだけどさ。

 魔法は普段スノウたちに任せてるし。


(大丈夫、悠真は目立たなくていいから。というか目立たない方がいい)


 念話を飛ばしたわけでもないのに俺の心を読んだかのようなタイミングで知佳から念話が飛んできた。


(なんでだよ)

(……内緒)

(拗ねるぞ)

(帰ってきたらいいこいいこしてあげる)


 …………。

 一瞬それも良いなと思ってしまったのが悔しい。


(満更でもないでしょ)

(うるせ)


 そんなこんなで、1層は楽々突破し。

 一般人にとってはあまり馴染みのない2層へと突入するのだった。

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