第333話:人との違い
1.
親父と色々な話をした翌日。
エリクシードのお陰で二日酔いになることもなく、予定通りキュムロスダンジョンへ向かうことになった。
このダンジョンは鬱蒼とした森の迷路みたいになっているのだが、攻略済みかつ掃討もほぼ終わっているそうで、まずは通常層が10層まで。
そして真意層がどこまであるかは不明ということになっている。
ちなみに、親父たちと出会ったのが真意層での12層目……つまり合計で22層以上は確実にあるということになる。
そして、親父たちと出会ったのがここなら。
セイランたちと出会ったのもここということになる。
転移石の準備も万端な上に、俺、四姉妹に加えてシエルにルルという最強の布陣。
仮にセイランとばったり遭遇するようなことがあったとしても、勝てないにしても全員無事に逃げ切ることくらいは容易いはずだ。
知佳や綾乃、未菜さんたちに関しては普通に忙しくて不参加である。
既に思考共有ができるラインに乗っている以上、戦争のような大規模な戦いにならない限りは足手まといになるなんてこともないからな。
レイさんにはフゥの面倒を見てもらっている。
「で――」
木の蔓をムチのように使ってうねうねと襲いかかってくるトレントたちを、ウェンディが風で容赦なく切り裂いて進んで行く。
時折黒い幹の強そうな奴が出てきたりもするのだが、ウェンディの風を防ぐことができる程の強さではない。
全て一撃だ。
魔石はシエルが物質魔法で地面を操作したりして集めているので、無駄もない。
真意層の
ある程度は道筋を覚えているというシエルに従い進んで行くと、1層目の番人に行き当たった。
苔の生えたゴーレムみたいな奴。
暇そうにしていたルルが瞬殺した。
初めて会った時に比べてかなり魔力も増えているし、動きのキレも増している。
暇さえあればレイさんの鍛錬に付き合わされていたし、未菜さんともちょくちょく手合わせしていたからな。
そりゃ強くもなるか。
2層目、スノウ。
3層目、フレア。
4層目、俺。
5層目、シトリー。
6層目、ルル。
7層目、シエル。
という順番で番人を難なく排除しながら、ダンジョンの中を突き進む。
ちなみにモンスターや番人たちがちょくちょくアイテムをドロップしているのだが、どれもなんかよくわからない木の枝とか石っころとかで反応に困るものばかりだ。
唯一、黒いトレントが落とす青い実だけはなんなのかよくわかっていないが……
食べられそうな見た目はしている(ブルベリーっぽい?)が、流石にこの場で口に放り込んで確かめるわけにもいかないしな。
そもそも青って普通に考えたらちょっと毒々しいし。
「随分進んできたんじゃないか?」
8層目の途中。
ダンジョンの中……というか異世界なので当然ネットには繋がらないが、時間を確認するだけなら用が足りるスマホを見てみると、既にダンジョンへ突入してから6時間が経過していた。
ほぼ一直線で止まらずに進んでいるとは言えダンジョンの規模が結構なものだ。
必然的に時間もかかる。
スノウが地面をとん、と蹴りながら言う。
「今のあんたなら真下に穴を開けて進むこととかできるんじゃないの?」
「……流石に無理じゃないか? ロサンゼルスのビル型ダンジョンみたいな特殊な構造ってわけでもないんだし」
「仮にできたとしてもやめた方がいいじゃろうな。ダンジョン内部は空間が捻じ曲がっておる。無理に階層を破壊しようとしてその捻じれに巻き込まれでもしたら……」
シエルの言葉に、
「ほら見ろ。横着しようとすると痛い目見るんだぜ」
「べ、別にあたしは案の一つとして出しただけで本気で言ったわけじゃないわよ。空間がおかしなことになってるってことは元々知ってるし」
ふっ、どうだか。
実際、スノウはダンジョンの床や天井をぶち抜いて移動してきているという実績があるからな。
まあさっきも言った通り、あのダンジョンはそもそも特殊な造りをしていたからと言えるかもしれないが。
「ま、俺はそんな些細なことで言い合いなんてしない。なにせもうすぐ兄貴になるんだからな」
「……どういうこと? フレアとフゥだけでなく、まさかティナとかにもお兄ちゃんって呼ばせるんじゃないでしょうね」
「そ、そんなわけないだろ。今度弟か妹が産まれるからって話だって」
「えっ?」
「……えっ?」
スノウの反応に、俺はきょとんとする。
あれ、そういえば。
俺ですら昨日聞いたんだから、スノウたちが知っているはずもないのか。
フレア、ウェンディ、シトリー、シエル、ルル、と顔色を窺うが当然のように戸惑いの色を浮かべていた。
「ちょっと詳しく話しなさい。安息地を探すわよ」
2.
「和真も悠も実年齢はともかく体は若かったからのう。そういうこともあるかもしれないとは思っておったが、予想より早かったのう」
「流石はあんたの父親ってところね」
「…………そういう気まずい話はやめにしないか?」
呆れたようなスノウの視線が痛い。
「悠真ちゃんの弟ちゃんか妹ちゃんかあ。今からお姉ちゃんも楽しみだなあ」
「名前はなににするニャ?」
「男か女かもわかってないんだから、それ以降だろ。多分」
「どうせあんたもすぐに子供できるでしょ。知佳か綾乃か、未菜辺りが怪しいわね。最近では香苗もだけど」
「一応避妊魔法は使ってるからなあ……」
色々決着がつくまではそういうのはお預け、ということになっている。
世界を救う救わないの話もそうだが……
既にそこは知佳や綾乃とも話し合っていることだからな。
「……フレア?」
一番早くフレアの異変に気付いたのはスノウだった。
「……なに?」
「なにってあんたこそ……なんで泣いてるのよ」
「な、泣いてない。泣いてないです」
俺から顔を背けようとするフレア。
その声は明らかに涙声だ。
……そうか。
俺の配慮が足りなかったんだな。
精霊は妊娠できない。
実のところ、この話は随分初期の段階でウェンディから聞いていた。
子供を成すことができない。
俺たち人間とは体の構造が異なるからだ。
普段は気にしないようにしているそれを、母さんの妊娠という話題で思い出してしまったのだろう。
だが。
鈍い鈍いと言われている俺がそれにすぐ気づけたのにも、理由が当然ある。
何故なら――
「……落ち着いて聞いてくれ、四人とも」
フレア以外の視線が俺に集まる。
シエルやルルも知らない話だ。
この話を知っているのは今のところ俺と知佳、そして綾乃だけだからだ。
だが――
「実は俺は今、精霊を人間に戻す方法を探している」
フレアがぱっとこちらを向く。
驚いたように青い目をまんまるに見開いて。
「そ……」
ウェンディが口を開いた。
「そのようなことができるのですか……?」
「まだ分からない。だから黙ってたんだ。悪かった」
俺は頭を下げる。
「けど、人間を精霊にする方法があるならその逆も必ずあると俺は信じてる。その糸口として、まずは綾乃のスキルで色々試してる最中なんだよ」
「
頷く。
あのスキルは明らかにとんでもない能力を秘めている。
過去を変えることすらできるスキルだ。
精霊を人に戻すことだって、できるかもしれない。
今のところはまだその魔法は完成しそうにないが……
「実は兆しが全くないってわけでもないんだ。既にある程度までは体の構造を作り変える魔法が既にできている」
「ある程度までは……」
ウェンディが復唱するように呟く。
そう、ある程度までは。
まだ本当に微力だが。
身長が1cm伸びるとか、胸が1カップ大きくなるとか。
そのどちらにも副作用がある上に、効果は長続きしないが。
「でも必ずお前らを人間に戻す。いつか、必ず。……もちろん望めばの話だけどさ」
「望まないわけないでしょ」
スノウが断言した。
「あんたとの子供……とかはまあとりあえず置いといても、人間として生きられるのなら……あんたが死んだ後、また彷徨ったりすることになるくらいならあたしも人として死にたい」
「…………」
いつもはツンデレてそういう事を言わないスノウだが、今日は何かが違う。
……フレアのことを考えてのことだろうか。
「お、おう……」
それは分かっていてもそんなことを真っ直ぐ言われてこっちが戸惑わない理由はない。
「……では、マスター。私たちもいつかは……」
「ああ、約束するよ。必ず」
「お兄さま、フレアは……」
泣いているフレアを抱きしめる。
幼児のようにぐすぐすと嗚咽を漏らすその頭を優しく撫でていると、むくれた様子のスノウがビシッと額を小突いてきた。
「フレアも分かってるでしょうけど、どのみち世界を救うまではお預けよ。あたし達が普通の人間に戻ったらあんたの馬鹿げた魔力で戦えるっていう利点がなくなるんだから」
これは最近聞いてわかったことなのだが、スノウたちが人間だった頃よりも、今の方が強いらしいのだ。
使える魔力量の関係で。
思考共有状態でなくともそうなのだから、俺の魔力量も本当に馬鹿げているとしか言えないな。
「……お兄さま!」
さっきまでぐずっていたフレアが胸の中でぱっと顔を上げてこちらを見た。
まだ目元が少し赤いが、涙は晴れたようだ。
「セイランを必ず倒しましょう! そして世界を救うんです!」
「あ、ああ。もちろんだ」
「お兄さまとの赤ちゃんの為にも!」
「お、おう」
「絶対ですからね!」
「わ、わかってるって」
俺がそう返事すると、スノウには睨まれ、ウェンディには軽く袖を引かれ、シトリーはもじもじしていた。
……とりあえず、確実に言えることは世界を救った後に日本にはいられなさそうだな。
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