第332話:命題
1.
彼らはバラムが死んでから、その動きを止めていた。
そしてその処置をどうするか悩んだ挙げ句。
あるべき魂は、あるべき場所に。
そう結論に達した。
フレアと<思考共有>状態になり、一瞬で跡形もなく。
全てが綺麗に天に還ることができるように。
その場に立ち会ったのは俺とフレア、シエル、それにシモンさんとコーンさん。
そして顔や声まで全て変えた、新皇帝の6人のみだ。
もちろん天に還ったその中には、シモンさんの記憶を持っていた彼も混ざっている。
コーンさんの方は跡形もなく消し飛んでしまっていたのでどうしようもなかったが……
皇帝は必ず慰霊碑を立てる、と言っていた。
どのような扱いにするのかは不明だが、俺も彼らは弔われるべきだと思う。
「なあ親父」
「うん? なんだ? サププレなにか考えてくれたか?」
「略すな、わかりにくい」
サプライズプレゼントの略だろう。
それはともかく。
「それは親父が好きなもん買ってあげりゃいいんだよ。命ってなんだと思う」
俺がそう訊ねると、親父はきょとんとした表情を浮かべて、無精髭を撫でながら少し考え込んで。
口を開いた。
「帝国での件か?」
親父にちゃんと話してはいないが、恐らくシエルから事情は聞いているのだろう。
俺は頷く。
「それも。あと、俺に弟ができるって事と――俺にもいつか子供ができるわけだろ。色々考える機会があった方がいいのかなって」
「……なるほどな」
親父はすっくと立ち上がって、台所の方へ向かった。
で、しばらく待っていると2つのコップと、氷が大量に入ったジョッキ。
それとウイスキーを持って戻ってきた。
「……まだ昼間だぞ?」
「素面じゃ話せねえようなことを今から話すんだよ。今日は飲んでも平気か?」
「平気っちゃ平気だけど……」
今日は特に予定もない。
完全にオフの日だ。
「そんじゃお前も飲め。たまには父子水入らずで話そうや」
「別にいいけどさ……」
一応、知佳と俺のスケジュールを管理している綾乃にメールだけ送っておく。
後は勝手にあちらで共有されるだろう。
並々注がれたウイスキーで乾杯し、呷る。
アルコール、別に弱いわけでもないけど強いわけでもないんだよな。
炭酸で割って飲みたい。
本音を言えば。
「で、なんだったか。命ってなんだって話か」
「……俺はどうするのが正解だったと思う?」
「んなこと知らねえよ」
さらりと言う。
「…………」
「おいおい、そんな目で見るな。俺はもうお前を一人前だと認めてる。俺の正解と、お前の正解は違うのさ」
「……じゃあ親父が俺の立場だったらどうしてた?」
「それも知らねえな」
やはり、なんでもないようなことのようにさらりと言う。
「おい」
「滅多にしねえ昔話を聞かせてやる」
ウイスキーをもう一杯注ぎながら、親父は話し始める。
「俺が消防士になったキッカケみたいなもんだ」
「…………」
そういや聞いたことはなかったな、そんな話。
俺が生まれた時から親父は消防士で、誰かを救う人間だった。
そうなったキッカケがあるのか。
「とは言っても、別になんでもねえありふれた話だよ。俺にも昔、幼なじみって奴がいた。近所に住んでた女の子でな。幼稚園で一緒だったんで、よく遊んでたもんだ。ま、お前からしたら知佳ちゃんみたいなもんかな」
「へぇ……」
そりゃ初耳だ。
「今だから言えるが、あれがもしかしたら俺の初恋だったのかもしれねえな」
茶化して言っているのならまだしも、昔を懐かしむような表情で言われてしまってはこちらとしても反応に困ってしまう。
「……で、どうなったんだよ。その子とは」
「どうもならなかったよ。死んじまったからな」
しん、と空気が冷えたような錯覚。
親父は特に深刻な様子もなくさらりと言ったが、その事実を軽く受け止めることはできない。
「小学生になったある日、俺はいつものようにその子の家へ遊びに行った。いや、行こうとした」
「…………」
「けど、途中で引き返した。怖かったから」
「……怖かった?」
「その子の家の前に、目の血走った男がいたんだよ。真っ黒い帽子を被って、紺色のTシャツにジーパンのな。手には大きな旅行鞄を持ってた。ガキながらに、こいつは怪しい奴だって俺は察した。だから声をかけたんだよ。無謀にもな。『何してんだ、お前』ってな」
「…………」
「その男は俺を睨みつけて、胸ぐらを掴んで耳元で囁いた。『殺すぞクソガキ』ってな。ビビっちまった俺は必死に逃げたよ。俺ん
小学生の子が怪しい男にそんな風に脅されれば、そりゃ逃げるだろう。
当然の反応と言っても良い。
「そこで別のツレがいた俺は、なんか怪しい奴がいた、なんてことはすっかり忘れて遊んでた。そうしたらしばらくして、お袋が焦った様子で公園まで来たんだよ。どうやら俺を探してたらしくて、汗だくな上に半泣きでな」
「……何かあったってことか」
「幼なじみの子の家が燃えたんだよ」
親父は無感情に言う。
いや、無感情を装っているのか。
「犠牲者は二人。幼なじみと、その母親だ」
「…………」
「犯人は高校生の少年。俺が幼なじみの子の家の前で見たあの男だ」
カラン、と氷が音を立てた。
机の上を見つめる親父の目は、過去を覗いているのだろうか。
「もし俺があの時、幼なじみの母親かお袋にでもこのことを伝えていたら。逃げずに何かしていたら、何か変わっていたかもしれない。今でもたまに思い出して、そう思うぜ」
「…………」
「そんで、俺は消防士になった。別に警察官でも良かったけどな。とにかく誰かを救うことで、俺自身が変わったってことを示したかったのさ」
「……変われたのか?」
「さぁな。命なんてもんがなんなのかは、今の俺にだってわかんねえ。けど俺が助けてきた命も、助けられなかった命も――産まれた命も、これから産まれる命も。何も変わらねえってことは確かだ」
空になった俺のコップに、親父は新たにウイスキーを注ぐ。
「お前がしたことが正しいかどうかなんてのは、俺にはわからねえ。お前にだって一生わからねえだろうよ。良いことを教えてやるぜ、悠真。俺だから言えることだ」
「……良いこと?」
「命より大事なもんはどこにもねえ。けど、結婚してえと思う程好きな奴ができた時。ガキが産まれた時。確かに俺は、こいつの為なら死ねるって思ったんだよ。お前にはそういう奴はいるか?」
「いるよ。それもたくさんな」
親父はニヤリと笑う。
「そりゃいい。じゃあ、お前は死んでもそれを守れ。そんでもって、お前自身も死んでも生き残れ。命がなんなのか、なんて答えは知らねえ。けどな、お前の命はその為にあるんだ」
「……確かに親父よりしぶとい奴はなかなかいないだろうな」
ダンジョンで死にかけて、異世界で10年生きて帰ってきたのだ。
どんな主人公だよ。
「ま、とりあえずは――」
ボンッ、と頭に手を乗せられる。
でかい手だ。
「よくやった。お前はよくやったよ」
「――……」
「お、泣くか? 泣いちゃうんか?」
「台無しだわ!」
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