第328話:放送施設
1.
「使ってくださいって……呪いは大丈夫なんですか?」
周りが全て虚像になる。
例えば俺なんかを見て魔物に見える、とか言っていた。
それを鎧で抑えていたわけだ。
素顔を晒してまで偽モンさんを庇おうという心意気は個人的には評価したいところだが、呪いのせいで動けませんなんて状態ならば、いくら自動人形とそれ以外を見分けることができると言ってもいない方がマシだぞ。
「……大丈夫ではないですわ。今も足が震えて動悸が激しくて吐きそうや。けど、
「悠真。おぬしは甘い考えじゃろうから敢えてわしが言うが、シモンの自動人形はここで始末しておくべきじゃし――コーンの申し出も断るべきじゃ。周りが敵に見える呪いなんていつわしらの弊害になるかわからん」
シエルの言うことは正論だ。
全く反論の余地がない程に。
今は情にほだされている場合ではない。
だが――
「ほな、こうしましょ」
コーンさんは左右それぞれの手に風魔法で刃を作り。
そのまま、自分の腕を交差するようにして切りつけた。
それもかなり深い傷だ。
ぱっと見で、治療しなければ動かすことすらままならないだろうという程に。
「なっ……馬鹿野郎お前!! 何してやがる!!」
本物のシモンさんが慌てて駆け寄ろうとするのは、コーンさんは視線で止める。
「……これで仮にワイの気ぃが狂ってミナシロさんらを襲おうとしても、瞬殺できるやろ?」
刃が鋭かったのか、出血自体はそこまで多くはないが……
それでも動ける時間には限りがあるだろう。
そもそも偽モンさんに刺されているはずなのだから、その時点で体力はかなり削れているはずだ。
それはもちろん自分でも把握しているのだろう。
「もちろん、足手まといやと思ったらそこに置いてってもらって構いません。あれだけ精巧な自動人形や。あんたらも自動人形と人間を見分ける術はほしいはずやろ?」
シエルはちらりとこちらを見てくる。
最終判断は俺に、ということだろう。
「……わかりました、コーンさん。よろしくお願いします。でも、俺たちは貴方を庇ったりすることはないですからね」
「ありがとうございます……! シモン、お前もワイのことはほっといてくれてええからな。ワイを庇う暇があったらその強面どうにかせえ」
「余計なお世話だ。……で、ミナシロさんよ。コーンのことはともかく、オレの偽物についてはどうするつもりだ?」
「流石に連れていくことはできませんから、この場に待機してもらうしかないですね」
偽モンさんは俺の言葉に静かに頷く。
そして、
「……バラムは黒い塔の近くにいると思うぜ。それと、あんたらがここにいるのはまだバレてねえはずだ。奴は自分の自動人形から情報を得られるが、その情報は自動人形が死んだ時に反映される」
「…………ありがとうございます」
本当かどうか、とは聞かない。
コーンさんの覚悟を間近で見てから何かをするとは思えないからだ。
ただ、感謝の言葉だけ伝えて。
俺たちは再度出発するのだった。
2.
滅びの塔は帝国内にあるが、首都パームにあるわけではない。
パームからずっとバラムの気配がしていたので当然ここにいると思っていたのだが、それすら罠だったということなのだろう。
その証拠に――
「やっぱ無理そうね」
スノウが首を横に振る。
滅びの塔の最寄りの都市までワープしていくつもりでいたのだが、そもそもパームにある全ての転移装置自体が使えないようになっていたのだ。
ウェンディの風での移動も考えたが、それだとどうしても魔力が溢れる。
接近を勘付かれればまた逃げられる可能性が出てきてしまう。
それも先程の爆発騒ぎで敵軍――ラントバウかハイロンが攻めてきているというような情報が流れているようで、人々が転移装置の周りへ殺到しているせいでちゃんと調べることも難しい。
「おいテメェ、押すんじゃねえよ!」
「はあ!? 俺じゃねえよ! お前こそ押してきただろ!」
「押すんじゃねえって!」「お前が後ろに下がれや!!」「お前がそうすりゃいいだろ!!」
うーん、こりゃひどい。
気になるのはその騒ぎの中に子供も混ざっているということだな。
大人が勝手に慌てて怪我する分にはまだしも、子供がそれに巻き込まれるとなれば話が変わってくる。
「この分ではわしらが何を言っても無駄じゃろうな。どうする、力ずくでどかすかの?」
「……別の転移装置はどうだ?」
俺の言葉と同時に、ウェンディがストン、と空から降りてきた。
「上から別の位置にある転移装置の様子を見てみましたが、どこも同じような状況でした」
「どうしたもんかなあ……」
いや、どうするにしてもこの騒ぎはなんとかして収めないとそのうち怪我人が出る。
スノウの氷でなんとかしてもらうか?
この場を穏便に収めるには――
すると辛そうにしているコーンさんが口を開いた。
「……軍の基地に首都全体へ声を乗せられる魔道具があるんや。そこから、中将のワイが避難経路を指示すれば……」
ただでさえ呪いが発動して俺たちが敵に見えているのを我慢している中、人混みを見ればこうもなろう。
全てが敵に見えるのだから、この人混みも大量の魔物か何かに見えているはずだ。
それでもこうして良案を出してくれるのはありがたい。
「では、急ぎましょ――」
俺がそう言うのとほぼ当時に。
ブツッ、とまるで放送が繋がった時に鳴るノイズのような音が辺りに響いた。
『あーあー、テストテスト。皆さん、落ち着いてください。ワイはコンスタン=ベッケル。知る人ぞ知る、帝国軍中将や』
「え――?」
もちろんコーンさんはここにいる。
だがその声は紛れもなく……
『皆さん落ち着いてください。先程の爆発は敵国からのものやない。ただの事故や。この町には大きな結界が貼られとる。そう簡単に敵は攻めてこられへん。むしろ外のが危ないんや。やから転移装置は止めてある』
「……軍にそんなことができるんですか?」
「いや……こいつのはったりだ」
シモンさんに確認すると否定された。
こいつ。
もう俺たちはこの放送をしている人物が誰なのかを察している。
恐らく、隠れ家に置いてきた偽物の方のコーンさんだ。
「……コーンさん?」「あの人が言うなら信じられるな」
「なんだ、そういうことだったのか」
「なんだよ、焦って損したぜ」
先程まで騒ぎ立てていた人々が嘘のように鎮まる。
それだけコーンさんへの軍人としての信頼が厚いということなのだろう。
自虐的に鎧姿を胡散臭いなんて言っていたが――
全然人々から好かれるじゃないか。
「助けられた……という認識で良いのでしょうか?」
困惑するようなフレアの確認に、俺はとりあえず頷く。
「多分、そういうことだろ。シトリー、ウェンディ、シエル。頼めるか?」
「うん、任せて」
シトリーが自分の胸を叩く。
おっぱいが揺れる。
……いや、今はそんな場合じゃないな。
この手の魔道具に明るいのは圧倒的にこの三人だ。
放送によって人々が捌けた隙を狙って転移装置を再起動できないか調べるのだ。
その間にコーンさんに話しかける。
「……今、大丈夫ですか?」
「なんです?」
「今の放送についてなんですけど……」
「今のが、シモンが救った言うワイの自動人形なんやろ? ……希望的観測をするなら、ワイらを手助けする為にそうしたいう線やけど――」
「俺はそう信じます」
「…………」
「本物のコーンさんがシモンさんの為に命を張ってるんです。コピーだろうと、その心意気は同じだと思うんです」
シモンさんが驚いたように俺を見ている。
隠れ家に置き去りにしてきた時の様子がずっと気にかかっていたのだ。
シモンさんの自動人形がコーンさんを最終的に案じたように。
コーンさんの自動人形もまた、自我のようなものを持ってバラムに逆らう可能性があるのではないか、という。
そして今この瞬間。
それを実行してくれたのだろう。
俺はそう信じる。
そう信じたい。
「マスター、なんとかなりそうです」
「古典的な方法じゃな。回路を物理的に遮断しておったわ」
報告を受け、転移装置の方へ向かおうとすると――
遠くの方から、ズン……という爆発音が轟いた。
「な――」
咄嗟にそちらを向くと、爆風が遅れて届いてまだちらほら周りにいた人々がざわつく。
「何が……」
「……あっちは軍の基地の方だぞ」
シモンさんが呆然と呟く。
「基地って……」
つい今しがた、コーンさんの自動人形がいた場所じゃないか。
そこが爆発した?
「……敵に動きを察知されたのではないでしょうか。基地内の放送施設を使ったら起爆するようになっていたという可能性もあります」
レイさんが冷静に分析する。
てことは。
あそこにいた彼は――
「……ミナシロさん、行きましょ。ワイも――ワイやないけど、誰かを助けられて死んだんなら本望やと思いますから」
「…………わかりました」
転移装置は復旧した。
まずは何かあっても問題ないように、ということで自分の体を雷へ変えて基本的な危機は回避できるシトリーが飛ぶ。
そして飛んだ先から念話で問題ないことを確認してから、俺たちも転移装置を使った。
バラム。
徐々に近づいているぞ。
……お前は絶対に許さないからな。
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