第329話:後悔

 バラムは黒い塔の元で一人佇んでいた。

 一見80代くらいに見える総白髪の老人だ。

 しかしその首には3つの髑髏を提げている上に、どうやら俺しか感じ取れないらしい異質な気配を持っている。


 こいつも自動人形という線を考えたが、この独特な圧迫感は本物で間違いないだろう。


 コーンさんとシモンさんは少し離れたところにいて、俺たちも距離を置きつつも包囲するような形で取り囲んでいる。

 レイさんとは<思考共有>するので隣にいてもらっている状態だ。


 普通ならば絶体絶命と言って良いだろう。

 しかし奴は落ち着いた様子を崩さず、老獪さを感じる口調で語りかけてきた。


「つくづく愉快だとは思わんか、召喚術師よ」

「……何がだ」

「弱者共が争っているのを見るのを、だ」

「……は?」


 まるで簡単な足し算の証明をするかの如く当然だと言わんばかりの口調で続ける。


「召喚術師。そして精霊共に、妖精女王。貴様らは儂ら魔人と張る程に強い。だから理解できるのではないか? 人間は脆弱かつ愚かな種族である、と」

「…………」


 バラムは醜悪な笑みを浮かべる。


「召喚術師。貴様はへ来る資格のある、数少ない人間じゃ。弱く、愚かな人間を守ることなどやめて儂らと共に全てを手中に収めるべきだと思わんか?」


 そうか。

 こいつは本気で、人間を見下しているのか。

 いや、見下しているというより――

 同じ命ある生物として認識すらしていないのだろう。


 幼い子供が邪気なしに虫を踏み潰してしまえるのと同じで。

 俺たちが漫然と飯を食っているのと同じで。


 相容れるはずがないのだ。


「……確かに人間はお前らから見りゃあ弱くて愚かかもしれねえ。けどな、そんな捨てたもんでもないんだよ」

「あくまでも抗うか。何故だ? 仮に儂を倒せても、魔王様には届かん。どのみち滅ぶ運命なのじゃぞ。死にたくないのなら――」

「俺たちは弱っちくて馬鹿な人間だからだよ」

 

 両手に魔弾を作り出す。

 同時に、奴を包囲している全員が各々魔法を放った。


 バリア無しならば馬鹿げたサイズのベヒモスですら消し飛ばす連続攻撃。

 しかし、それらが炸裂することはなかった。


 全ての攻撃が奴の体へ届く前に、無数の青い正六面体になって消え去ったからだ。

 

「なんだ……?」


 ザガンからあいつには魔法が効かないという情報は得ていたが――

 今のはどういう無効化のされかたなんだ?


 だが、どのみち効かないことは最初からわかっていたことだ。

 やることは変わらない。


「レイさん、やるぞ!」

「はい、ご主人様!」


 <思考共有>は切り札だ。

 魔力、身体能力、経験、知識。

 一時的にとは言えそれら全てを共有できるのがどれだけ強いかなど、考えるまでもないだろう。


 とは言え。

 この<思考共有>、何度か試したことで分かったことがある。


 それはこの<思考共有>にも段階があるということだ。


 一番繋がることができるのは知佳。

 そしてフレア、ウェンディ、スノウと続くのだが……

 

 他の面子にも当然順番があって、それら全てを加味して考えれば要するにその段階は発動条件と同じ条件で深まるのだろう、という結論に達している。


 要は<思考共有>ができるラインに乗ったからと言って、それでゴールではないのだ。

 その理屈で言えば、レイさんとの<思考共有>は恐らくかなり部類。

  

 それでも、だ。


 この瞬間だけは、間違いなく体術という面において敵はいない。

 はっきり言って、あのアスカロンさえ瞬殺できるだろう。



「――儂が唯一の弱点を対策していないとでも思ったか?」


 急激に高まったレイさんの魔力を見て、何かをしてくるということを察したのだろう。

 バラムが右手を前に突き出すと、その先に黒いワープゲートのようなものが生まれた。


 そしてそこから――



「おいおい……」


 オレンジっぽい金髪が炎のように逆立ちうねっている、牛のような角が生えた大男。

 見間違えるはずもない。


 倒したはずの四天王の一人、ザガンだ。

 それが俺たちと同じ数――ご丁寧にコーンさんとシモンさんの分も含めて9人出てきたのだ。


 だが、おかしい。

 キュムロスが同じ意識は同時に存在できないと言っていたはずだが……


「ご主人様、恐らくアレらに自意識というものは存在していません」

「御名答じゃ、メイド。しかし意識などなくとも――」


 バラムは途中で言葉を止めた。

 なにせ、レイさんが残像すら見える速度で動いて、9人全ての首をへし折ったのだから。


「――馬鹿な」

「馬鹿はお前だ。あまり俺たちを舐めんじゃねえぞ」


 人間だけでなく、仲間まで利用するか。

 この外道が。


「なら――こうするまでよ!!」


 首を折られて動きを止めていたザガンたちの体が膨れ上がる。

 爆発の予兆だ。

 しかし、その爆発が起きることはなかった。


 9体全て氷漬けにされているからだ。


「あんた本人に魔法が効かなくても、人形には効くようね」


 スノウが睨みつける。


「ぐっ……」

「どうした、余裕がなくなってきたな? お前がどんな策を練っていようが、こうなった時点で詰んでるんだよ」


 <思考共有>の時間にはまだ余裕がある。

 意識無しとは言え、ザガンを9人同時に瞬殺できるレイさん。

 そしてそれと全く同じことを今の俺ならできる。


 そんな俺たち二人に加え、更に四姉妹とシエルがいるのだ。

 こんな場面から生き延びることはどんな奴だって不可能だろう。



「くそっ……!」


 バラムが悪態を突き、黒いワープゲートが大量に出現する。

 するとそこから、何十――いや、何百人もの人々が出てきた。

 メイド服を着た女性、作業着の男性、私服の老人や子供たち。


 様々な姿かたちの人々だ。


 だが、一目でわかる。

 彼らは記憶を入れられた存在でもない、ただの自動人形だろう。

 しかしもし万が一人間がいたら。


 バラムは高らかに叫ぶ。


「これには本物も混ざっている!! 儂はこれからこやつらを爆破させる!! 脆弱な人間如き、あの氷や爆発に巻き込まれれば死ぬぞ!!」


 なるほど、対応している間に逃げるつもりか。

 だが――


 

「全部自動人形オートマタや!」


 コーンさんが叫び、それに応じてスノウが躊躇なく全ての自動人形を凍らせる。

 仮にコーンさんがいなくとも、この局面まで来れば人がいようがいまいがまるごと凍らせるしかなかったとは思うが。

 

 しかし今のではっきりした。

 こいつは恐らく、こういう場面で人を使うことはしない。


 情けがあるとかそういう話ではなく、単にその手の駒がないと見た。

 ここまで追い詰められることを想定していなかったのか、それともそもそも人間と馴れ合うつもりがなかったのか。


 恐らくはそのどちらも、だろう。

 

 

「もう諦めろ。お前は終わりだ」


 こいつが取り得る全ての手段は潰した。

 後はザガンの言った通り、『殴れば殺せる』を実行するだけだ。


 それがわかっているのか、俯くバラムの体が震え始める。

 こいつでも恐怖を感じることがあるのか。

 だからと言って容赦したりは――



「――いえ、ご主人様。これは……」

「――やはり儂が直接戦わねばならんか」

「あ……?」 


 バラムがぽつりと呟いた。

 その直後。



 ズシン、と体が重くなる。


「なっ……!?」

「っ……!!」


 俺もレイさんも、それに耐えきれずに膝をついてしまう。

 な、なんだこれは。

 体が重く――


 いや、重力を操っているのか……!?


 見れば、スノウたちにも似たような力がかかっているようで動けずにいる。

 

「これ……は……」

 

 魔法ならシトリーやシエルが対抗できるはずだ。

 それが出来ずにいるということは、恐らくこれもスキルということになる。


 魔法を無効化するスキルに加え、重力を操るスキル?

 いや、あの黒いワープゲートも魔法であんなものができるとは思えない。


 となると、最低でも2つのスキルを持っていることになる。


 自動人形関連のものもスキルだとすれば3つか?

 そんなことがあり得るのか……?


「ぐっ……くっ……はぁ……」


 見れば、バラム自身にも相当負荷があるようで息が荒い。

 俺やレイさんにかかっている重力と同じものがスノウたちにもかかっているとすれば、一瞬でぺちゃんこになっているはずだ。


 そうなっていないということは奴自身にも余裕がないのだろう。

 となれば――

 


「このまま――押し潰してくれるわ……!!」

「舐めんじゃ……ねえ……!!」



 手をついて立ち上がろうとする。

 目の前が赤く染まってきた。

 どろりと垂れた鼻血が地面を穿つ。


 

「貴様ァ……!!」



 更に俺へかかる重力が強まった。

 それと同タイミングで、ズゴンッ!! というと共にバラムの体が吹き飛ぶ。


 シトリーだ。


 俺へかかる力が強まったことで、逆にあちらに余裕が生まれ体を属性エレメント化することができたのだろう。

 

 雷になれば重力の影響なんて無いに等しい。

 

 にしても今の魔法を防がなかったということは、認識外の攻撃は無効化できないということか?

 

「小癪な……!!」


 今度のシトリーの雷撃は、先程と同じく無数の正六面体となって無効化された。

 反則じみてるだろ、こんなの……!


「えっ……!?」


 更に、シトリーの属性化すらも無効化されたのか再びシトリーが地面にふせった。


 せめてこの重力か、魔法の無効化のどちらかを無力化しないと勝ち目がないぞ……!

 なにか、なにか無いのか。


 なにか――



「ミナシロさん! その髑髏や!! そいつが提げとる髑髏に――」


 バラムがハッとした表情で、先程までは全く歯牙にもかけていなかったコーンさんの方を向く。


「魂が宿っとる!!」

「余計なことを――!!」


 炎弾が飛ぶ。

 大した威力ではないだろう。

 


 しかし普通の人にとっては、魔人の放つ魔法は致命傷になる。

 それは猛スピードで動けない俺の前を通り過ぎて行き、呪いで動きの鈍くなったコーンさんの元へと向かう。


 シモンさんがその前に立ち塞がり、両腕を体の前でクロスさせて防御態勢を取った。

 だが、そんなもので防げるものではない。


「逃げ――」


 もう間に合わない。




 炎弾が炸裂し、辺りがパッと明るくなる。

 音がなくなったのかと錯覚するような緊張感の中、俺は信じられないものを見た。


 シモンさんも、コーンさんも生きている。

 それも全くの無傷で。


 その代わりに――



 体の半分以上を吹き飛ばされた、シモンさんの記憶を移された自動人形がそこに立っていた。

 

「な……んで……」


 シモンさんが呆然と呟く。

 もうどうしようもない程に損傷している、と誰もが一目でわかるだろう。


 半分を失い、体を支えきれなくなった自動人形――偽モンさんがその場にガシャン、と虚しい音を立てて膝から崩れ落ちる。



「――ずっと後悔してたんだ」


 ノイズ混じりの声。

 

「裏切っちまったからよ……だから」


 その目からは涙が流れていた。

 自動人形なのに。


 記憶を植えられただけの、偽物ではなかったのだ。


 彼は。


「……お前らは生きてるんだ。生きて――生きて。全部終わらせてくれよ」


 そして。

 彼はもう二度と動くことはなかった。



「――くだらん話だ。儂が作り出してやった人形風情が。喰う魂もない、出来損ないの分際で涙など流しおって」


 バラムが歩いてコーンさんとシモンさんへ近づいていく。


「遊びは終わりじゃ。一人ずつ殺す」


 途中で動かなくなった彼を蹴り飛ばして。

 コーンさんを庇うように立つシモンさんの前で立ち止まる。


「まずは貴様からじゃ。コンスタン=ベッケル――死ね」


 

「死ぬのはお前だ」


 咄嗟に振り向いたバラムの顔面を思い切り殴り飛ばす。

 まるで濁流に翻弄される小枝のように奴の体が真横へ吹き飛ぶ。

 <滅びの塔>へ直撃して止まったバラムが驚愕に目を見開いてこちらを見ている。

 

「なっ……き、貴様、何故……」

「……!」

「一つ砕けてるってことはお前の残りの命ってことか?」

 

 バラムが首から提げていた3つの髑髏のうち、1つが砕けてなくなっている。

 バラムが素で俺の打撃に耐えたとは思えない。


 つまりそういうことなのだろう。


「図に乗るな!!」


 ズン、と体が重くなる。

 しかしそんなものは無視して前へ一歩足を踏み出す。

 そしてもう一歩。


 この感覚。

 覚えがあるぞ。


 ザガンを倒した時と同じだ。


「あと2回か? それともまだあんのか?」

「くそっ……くそっ……!! と、止まれ!! 止まらなければ貴様の仲間を殺す……ぞ……」

 

 バラムの体が震えている。

 今度こそ恐怖を感じているのか。


 目の前に立つ。

 逃げようとするバラムに思い切り前蹴りを入れる。


 手応えが無い。

 背後の<滅びの塔>に大きなヒビが入る。


「ま、待て。頼む、儂はまだ死ぬわけにはいかんのだ! ゆ、許してくれ! 許してくれ!!」


 髑髏は更に一つ砕けている。


「俺じゃねえ」


 もう一発。

 更に塔へヒビが入り、最後の髑髏が砕けた。


 奴はまだ生きている。

 

「あ……あ……ああ……!」

「お前が詫びる場所はあの世だろ」


 最後の一撃。


 それと同時に、滅びの塔も崩れ落ちた。

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