第327話:偽モン

1.


 

「皇帝は都内に別邸を持っている。お忍びで羽根を伸ばすための施設だ。軍でも一部の人間しか知らない」

「……シモンさんって軍にいた時はどんなポジションだったんですか?」

「コーンと似たようなもんだ」


 なるほど。

 つまり順当に行けば今頃中将なわけか。

 そりゃ皇帝の別邸くらい知っててもおかしくはないわな。


 

 というわけで、その別邸まで来た。


 別邸はとても一国の主が利用するとは考えられないほど、何の変哲もない一軒家だった。

 ただし場所がやや特殊で、雑木林のような場所の奥まったところにあるのだ。


「特殊な結界が張られてて、正しい道順を知ってなければ決してたどり着けない場所だ」

「その手の結界、何度か経験してますけど便利ですよね」


 色々応用が効きそうだ。


 で、肝心の別邸だが。

 少なくとも中から魔力は感じないな。

 俺はすぐにその判断を下したのだがレイさんが、


「ご主人様。中に人の気配があります。……二人です」

「……マジで?」

「はい、間違いありません」

「大したもんじゃな」


 シエルが感心したように呟く。

 どうやら彼女でも何も感じ取れなかったものをレイさんは察知したらしい。


 一応シトリーとウェンディの方を見るが、どうやら二人も何もわかっていないようだ。

 魔力とは別の何かで察知したのだろうか。

 

 流石にティナのスキルほどの精度と範囲ではないだろうが、人って極めるとそこまでできるものなのだろうか。

 <思考共有>をすればわかるのかな。


「どうしますか、マスター」


 ウェンディが指示を仰いでくる。


「……感覚からして、バラムがいるわけじゃないと思う。けど、このタイミングで皇帝の別邸にいる人物なんて怪しさ満点だよな」


 なるほど、とフレアが頷く。

 そして指を一本立てて、


「外から燃やしてしまいましょうか? お兄さま」

「…………」


 提案としては過激だが、万難を排して事に当たるのならばそれも一つの選択肢だ。

 俺が少し悩んでいると、レイさんがさっと俺の前に出た。

 それと同時に別邸の玄関扉が開いた。

 

 俺たちの間に緊張感が走る。

 何が出てくる。


 いきなり爆発する自動人形オートマタだっておかしくは――



「……は?」


 そんな間抜けを声を出したのは、残念ながら俺ではない。

 この場の誰よりもごつい体とごつい見た目をしている元帝国軍人こと、シモンさんだ。


 しかし彼の間の抜けた反応も仕方がないと言わざるを得ないだろう。


 なにせ、別邸の中から現れたのもまたシモンさんだったのだから。

 そしてのシモンさんは俺たちを見ると、くいっと顎をしゃくった。


「入りな」




2.




 俺はダンジョンに落ちたあの日から今日に至るまで、幾つもの不思議な体験や不思議な光景を見てきた。

 しかし今、その中でもかなりの上位に食い込む異様な光景を目の当たりにしている。

 

 視界の中に、姿かたちの全く同じ知り合いが二人いるのだから。


 流石に出された茶に手を付けることはできない。

 片方は――というか、俺たちと行動していない方のシモンさんは偽物だということが確定しているのだから。

 

 自動人形オートマタ

 コーンさんは鎧を着ていたからわかりにくかったが、こうして生身の人間を模倣しているのを見るともはや感心する程の域だ。


 全く違いがわからないぞ。

 部屋を出て戻ってきた時、入れ替わられていたらもうわからない自信がある。



「……一体どういうつもりだ」



 まず切り出したのはシモンさんだ。 

 ややこしすぎるな。

 偽物のシモンさんはニセモンさんと呼ぼう。


「どういうつもり……か」


 偽モンさんは呟く。


「どういうつもりなんだろうな。オレにもわかんねえや」


 自虐的に口の端を歪める。

 

「んだそりゃ……」


 それには流石にシモンさんも困り顔だ。

 というか、常に困り顔だ。

 目の前に自分がいるんだから仕方ないのだが。


 俺だってもし自分が目の前にいたら……

 どうしようね、マジで。


「……! そうだ! おいテメェ……というかオレ? コーンの奴をどこにやりやがった!」


 そういえば、偽モンさんがコーンさんを連れていると言ったな。

 ぱっと見、少なくとも部屋の中にはいないし魔力も感じないが……


「今は寝ている。結界で魔力が外に漏れねえようにしてるだけで、そこの部屋にいるぜ」


 そう言って親指で自分の裏を指す偽モンさん。

 シトリーたちに念話で確認してから、俺は代表して聞くことにする。


「それだけ聞くと、寝ているコーンさんを匿ってるように聞こえますけど」

「…………」


 偽モンさんは俺を見る。

 

「……そうだな。実際、匿ってるようなもんだ」

「爆発に巻き込まれてコーンさんは気絶しているとか、そんな感じですか?」

「いいや。オレが奴を刺した」

「――はい?」


 ガタンッ、と激しい音と共にシモンさんが立ち上がって偽モンさんの襟首を締め上げる。


「テメェ、今なんて言いやがった……! コーンの野郎を刺しただと……!?」

「そうだ」


 ガッ、と鈍い衝撃音。

 偽モンさんが吹き飛ばされ、壁に激突する。

 

「ミナシロ! こいつはやっぱり敵だぜ!!」

「……待ってください、シモンさん。敵なら刺したコーンさんを匿う理由がない」

「けどよ――」

「確かに、オレは敵だ」


 口を挟んできたのは、今しがた顔面を殴られた左頬が抉れて機械らしさが露出している偽モンさんだ。

 

「コーンはこの国で唯一、を見分けられる人間だ。その上で軍部に疑いを持っていた人間でもある。更に用心深く、実力もある。だからこそ奴が最も油断する人間の記憶で自動人形を作り、始末しようとした」

「それがオレ……いや、テメェってわけかよ」

「そういうことだ」


 偽モンさんは露出した機械部分に触れる。

 

 刺された上であの爆発に晒されれば、流石に常に鎧を身に纏っている人間と言えども生き残るのは難しいだろう。

 だが問題は、刺された上で爆発には巻き込まれず、今も生きているらしいということだ。


「つまり……コーンさんを助けたということですか? それも命令ですか?」


 俺の問いかけに、偽モンさんは首を静かに横に振った。


「違う。オレは命令に違反したのさ。理由は――本物オリジナルならわかるんじゃねえか?」

「…………テメェがオレなんだとしたら、いくら命令だろうとダチを殺せるかよ」

「つまりバラムの命令に逆らったと?」


 偽モンさんは頷く。

 ……マジかよ。

 言っていることが本当だとしたら、どれだけ意思の強い人なんだ。


「マスター。信じるのですか?」

「……どうかな。今のところは半々ってとこだな。全部マッチポンプって可能性もあるし」


 今ある情報だけを整理すると偽モンさんは自動人形と人間を見分けられるコーンさんを確実に処理する為に造られた自動人形で、その命令通りにコーンさんを刺したはいいけど恐らくそれくらいのタイミングで自我が芽生えて(?)彼を匿った、ということになる。


 あの爆発もあるし、バラムがコーンさんを始末したがっているというのは恐らく事実だ。

 しかし平時に中将を暗殺すればどうしても不自然になるので、戦時中に実行しようとしたとかそんな感じだろう。


 つまりそれから庇った偽モンさんの言うことは信用するに値する。


 

 ――というところまで俺たちが考えることを見込んだ用意周到な罠という可能性もやはり捨てきれない。


 だが、バラムがコーンさんを危険視していたというのが事実ならば本物のシモンさんが偽の情報を掴まされて偽物のコーンさんを救い出すことになった、というのも理解できる話だ。


 なにせ、コーンさんもそうだがシモンさんは強い。

 流石に俺たちには遠く及ばないとは言え、ゴールド級の冒険者と比べてもかなり上位……つまり俺たち基準で言えば、一級探索者の中でも上澄み側だ。


 他の中将や大将がどれくらい強いのかはわからないが……恐らく、それらと比べても上の方だろう。


 そんなシモンさんが本気でコーンさんを救い出す為に本物の軟禁場所に特攻をかけてくれば厄介なことになるのが目に見えている。

 

 断片的な情報が合わさっていくような感覚。

 しかしそれら全てが嘘――あるいは罠である可能性もやはり捨てきれない。


「信じきれないだろうな」


 偽モンさんは目を閉じて言う。


「ここでオレを破壊しても構わねえ――そう言いたいくれえだが、せめてコーンが目を覚ますまでは待ってくれねえか」

「……何故です?」

「コーンは事情を把握してねえ。あいつはダチの言うことを疑うような奴じゃねえが、本物オリジナルがこの後あいつと気まずくなっても申し訳ねえからな」


 見れば、シモンさんは難しい表情をして偽モンさんを睨んでいた。

 どうするのが正解かなんて、わかるわけがないだろう。


 本人ではない俺でもわからないのだから。



「――その必要はないかと」


 レイさんが呟く。


「へ?」

「そうでしょう?」


 レイさんは先程偽モンさんが指さしていた扉の方を見る。

 するとその扉がひとりでに開き出す。


 いや、向こう側にいる人が開けたのだ。

 もちろんそこにいるのは――



「いやぁ、バレてもうてたか」



 全身を禍々しい鎧で包んだ関西弁の男。

 いつからか、息をひそめて話を聞いていたのだろう。


 全く気づかなかったぞ。

 


「コーン……」


 偽モンさんが驚いたようにコーンさんを見て膠着する。


「なんやおかしいとは思ってたんや。刺されたは刺されたけど、急所ちゃうかったし。そもそも本物のシモンはもっとアホ面やし」

「ああ!?」


 本物の方が反応する。


「……刺されたのは大丈夫なのかよ?」

「大丈夫や。手当が的確やったからな。これもオリジナルとは違うとこやな」


 本物の記憶を持っているのだからシモンさんも出来るはずなのだが、多分これはコーンさんなりに場を和ませようとしているのだろう。


 コーンさんは偽モンさんの方へ歩いていく。

 そして、その肩をポン、と叩く。


「ミナシロさん、事情は聞いとりました。どうか、こいつを許してやってください。もちろん、タダとは言いません」


 そして、コーンさんは兜を外す。

 短く切り揃えられた坊主頭に、ツリ目気味ではあるが思っていたよりもずっと優しそうな目の男性がそこにはいた。


「ワイの呪いは自動人形とそれ以外を見分けることができるらしい。いくらでも使ったってください」

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