第325話:約束を
新たなワープゲートが開き、再びそこから赤茶髪の男――キュムロス=ロンドが現れる。
冷めきった目でこちらを見て、
「これでようやく三度目。貴様の魔力も無限にあるわけではない。この後のことを考えれば、これ以上の無駄遣いは出来ないのではないか? 召喚術師よ」
「まだまだ余裕に決まってんだろ」
実際、余裕は余裕だ。
後数百回同じことを繰り返してもまだ大丈夫だろう。
だが、1000回もつかは分からない。
その前になんとかするしかないのだが――
「まさか完全に動けないよう、氷漬けにしても駄目とは思わなかったわ」
「気絶しても駄目だったしね……」
二度目はスノウが氷漬けに。
三度目はシトリーが電撃で気絶させた。
それでも奴は新たな体で何度でも現れる。
要はこちらで殺さずとも、あちらで意識を切り替えることができるのだろう。
厄介な話だ。
「……お前、名を馳せた強い剣術家だったんだろ。ダンジョンを見つけて、その名前がダンジョンにつく程の」
親父たちを見つけたダンジョンは<キュムロスダンジョン>という名前だった。
木の化け物――トレントと呼ばれるモンスターが出るところだ。
「それがどうした」
「何度も負けて、蘇るような戦い方でいいのかよ。何のために強くなったんだ」
「強さに理由などない」
「いいや、あるね。俺は大勢を守る為に強くなりてえんだ」
キュムロスはその言葉を聞いて、目を見開いた。
何か驚くようなことなんてあっただろうか。
「目的を達成する為に手段を選ぶような生温い覚悟では、世界など救えんぞ」
「……なんだと?」
新たに現れた四人目のキュムロスは剣を抜く。
「例えば現在この世界に存在する<楔の塔>。わざわざ長を説き伏せた上で破壊せずとも、直接破壊へ向かえば良い。国からの妨害を物ともしないだけの力が貴様たちにはあるはずだからな。その上で、貴様の世界を守る上で利用したいのならば力で支配すれば良い。簡単な話だろう」
「……そんなのは御免だな」
「力を持つ者は傲慢でも許される。故に
「偶然そこにあっただけの力でそんな偉そうにできるかよ」
「それが生温いと――」
キュムロスがこちらに向かってダッシュしてきた。
パターンとして、俺がまず剣を受けるなり攻撃するなりして隙を作り出すというものがある。
当然、俺がそれを受け止める。
ガキーン、と。
甲高い音が鳴り響く。
鍔迫り合いの中、再び口を開く。
「――言っているのだ。非情にならねば成せぬ事もある」
「それを決めるのはお前じゃねえ。俺と、俺の仲間だ」
「その仲間の力が足りていないと言ったら?」
ギンッ、と鈍い音を立てて剣同士が弾かれる。
念話で皆に攻撃の手を一旦緩めるように伝える。
……ただの勘だが。
こいつ、何かを伝えようとしているのか?
「仲間の力が足りてない? シトリーに瞬殺されたどの口が言うんだ」
「金色の精霊か。しかしその力はセイランには及ばない。どころか――吾の考えていることが正しければ、貴様らが来るべき時に戦うベリアルにすら通じない」
「……こっちにも切り札はあるぜ」
「今この場でその切り札を切れない理由は正しく戦力不足だから、だろう」
……痛いところついてくるな、こいつ。
キュムロスの言っていることは正しい。
俺たちに現在最も足りていないのは戦力――
それも、もっと正確に言えば俺の魔力に依存しない戦力だ。
現状、最大戦力は四姉妹とシエルの5人。
しかし四姉妹は俺がいなければ最大の力を発揮できないし。
無制限に活動できる最大級の戦力と言えるのはシエルだけなのだ。
いや、そのシエルにも魔力の自力回復ができないという制限がある。
ルルや未菜さんもいるにはいるが、現状<思考共有>無しで戦ってもらうにはリスクが高い。
彼女たち以上の戦力を持ちつつ、俺の魔力と関係なしに自由に動ける人材がいれば。
例えばこの場はそいつに一旦任せて、先へ進むことができる。
その後に戻ってくれば良いのだから。
ワープゲートでいつでも移動できる相手に時間制限付きの<思考共有>や<フルリンク>を使うのはリスクにしかならない。
せめてバラムまで取っておきたい。
トドメを刺すのはレイさんとの<思考共有>にしても、それ以前に四姉妹たちやシエルとのそれが必要にならないとは限らないのだ。
「正義とは貫き通して初めて正義と呼ぶ。正義を貫く力を持つ者が、初めて振りかざして良いものが正義だ」
「……じゃあお前にとっちゃセイランが正義なのか?」
「勝った方が正義だ」
「…………シトリー」
「へ?」
会話の中で突然名前を呼ばれたシトリーがちょっと間抜けな返事をする。
「結界を張ってくれ」
「別にいいけど……多分それじゃこの人の記憶の移動は防げないと思うよ?」
だろうな。
そんな簡単な解決方法なら苦労はしない。
というより、最初にフレアとウェンディ、シエルの合せ技で閉じ込めたあの魔法は簡易的な結界のようなものだ。
あれをすり抜けられる時点で結界にその手の効果は期待できない。
「いいから、やってくれ。範囲は俺と――」
キュムロスを見る。
「こいつが二人、戦えるくらいでいい」
「悠真ちゃん、もしかして一人で戦うつもり?」
「ああ」
「……駄目。悠真ちゃん一人じゃ――」
「頼む」
「…………」
「大丈夫。絶対に勝つから」
シトリーは何を考えているのか、目を少し閉じた。
そして俺を真っ直ぐ見る。
「……わかった」
「悪いな」
不可思議な紋様の描かれた黒い板のようなものが、俺とキュムロスだけを囲う形で現れる。
広さは……体感、ボクシングのリングくらいかな?
これだけあれば十分だろう。
「どういうつもりだ? 貴様一人では吾には勝てんぞ」
「思わせぶりなことばっかり言いやがって。大方、聞かれちゃまずいことでもあるんだろ」
「何が言いたい?」
「お前も現状に満足してるわけじゃねえってことさ」
キュムロスはじっと俺を見る。
どういう感情なのかまでは判断できないが……
「何故そう思った」
「男の勘だ」
「……聞いていた通り、暑苦しい男だな。貴様は」
キュムロスは剣を構える。
「吾の素体に刻まれた命令は結界程度では断絶できん。話を聞きたいのなら、長く生き延びることだ」
「そりゃこっちの台詞だ。早々にやられて中途半端な話聞かせるんじゃねえぞ」
剣を打ち付け合いながら、キュムロスは話す。
「貴様は確かに強い。そして仲間がいれば強くなる人種だということも理解できる。だが、貴様にはその仲間が足りん」
「…………」
激しい剣戟。
ちったぁ手加減しろよと言いたくなる猛攻だ。
俺一人では勝てないと言っていたのも頷ける。
細かい切り傷が体に増えて行く。
「……だいぶ大勢いる方だと思うけどな、これでも」
「貴様が一人倒れれば、全てが瓦解するぞ。それではベリアルには勝てない」
「じゃあどうしろって言うんだよ」
「探せば良い。最後の塔を破壊する前に、ダンジョンの奥を目指せ」
「……ダンジョン?」
「そこに、吾が世界最強の剣士と呼ばれた理由がある」
ギンッ、と鈍い音を立ててキュムロスが持っていた剣が折れた。
しかしそのまま素手で襲いかかってくる。
「どういうことだよ」
「貴様が自分の目で確かめよ。生きていれば、だがな」
「まだ死なねえよ」
剣と素手ではリーチが違いすぎる。
相手の方が力量では上とは言え、その差は埋められない。
俺の一撃が奴の右腕を切り飛ばした。
「……ベリアルは何を狙ってるんだ」
「奴はセイランと肩を並べたいと思っている。もしそれが実現すれば、今の貴様らでは絶対に勝てん。良くて相打ち。だからこそ、強力な仲間が必要なのだ」
「まさかそれがお前だって言わないだろうな。助言してもらってるとこ悪いが、俺はお前を許す気はないぜ。シトリーたちの世界を襲ったんだろ」
「吾は死者だ。それに、今更赦してもらおうとは思わん。貴様を見ているうちに思い出せたから、約束を守ったまでだ」
キュムロスはその場に膝をつく。
「さぁ、殺せ」
「……それができたら苦労しねえよ」
「貴様ならそれができるはずだろう。あの塔を消し飛ばせるのだから」
――そうか。
同じ意識は同時に存在できない。
その上、記憶を引き継いでいる。
つまり――
「礼は言わねえぞ。感謝もしねえ」
「それで良い。吾は――忘れていた友だった者との約束を守ったまで」
俺は詠唱を始める。
「巡る力へ命ずる 手中に収めし魔の力よ 我が意に従い――」
そこで一旦俺は詠唱を中断する。
何故この空間へこいつを引きずりこんでまで話を聞きたいと思ったか。
それはとある男のことを思い出したからだ。
「……なあ、お前の友ってのはもしかして……」
「巡り会えるかどうかは、吾の知ったところではない。だが、吾と違って奴は約束を違えるような男ではない」
「…………そうかよ」
なら、やってやるさ。
お前の言った通り、ダンジョンの奥を探してやる。
まずはバラムを倒してからだけどな。
「――我が意に従い 彷徨う魂を焼き尽くせ」
白い球体がキュムロスの体を包み込む。
「ホワイト・ゼロ」
そして、消えた。
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