第324話:最悪の相手
「み、ミナシロ。なんなんだ奴は?」
その異様な現れ方と雰囲気に飲まれたシモンさんが訊ねてくる。
「あいつは……キュムロス=ロンドという男です」
キュムロス=ロンド。
こちらの世界に初めて来てすぐ、親父やガルゴさん、シエルをセイランと共に襲った赤茶髪の剣士。
激怒したシトリーに殺され、死者蘇生ができるようなことを言っていたセイランにも見捨てられていた。
何故それが――生きて、ここにいる。
「なんで……生きてるの」
シトリーが底冷えするような冷たい声で問いかける。
ピリピリとした殺気が今にも爆発しそうだ。
「その問いへ正確に答えることは難しい。何故なら
融通の効かなさそうな男だとは思ったが、どうやら見た目通りの性格らしく回りくどい返答だ。
相手は得体の知れない存在。
以前こそ瞬殺できたものの、一人で飛び出したりしないようにさりげなくシトリーの前へ出る。
「生きていないってのはなんだ。死んでるのにここにいるってか?」
「ここに立っているのは吾を記憶で再現したものに過ぎない。ベリアルが何かをしたのだろう」
ベリアルのことを知っているのは当然の話か。
こいつも奴もセイランの配下のようなものだしな。
そしてこの件に関わっているのはベリアル、か。
記憶で再現と言えばバラムだ。
ベリアルのかつての同僚――バラムに記憶かなにかを再現(?)させて、死んだ同僚……つまりキュムロス=ロンドを擬似的に蘇生させた。
そう考えるのが妥当なラインだな。
それに、この妙な気配。
恐らく――
「ウェンディ、この男から魔力を感じるか?」
「……いえ、全く。魔力が覚醒していないのか、先天的に持っていないのか、或いは……」
「こいつからは四天王と似た力を感じる。あの時は魔力もあったはずだから、前とは別モンだな、こりゃ」
見た目と中身が同じでも、質が違うと言うべきか。
魔力があった方が強いのか、魔人が持つような妙な気配を纏っている方が強いのかまではわからないが――
「悠真ちゃん、どいて。もう一度、今度こそ――」
「シトリー、落ち着……」
俺が声をかける前に、動いた人物がいた。
ウェンディだ。
「駄目です、落ち着いてください」
「うひゃあっ!?」
普通に声をかけるだけではなく、何故か後ろからおっぱいを鷲掴みにして。
シリアスな表情をしていたシトリーが顔を赤くして振り返る。
「うぇ、ウェンディ!?」
「怒っているのは姉さんだけではないのです。私たちも、もう思い出しているんですよ」
「……!」
シトリーがハッとしたような表情を浮かべる。
スノウとフレアも頷く。
そうか。
もうシトリーは一人で怒りを背負い込む必要はないんだな。
「そのまま一人で向かってきてくれていれば楽だったのだがな」
キュムロスが呟いて、剣を抜いた。
奴本人からはともかく、あの剣からは明らかにやばい魔力を感じる。
ちゃんと覚えているわけではないが、恐らくシトリーが奴を殺した時に持っていたものとは別だろう。
「貴様も抜け。召喚術師」
俺はアスカロンから託された剣を持っている。
だが、積極的に使おうとは思わない。
これはいつか返すものだからだ。
というか、そもそも――
「お前、凄腕の剣士なんだろ。同じ土俵に上がって戦うわけねえだろ」
「なるほど、それも道理」
剣風が舞う。
シトリーが咄嗟に放った雷撃はあっさり斬り伏せられ、レイさんの目の前までキュムロスが到達した。
レイさんの鋭い蹴りを躱した奴は、続けざまに放たれたウェンディの風を纏った手刀も躱す。
凍り付く足元を跳んで回避し、己を巻く高温の炎も斬った。
その間にシエルがレイさんの腰の辺りを土でできた大きな手で引っ張って寄せ――ようとするが。
それよりも更に奴は速かった。
「まずは一人」
レイさんの頭へ迫る刃を、アスカロンから託された神剣で食い止める。
「抜いたな、召喚術師」
キュムロスの口元が歪む。
「テメェ……狙うならまず俺から狙いやがれっ!」
そのまま弾き飛ばすと、キュムロスは後ろに退いた。
「どのみち全員殺すのだから誰を狙っても同じだろう」
「だからと言って真っ先に女の顔を狙うかよ」
「そのような不要な思考はとうの昔に捨てた。この世は勝つか負けるか。吾はそう生きてきた」
「じゃあ大人しく死んでやがれ!!」
奴の懐に飛び込む。
フレアたちの魔法を捌き切るような化け物だ。
今の動きだけでも、初めて出会った時よりはるかに強いということがわかる。
今のこいつは下手すりゃ――というか、下手しなくてもバラムより強いだろう。
戦術や経験という点を無しで考えれば、過去で出会ったアスカロンと同等クラスと考えても過剰評価とは言えないだろう。
このレベルの戦力をぽんぽん生み出せるとは流石に思えない……思いたくないが、今はそれよりもなんとかしてこいつを倒すしかない。
俺の剣を受けたキュムロスへ再び雷撃が飛ぶ。
それを難なく躱し、俺は腹に蹴りを入れられて吹き飛ぶ。
剣術ができるんだから当然と言えば当然だが、こいつ体術も普通に一級品かよ……!
しかし俺を蹴り飛ばして隙を作り出したのが運の尽き。
炎と風の合せ技で強力になった魔法の檻が奴を包み、更にその上からシエルが空気を圧縮して蓋をする。
そしてそのままー
ばふっ、という音と共に、押し潰した。
「……やったか?」
フレアが頷く。
「手応えありです、お兄さま」
流石にあそこまで畳み掛けられれば、如何に剣の達人と言えどもひとたまりもないか。
魔人のオーラを纏っていたこともあって強敵ではあったが、流石に全員でかかればどうにもならないということもない。
「――ふむ、やはり強い。流石に精霊四人に加え、候補者が二人相手ではそう長くは保たないようだ」
「――は?」
ぐにん、と黒いワープホールが現れ、そこから男が現れた。
赤茶髪に禍々しい剣。
間違いなく、たった今倒した男。
キュムロス=ロンド。
「……どういうことじゃ。逃げる隙も与えなかったはずじゃが?」
「ああ、素晴らしい連携だったな」
シエルの言葉になんでもないように答えるキュムロス。
「仮にあの檻に囚われていなくとも、氷に捕まえられて同じ結末を辿っていたのだろう。文字通り隙はない」
――そうだろう。
あの連携から逃げられるはずがない。
そもそも格段に強くなっているのは間違いないとは言え、恐らくだがシトリーたちの力を大きく上回ってはいないはずだ。
そうでなければ攻撃を躱したりする必要はないのだから。
あくまでも全員でかかっているのはそれぞれの消耗を抑える為。
「どういう絡繰りだ?」
「……簡単よ。殺したら、また生き返ったんでしょ。それ以外に考えられないわ」
スノウが言う。
まさかそんなはず。
いや、しかし状況から考えればそれ以外には……
「白い精霊の言う通りだ、召喚術師よ。吾の素体が後1000体ほど残っている。意識は一体ずつしか覚醒できない故、吾一人で相手しているが――貴様の無尽蔵の魔力。あと何体の吾相手に持つかな?」
……おいおい。
今までで最悪の相手だぞ。
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