第323話:本物と偽物

1.



「なあ、ミナシロ」

「なんです?」

「コーンのことを疑う気持ちもわかる。それに、不安要素を残しておける程余裕がねえのもわかる。けどよ、オレはあいつを信じてんだ」

「…………」


 爆発音が轟いた市街地へ、魔力を隠した状態で目立たず移動する為に走っている間にシモンさんがそんなことを言い出した。

 シモンさんとコーンさんは昔からの友人――親友だそうだ。


 信じたい気持ちもわかる。

 だが……


「普段接しているうちから偽物と言っておるわけではない。コーンとわしらが関わりを持っていることは恐らく相手も分かっておるじゃろ。じゃからこそ今は怪しいと言っているんじゃ」

「けど……仮にそうだとしてもあいつはコーンの記憶を持ってるんだろ? そんな奴がオレらに不利益になるようなことするわけねえ」


 それに対してシエルが反論する。


「バラムの制御できる自動人形じゃぞ。奴は記憶を弄った上でコピーできる。そうでなくともこちらの情報が筒抜けになっている可能性だってあるんじゃ」

「……そうかもしれねえけどよぉ……」


 熊みたいな図体の大男が下手すりゃ小学生にすら見えるくらい幼い見た目の少女(ロリババア)に論破されている図はなかなか見れないものではあるが、流石にここまで来るとちょっとシモンさんが可愛そうになってくるな。


「一応コーンさんは保留だってだけですよ。疑いきってるってわけでもないです」

「……ちなみにじゃがシモン、おぬしはコーンを軟禁状態から救い出したと言っていたが、あの鎧の下を見ておるのか? 中身が全く違う奴だという可能性はないのか?」

けどよ……でもあの喋り方っつうか、なんとなく雰囲気がよ……魔力だって間違いなくコーンだし」

「確かに、呪いの気配は感じたわね」


 スノウがぼそりと呟くと、シモンさんが食いつく。

 そういえば、ベヒモスの時もスノウはコーンさんを見て呪われていると言っていたな。

 呪いってわかりやすいのだろうか。

 俺は全然わからなかったが。


「だろ!?」

「まあ、そんなのは魔力を多少いじれば雰囲気の再現くらい誰でもできるわよ」

「それは……そうだけどよ……」


 結局のところ、コーンさんが怪しいことに変わりない。

 とは言え。

 シエルの言った通り、今までシモンさんが友人として付き合ってきたコーンさんが自動人形……というわけではないだろう。


 自動人形が違和感なくその人物を演じられるのは2年間が限界らしいし、鎧を着ている状態とは言えそれこそ友人のシモンさんを誤魔化し続けられるとは思えない。

 

 まあやはり、現在待機してもらっているコーンさんが本物かどうかは判別できないのだが……


 

 ――と。

 

 走っているうちに、大通りへ出た。

 先程の爆発の影響だろうか、人々がとある方向から逃げてきている。


 恐らくそちらが爆心地なのだろう。

 そんな中で、如何にも肝っ玉母ちゃん、みたいな感じの小太り気味のおばちゃんがこちらを――具体的にはシモンさんを見て声をかけてきた。

 


「あ、シモンさん! まだこんなところにいたのかい! 早く逃げないと!」

「お、おお、オバちゃん。オレは大丈夫だ。さっきの爆発音はどこから?」

「何言ってんの! あんたさっきそこにいたじゃない!」

「……へ? な、何言ってんだ? オバちゃん」

「何言ってんだって、あんたがさっきコーンくんを抱えて逃げてたんじゃないのさ! なんで戻ってきてるんだい!?」


 シモンさんが困惑した表情でこちらを振り向いた。

 いや、困惑してるのはこっちなんだけど。




2.



 現地はひどい有様だった。

 俺たちは既に何度か見ているので、一目でわかる。

 

 これは自動人形による爆発での破壊だ。

 そして。


 それに、多くの人々が巻き込まれている。

 何人かまではすぐにはわからない。


「うっ……」

「お兄さま、大丈夫ですか?」


 思わず吐き気を催した俺にすかさずフレアが駆け寄ってきて治癒魔法をかけてくれる。

 

「これ……は……」


 落ちているの一部を見て、シモンさんは呟く。


「……将校位の人間が身に着ける服だ」

「ということは、犠牲になったのは将校クラス、と見て間違いなさそうじゃな」


 シエルが冷静に分析する。

 

「自分で操れる自動人形がいれば将校なんて要らんからのう。纏めて始末した、というわけじゃろ」


 シトリーが首を傾げる。


「じゃあ、シモンさんがコーンさんを連れてた、っていうあのの言ってることはどういうことなのかしら?」


 それにウェンディが答える。


「幾つかの可能性が考えられます。一つはあの方の見間違え、或いは思い違い。そしてもう一つは、コーンさんをのシモンさんが連れ出した、という可能性」

「ま、待ってくれよ! てぇことは、オレが助け出したコーンは……」

「十中八九、偽物の方でしょうね」


 ウェンディがあくまでも平坦に答える。


「シモン。おぬし、どこでどうやってコーンが軟禁されている場所を知った?」

「そ、そりゃ昔の伝手を色々使って……」

「そこでコーンの居場所を探っていることが相手にバレたんじゃろ。それで偽の情報を流し、偽物のコーンを救出させた。そのコーンとおぬしが一緒にいればわしらが接触してくるのも明白じゃしな」

「ま、まさかそんな……」


 シモンさんは狼狽えるが……

 シエルの言った説がかなり正しそうだ。

 もちろんこれはバラムが自動人形から情報を得られるという前提の元で立てられた推測ではあるが、恐らくこれも間違えてはいないだろう。


 となると……


「少なくとも偽物のコーンから離れるまでのこちらの動きはバレている、ということになるのう」

「それに、のシモンさんがのコーンさんを連れ出した理由も気になります」


 つまり、だ。

 整理すると、コーンさんもシモンさんも本物と偽物とで二人ずつ存在していて。

 

 本物のシモンさんは、偽情報に騙されて偽物のコーンさんを実力行使で救い出した。

 そしてその偽物のコーンさんに自覚があるかないかは不明としても、恐らく俺たちと接触した時点でこの国に侵入していることは人数まで含めて完全にバレている。

 こうなればレイさんには隠れたままでいた方が都合が良かったかもしれないが……


 まあ、爆発音で目覚めてしまったのなら仕方ない。

 というか、鎧越しで確認はできなかったがもしかしたら自動人形には入眠魔法が効いていなかった可能性すらあるからな。


 そして偽物のシモンさんは、何故かコーンさんを連れている。

 爆発に巻き込まれていればコーンさんも恐らく死んでいたことから考えると、その狙いは謎だが……


 うーむ。

 本当に謎だな。


 確定事項は本物のコーンさんがここにいたということ、それを偽物のシモンさんが連れ出したこと。

 

「……シモンさん、貴方の偽物が敢えてコーンさんを連れ出す理由って、何か心当たりあります?」

「……わからねえ」


 まあ、そうだよな。

 本物だと思って救い出したコーンさんがほぼ確定で偽物だという状況証拠まで出てきて放心状態の彼にこれ以上問いただすことも難しいだろう。


「とりあえずはこの場から離れるのが先決じゃろうな……む?」

「……マスター、お下がりください。妙な気配があります」

  

 ウェンディとシトリーがすっと俺の前に出た。

 そして、次の瞬間。


 俺たちから少し離れたところに、黒いワープゲートのようなものが生まれた。

 そこから――



「なるほど、われの記憶を冥府より呼び出し何をしたいのかと思ったが――まだ貴様らは生きていたのだな。つまり、あれからさほど時は経っていないと見える」


 赤茶色の短い髪をした、融通の効かなさそうな雰囲気の偉丈夫。

 腰には禍々しい魔力を感じる剣を提げ、こちらを睨んでいる。


 

 どこかで見たことがある。


 いや、違う。

 忘れるはずがない。


 俺が親父を異世界で見つけた時、あの女――

 セイランと共にいた男だ。


 確か、名前は……



 ぞっとするような殺意を裏から感じた。

 シトリーだ。


 と同じく、珍しく怒りを剥き出しにしている。

 彼女をよく知っているスノウやフレアですら、一瞬たじろぐ程に。

 男は名乗る。



「吾はキュムロス=ロンド。冥府より呼び出されし剣士。仮初の主の命に従い、貴様らを殺す」

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