第322話:白か黒か

「いやあ、無事で良かったもんや。生きてたか死んでたかすら分からんかったもんやから、ワイとしても気が気でなかったんですわ」


 宮廷の大爆発の後。

 人々がちらほら集まりはじめていたので、シエルとシトリーの二人がかりで気配消しの魔法をかけてこそこそとコーンさんとシモンさんの魔力を感じる方向へ来たのだ。


 ここは宮廷から東へ2km程離れたところにある裏路地の、木造の小屋。

 俺たち6人と、コーンさんたち2人入ってもそこまで手狭に感じないので小屋という程のものではないかもしれないが……


 どうやら帝国がきな臭い動きをし始めた時から、シモンさんとコーンさんとで上層部から身を躱す為の潜伏先を考えていたらしい。


 いつも通り全身を禍々しい鎧で覆ったコーンさんと相変わらず厳ついシモンさんたちと情報を共有する。


「既にラントバウとハイロンへ帝国軍が攻め込んでいることはご存知ですよね?」

「ええ、そりゃもちろん」

「軍の動きも慌ただしいからな。軟禁されていたコーンを連れ出すのも一苦労だった」


 軟禁。

 そういえばそんなことを言っていたな。


「大丈夫だったんですか?」

「実のところ、オレはそこそこ戦える。あんたら程ではないがな」


 つまり武力行使で無理やりコーンさんを連れ出したわけか。

 わざわざ隠れ家にいる辺り、彼らも軍からはマークされていると考えて良いだろう。


「一か八か、リスクを冒してでも魔力を探知できるレベルまで解放した甲斐がありましたわ」


 そう、あの爆発音の後でコーンさんとシモンさんは俺たちが気づけるよう、一瞬だけ魔力を解放したのだ。

 偶然俺も周りの魔力を探っていたタイミングだったので、偶然と偶然が噛み合った結果とも言える。

 まあ、俺が気づいてなくても誰かしらが気づいていそうではあったが。


「本当に助かりました。一応こっちでは尾行とかはいないはずです」

「そこはもちろん信用してますわ。で、ここからどうするつもりですのん?」

「……コーンさんは侵略開始後に皇帝に会った、もしくは皇帝を見たりしましたか?」

「? いや、全くないですわ。滅多にワイらの前に姿を現す人でもないし」


 しかし、シモンさんが口を挟む。


「オレは見たぞ。コーンが捕えられている間、皇帝がどこかへ向かって出陣していった。パームの町中を仰々しい行列を作り出してわいわいやってたからな」

「その時の皇帝を見て何か違和感とかは?」


 ごつい腕を組んで考え込むシモンさん。


「違和感……? 戦争に行く時特有の緊張感は多少感じたが、それ以外は特に何もねえな」

「皇帝に何かあるんです?」


 コーンさんの確認に俺は頷く。


「実は、俺は皇帝が死ぬ瞬間を見てるんです。それもラントバウやハイロンへ侵攻する前に」

「……んなアホな」

「確かにオレが見たのは皇帝本人だったぞ……?」


 流石に信じられないようで、どちらも半信半疑……いや、半分も信じてないくらいの反応をする。

 しかし――


「俺の目の前でザガンという魔人にやられてました。皇帝に最近付いていたという二人の内、大柄な方です」

「じゃあ、シモンが見た皇帝はなんやったんです?」

自動人形オートマタですよ」


 その一言で何が起きているかは理解したらしい。

 二人とも驚愕に目を見開く。


「……完全に人を真似られるいうことかいな」」

「てぇことは、今のオレたちですらあんたらにとっちゃ本物かどうかわからねえんだな?」

「えっ、ワイらは本物やって!」

「この人らにとっちゃわかんねえってことだ。特にお前なんてずっと鎧着てるし、ニセモンと入れ替わっても全然わかんねえぞ」

「ええー、そりゃひどい……でも鎧外すわけにもいかへんからなぁ」

「今外しても結局わかんねえだろ。素顔を知らねんだから」

「ほなどうしろっちゅうねん」

「今は信じてもらうしかねえな」


 しばらく二人の会話を聞いて、俺は少し考える。

 今のシモンさんとコーンさんが偽物――自動人形の可能性はどれくらいあるだろうか。


 いや、考えるまでもない。

 どう少なく見積もっても5割だ。


 今の俺たちにそれを判断する術はない。

 普通なら、だが。


「確認する方法が一つだけあります。コーンさんとシモンさんの記憶を覗くんです。そうしたら自動人形かどうか、俺たちは確認することができる」

「記憶を覗く……?」


 シモンさんがぴくりと反応する。


「んなことができるのか?」

「はい。それで100%自動人形かどうかわかります。入眠に使える魔法があるので、それを使って意識を飛ばしてもらっている間に調べます」


 ちなみにこの魔法は綾乃が作った。

 マジで便利だよな、幻想ファンタジアって。


「どこまで記憶を読み取るんだ?」

「全て、ですね」


 生まれから死ぬまで全て。

 レイさんいわく、必要な情報をある程度取捨選択してダイジェストのように流れていくようなイメージらしい。


「……なるほど。オレは構わねえが……」

「すんません、ワイはそれちょっと……」


 コーンさんがそろそろと手を挙げた。


「この鎧、あらゆる魔法を弾くようにできてるんですわ。かと言って脱ぐわけにもいかへん。呪いのせいで暴走してまう。あんさんらならワイのことなんて難なく鎮圧できるやろうけど、それでも魔力が吹き出るのは抑えきれられんやろうし」

 

 これにウェンディが反応する。


「問題ありません。結界を張りますので、魔力は一切外部に漏れずに行動できます」

「そう言われても……」


 コーンさんは渋る。


(もしかしてコーンさんのこと疑ってるか?)

(はい、マスター。8割……いえ、9割以上の確率で目の前にいる彼は偽物だと思います。場合によっては、シモンさんも)


「……ワイ、疑われてるよなあ」

「だろうな」


 コーンさんの落ち込んだ声に、シモンさんが冷静に返す。


「わかりました。ワイの記憶も覗いてください。ただ、呪い関連の記憶は刺激が強いから――そこはなるべく覚悟してくれると助かりますわ」

「わかりました」


 俺が頷くと同時に。

 シトリーが指をパチン、と鳴らした。


 次の瞬間、コーンさんもシモンさんも、二人共が糸が切れたように意識を失う。

 

 そして、で隠れていたレイさんを中へ招き入れる。

 当然、事前に彼ら二人が自動人形である可能性は考慮していた。


 だから最も暗殺に長けているレイさんには、二人の意識外――外で待機してもらっていたのだ。


「レイさんの目から見てどうだった?」

「顔や仕草の見えないコーンさんはともかく、シモンさんは信用できるかと。少なくとも、現状でご自身が自動人形だという自覚は持っていないように見えました」

「ま、真相は実際に記憶を覗いてみればわかるわよ」


 スノウの言葉に、レイさんは頷く。


「では、まず彼の方から――」


 レイさんはそう言ってまずシモンさんへ近づく。

 コーンさんの方が怪しいからこそ、後回しにするのだろう。

 黒である可能性が高いコーンさんが実際に黒だということが確定すればなんらかの対処はせざるを得ない。


 しかし黒であるということはバラムとの繋がりがあるということ。

 仮にシモンさんもそうであった場合、厄介な状況になりかねない。


 逆に白っぽいシモンさんには何もないとわかれば、コーンさんへ集中できるし、黒なら黒で元々警戒しているコーンさんへの対応の仕方もある。

 

 で、しばらく待って結果は――



「……ご主人様、シモンさんです。自動人形として記憶を植え付けられてもいませんし、今までわたくし達に対してただ一つの嘘をついてもいませんでした」

「ふぅ……」


 良かった。

 知り合いが自動人形かもしれないというのは思っている以上の重圧だな。


「問題はそっちコーンじゃな。とは言え、レイの言う通りシモンが人間なら、そのシモンが助け出したコーンも同じく人間の可能性が少しは上がったとも言えるが――」


 シエルがそう言っている間に。

 


 ウェンディが何かに気づいたように、窓の外を見た。

 その直後。

 

 遠くから凄まじい爆発音が轟く。

 まるで巨大な爆弾でも降ってきたのかと思う程の音だ。


「んがっ!?」

「うおう!?」


 その衝撃で、特に強い睡眠作用のない魔法ということもあってシモンさんとコーンさんが目を覚ましてしまった。

 もう一度魔法をかけ直して記憶を読み取るのも有りだが、この爆発は……


「な、なんだなんだ、何があった!?」

「なんや今の音は!」


 流石に行かないとまずそうだな。

 だが、人間であることが確定したシモンさんはともかく、そうでないコーンさんと二人きりで置いておくのは少し不安が残る。


「……シモンさん、道案内を頼めますか。コーンさんはここで待っていてください」

「な、ワイも――」

「コーン。おぬしの記憶はまだ読めとらん。つまりおぬしは信用できん。じゃからここに残れと言っているんじゃ」

「うっ……」


 恐らくはこの場で最も発言力のある(コーンさんやシモンさんにとって、だが)シエルの言葉に、コーンさんはぐっと押し黙る。


「てことは、オレは潔白だって証明できたんだな?」

「はい」

「そのオレがこいつも潔白だと言っても駄目か」

「…………」


 駄目だ。 

 無用なリスクを負うべきではない。

 俺の表情を見て悟ったのか、シモンさんは目を瞑った。


「……そうだよな」


 そして。


「案内する。ついてこい!」


 コーンさんの方をちらりと振り返ってから、隠れ家を飛び出して行くのだった。

 俺たちもそれについて家を出る――直前に。


 俺も後ろを振り返って、コーンさんの方を見る。

 鎧越しだが、所在なさげに立ち尽くす彼が自動人形とは、とても思えなかった。

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