第321話:正体

1.sideコンスタン=ベッケル




 顔を洗って、鏡を見る。


 長く他人には見せていないコーンの素顔がそこに映っている。


 鎧を長時間着用する都合上丸刈りにした頭。

 切れ長の細目は若手時代、鎧を着るようになる前は何を考えているかわからない蛇のようだと評されていた。


 周りが虚像――敵に見える呪いは、自分自身には作用しない。

 あくまで他人がそう見えるだけだ。


 

 ――まあ、何を考えてるかわからん度合いで言えば今のが上なんやろなぁ。


 正確に彼の心情を読み取ることができる人物など、軍への入隊以前から付き合いのある親友――シモンくらいだろう。

 


「……ワイ、盛大にしくじってるんやろなあ、これ……」


 セフゾナズ帝国中将のコーンがそう悟ったのは、帝国軍がラントバウやハイロンに攻め込んだその日の夜のことだった。


 待機所で待てと言われ、見知らぬ宿へ案内され――既にそれから何日も経過している。


「皇帝さんも随分大胆なことしてくれるやないか。まさか戦争をやるのに将校をほぼ全員国に置き去りにするとは――」


 シエル=オーランドの連れだという、皆城 悠真という青年のことを思い出す。

 戦争が始まってしまっているというコーンの認識上、悠真は失敗したということになる。


 ザガンとの死闘の後から、悠真に関する情報は全く入ってきていないのだ。

 現在生きているのかどうかすら知らない。


 宿には大抵なんでも揃っている。

 何かほしいものがあれば、平の兵士に頼んで用意してもらう。


 つまり外に出られないようになっているのだ。


 現在将校クラスが戦場に出ていない理由は、なるべくラントバウやハイロンの戦力を削った後に全戦力を投入する為――ということになっている。


 しかし現実は違う。

 中将という立場にいながら帝国の方針に疑問を持っていたコーンは、全容を掴むまでには至らずとも自動人形オートマタが軍事利用されることを知っていた。


 恐らくは運用が危険で難しい兵器を使わせたり、強力な爆弾かなにかを持たせて、敵国へ突っ込ませるつもりだろうということも。

 

 そんなものはもはや戦争ですらない。

 どうあっても帝国が負けることはないのだから、一方的な虐殺だ。


「戦争が始まる前に大将……いや、皇帝に直接進言すべきだったんやろか。そないなことできるかは怪しいラインやけども――いずれにせよ、どうにかして外部へ連絡取らへんとな。とは言っても、どうしたものか……」


 コンコン、と扉がノックされた。

 ……なにか戦況の報告だろうか。


 そう考え、コーンは扉の外へ声をかける。


「ちょお待ってや。今、鎧着てへんねん。恥ずかしいから開けへんといて」

「いいから開けろよ、コーン」

「……は?」


 コーンは驚愕に目を見開く。

 一兵卒が中将に向ける言葉としては有り得ないその口調に、ではない。


 この場にいないはずの男の声だったからだ。


「つうか、入るぜ」


 鍵をかけてあるはずの扉。

 なのにその男はさらりと部屋へ入ってきた。


 白髪交じりの茶髪に、同じ色の無精髭。

 細身の自分とは違って筋骨隆々で、右目には眼帯を付けている。


「……シモン、なんでお前がここにいるんや」

「ダチのとこに来るのがそんなにおかしいかよ?」

「見張りは」

「普通に通してもらったぜ」 


 有り得ない。

 いくらシモンが自分と同じく元将校候補だったとは言え、現在のこの状況で入ってこれるはずはない。


 見張りを殺して入ってきたのか?

 恐らく今でも自分と同じ程度の実力を持つシモンにならば、それは可能だろう。

 だが、戦闘してきた後とは思えない落ち着いた佇まいだ。


 それに――


「お前の素顔も久々に見る気がすんな」

「なんでや……」


 何故。

 全てが敵に見えるはずの呪いが、目の前にいるシモンに発動していないのか。


 それが彼には理解できなかった。


 

「なに驚いてんだよ」

「そら驚くやろ……驚くことしかないねんから。なんでか、お前に呪いが発動してへんねん」

「はーん、なるほどな」


 シモンは馴れ馴れしくコーンへ近寄り――

 

「――な」


 そのまま、その腹を刺した。

 鎧に守られていない無防備な状態。

 隠し持てるほどの小ぶりなナイフでも、致命傷になる。


「そりゃあれだ。オレが人間じゃねえからだな」

「――な、おま……」

「ま、安心しろ。お前の記憶はこれからも生きていくからよ」


 最後に聞こえた、妙にノイズがかかっているような親友の声を最後に。

 コーンは意識を手放した。




2.




「いつ経験しても慣れんもんじゃな。ここまでの技能をその若さで会得しておるというのがまず信じられんが……」

「いえ、私はまだまだですよ」


 空にぷかぷかと浮かび、真下に帝国首都パームを見据える。

 シエルのぼやきに、ウェンディが謙遜の言葉を発した。


 俺、四姉妹、シエルに加えレイさん。

 この7人を苦もなく風魔法で宙に長時間浮かせている。


 これは俺もある程度魔法を使えるようになってきたのでわかるのだが、シエルが驚くのも無理はない。

 風とは本来流れ行くもの。


 一時的に体を吹き飛ばすというのならともかく、こうして空中でホバリングできているのがもはや奇跡なのだ。

 

 しかも首都の真上は地形の問題なのか風がかなり強い。

 にも関わらず、この安定感。


 ……俺じゃ1万年修行してもこのレベルには達しないだろうな。

 いや、大げさとかじゃなくマジで。


 だからこそ一時的にでもそのレベルに達することのできる<思考共有>がどれだけヤバいのかがわかるのだが。


「で、どうなの。バラムはあそこにいるわけ?」


 どういうわけか四天王の気配は俺しか感じ取れない。

 なのでスノウは俺に聞いてきたのだが……


「いる……と思う。俺も完璧にわかるわけじゃないから、どこにいるのかまではここからじゃわからないけど」


 現在、俺は限界まで魔力を隠している。

 なのであちらがこちらへ気づいているということはないと思うが……


「第一目標はバラムだ。まずあいつをなんとかしないと、皇帝を捕えたところで意味がない。そんで第二目標が皇帝。その道中でコーンさんの魔力を感じたらそっちへ向かう。それでいいな?」

 

 俺の言葉に全員が頷く。


「よし、突入だ」



 突入方法は単純。

 首都には巨大な結界が張ってあるが、そんなものは関係なしにまずぶち壊す。

 

 

 急降下を始める中、俺は叫ぶ。


「シトリー!」

「はいはい~」


 恐らく気負いすぎている俺に気をつかってなのだろう。緊張感を感じさせない声で返事が帰ってきて、俺がベヒモスのバリアを貫いた時のような技でシトリーがまず結界を簡単に割った。

 

 そしてそのままの勢いで――



 ズドンッ、と。

 

 隕石の如く、一番皇帝もザガンもいそうな宮廷へと降り立った。

 屋根やらなんやらを無理やり突き破っての特攻なので、いくらバラムでも対応はできないだろう。

 

 そう思っての行動だったのだが――



「――おい、嘘だろ!?」


 降り立ったその場所に。

 いや、恐らく宮廷の中は全て、なのだろう。


 5メートルくらいの間隔で、自動人形オートマタが配置されていた。

 しかもそれらが全てこちらを向いて、起爆体勢に入っている。


「――チッ」


 舌打ちと共にスノウが素早く俺たちを氷で覆ったその直後。

 途方もない連続爆発音が轟く。


 1分ほども続いた連続の爆発音が途切れたタイミングで、スノウが氷を解いた。


「……普通ここまでやるとは思わないわよ」


 宮廷は完全に崩壊していた。

 まるで爆撃でも受けたかのような有様にスノウは呟く。


「国民にどう説明するつもりなんだろうな、これ……」

「敵国に爆撃を受けたとでも言うつもりなんじゃろ」


 侵入者を排除できる上に更にハイロンやラントバウを攻撃する理由にもなって一石二鳥ってか?

 最悪のトラップだな、これ。


「ご主人さま、早めにここを離れた方が良いかと」

「……だな」


 レイさんの言葉に頷く。


「それに、この爆発音であいつも勘付いたのか、全然気配を感じなくなってる」


 ――と。

 バラムの気配を探っている最中、少し離れた位置にシモンさんとコーンさんの魔力を感じた。


 コーンさんがいるのならもしかしたら、バラムや皇帝の居場所について少しは心当たりがあるかもしれない。


 今は何も手がかりがない状態だし、少しは何かを掴めると良いのだが。

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