第320話:相応しい人物

1.



 ハイロン国家元首、リーゼロッテ=アインハルト――通称リーゼさんは神妙な面持ちで呟く。


「指揮官クラスが全て生きていた人間の記憶を改ざんされた上で言いなりになっている自動人形オートマタ、そして皇帝クラウスも同じく生前……もしくは生きているが記憶だけを引き継いだ自動人形の可能性がある、ということか」

「……そういうことになりますね」

「…………」


 今回俺に同行しているのは知佳とレイさんの二人だ。

 レイさんは元々できるが、知佳とも事前に念話ができる状態にしてある。


 リーゼさんは天井を見上げた。

 青いポニテが揺れる。


「…………そうか」


 リーゼさんとしては複雑な心境だろう。

 自分たちにも少なくない被害が出ている現状、攻め込んできている兵士たちが厄介な状況に置かれている。


 ただの自動人形なら破壊するだけで良かった。

 だが、生きていた人間の意識が入っているのならいくら戦争でも積極的に破壊はしたくないだろう。

 

 普通の人間相手でも投降を促すような場面は必ずあるのだから。


 リーゼさんはしばらく考えて――


「一つ問うても良いかな」

「はい」

「そうなった人間は、この戦争を生き延びたところで日常生活を送ることはできるのかい?」

「それは……」


 知佳や天鳥さん、ミナホに様々な文献や実際に爆発した奴の残骸なんかから色々調べてもらった結果。

 レイさんが読み取った記憶とも合わせたところ、恐らく自動人形がメンテナンス無しで稼働できる限界が2年程。

 そして人間が一切歳を取らなくても違和感が出ない限界も、同じく大体2年。


 更に入れた記憶にも徐々に齟齬が生じ始めるので……

 普通に生活できるリミットも、2年。

 

 つまり彼らは、どう足掻いても2年しか生きられない。

 或いは、自分が既に死んでいる人間で自動人形として生きているのだと自覚して生きていけるのなら……という点もなくはないが、バラムが支配している限り爆発はいつ起きるかわからない。


 はっきり言って――


「……無理でしょうね」

「…………そうか」


 目を閉じて沈痛な面持ちで囁いたリーゼさんは、こちらを真っ直ぐ見た。


「では、破壊してやることがせめてもの手向けにもなろう。これより我々は、帝国軍へ投降を促すことなく全ての兵士を攻撃することとする」


 そう言いきった。


「しかし、守ってばかりだとこちらが消耗するばかりだな……」

「『攻め』に関しては俺たちに任せてください」

「……本当に良いのか? いや、四天王とやらの話を聞く限り、我々では恐らく戦力にすらならないのだろうな……」

「はっきり言って、そうですね」


 最低でもルルや未菜さん、レイさんクラス。

 その上で思考共有ができなければ、悪魔や魔人との戦い――ましてや四天王との戦闘ではほとんど戦力にならないだろう。


「帝国を実質的に支配していると見られる四天王、バラムだったか。その者を倒した後、どうするつもりでいるのか聞かせてもらっていいかな」

「まだ候補は見つかってませんが、クラウス皇帝以外の誰かに皇帝となってもらう以外はないと思っています。帝国ほどの規模になれば国の体制を変えるというのも難しいですし」


 と、偉そうに言っているがこの辺り実は裏で知佳から念話で指示をもらいつつ喋っている。


(候補が見つかってないこと、正直に言っていいのか? 見切り発車で突っ込むって言ってるようなものだけど)

(平気。むしろ現状で決まってる方が不自然)


 それもそうか。

 帝国内へ立ち入れるような状況でもないしな。


「確かにそうだな。私は帝国の新たな皇帝に、君かシエル様を推薦したいが」

「……シエルはともかく、俺は冗談ですよね?」

「どちらかと言えば君が本命だよ。長命のシエル様が国の長になるのは、政治上健全とは言えないからね。もちろんあの方のお人柄は十分理解しているが」

「どのみちシエルは嫌がると思いますよ」

「君はどうだい?」

「俺ももちろん嫌です」

「それは残念だ」


 リーゼさんは肩をすくめる。

 言葉とは裏腹に、それほど残念そうには見えないのだが……







「なんと悍ましい……」


 ラントバウ国王にしてフローラの父、アレクサンドル王は畏怖の感情が籠もった声で呟いた。


「人としての道理に反している。フローラを苦しめた悪魔の上位種である魔人――悠真殿から話は聞いていたが、まさかそこまでするとは。許しておけぬ……!」

「バラムは必ず俺がどうにかします。問題は、帝国兵士たちへの対応をどうするかです」

「……その様子を見るに、というのが結論なのだろう?」

「……ええ」


 天鳥さんたちの研究結果に、恐らく間違いはないだろう。

 綾乃の<幻想>魔法でどうにかならないかと思ったが、そもそも彼ら兵士は元々死人の記憶を受け継いでいるようなもの。

 既に戦争という形で大きく世界全体――ひいては俺たちに関わってしまっている以上、綾乃のスキルを上手く使って過去へ遡っても改変は不可能だろう。


 アスカロンの時のような、全く関係のない異世界で起きた話とは訳が違うのだ。


「しかし、いずれにせよ捕縛や捕虜にするのが不可能ならばその場で処分してしまうしかないのだな……」

「……そうなりますね」

「哀れな魂に救済があれば良いのだが……」


 救済か。

 何をどうするのが彼らにとって救済になるのか。

 少なくとも――

 現状が救いに繋がらないのははっきりしている。


「俺たちは元凶を絶ちに再び帝国へ向かいます。これ以上被害を増やすわけにはいかない」

「しかし……危険なのだろう?」

「やれるのが俺たちだけですから。それに勝算もしっかりあります」

「…………不甲斐ないな。この国の人間ではない――どころか、この世界の人間ではない人物にこうも頼りきりだとは」

「困った時はお互い様です。それに……」


 知佳から指示が入る。


「将来は父と呼ばせて頂く方の治める国ですから。俺にとっては故郷のようなものです」

「おぉ……!」


 感激したようにアレクサンドル王が声をあげる。

 フローラはこの場にはいないのが幸いだな。

 実際、将来的に責任を取るつもりはもちろんあるのだが、それを言葉にするのはまだ早いような……


「……君のような人間が、帝国の空いた椅子に座れば良いのだがな」

「ま、まさか。俺なんかには務まりませんよ」




2.



「……知佳。お前狙ってやったな?」

「どういう結果に転ぶにしても、実際攻められている国から推薦された人物である、というのは大きなアドバンテージになるから」


 澄ました顔で知佳は言う。


 ラントバウでのことだけではない。

 ハイロンでリーゼさんと話している時にも、そうなるように誘導できるようなタイミングで口を……思考を挟んできた。


 ほいほい従った俺も俺だが……


「言っておくが、俺は皇帝なんてできないからな」

「それは私が一番良く知ってる」

「…………」


 それなんだよな。

 俺がそんなんに向いていないことは知佳が一番知っているはずなのに、何故。


「ご主人さまがどなたかを指名する際、スムーズに進むようにということですよね? 知佳様」

「そういうこと」


 レイさんの確認に知佳が頷く。

 ……なるほど、そういうことか。

 だったら最初からそう言ってほしい。

 心臓に悪いから。


「まあ、焦ってる悠真を見るのも楽しかったし」

「お前帰ってから覚悟しろよ。泣かす」


 ベッドの上で。

 だって口喧嘩だと負けるし。


「それはともかく。悠真はどうするつもりなの、帝国に突っ込んだ時」

「……なにがだ?」

「自動人形への対処」

「…………」


 俺は。

 

 まず自動人形たちは、指揮官クラスになるともうほぼ人間と見分けがつかない。

 魔力も人間のそれと同じだし、見た目も同じ、記憶を持っているのだから挙動も同じ。


 そうなればもはや人間と同じだ。

 どうしてもそう思ってしまう。

 

 しかし状況が状況だ。

 そうも言っていられない。

 アレクサンドル王は哀れな魂に救済があれば、と言っていたが――

 実際のところ、彼らは亡霊のようなものだ。


 元通り生活することはできない。


「……俺がすることは単純だ。バラムをぶっ飛ばして、彼らの魂を解放させる」


 そして。

 あの世で詫びさせてやる。


 地獄から天国に、声が届くかは知らないけどな。

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