第319話:人とは

1.



 目の前にこちらを睨みつける男がいる。

 年齢は20代半ば。

 特筆すべき点のない、平凡な容姿だ。


 しかしその目からは確かな敵対意識が見て取れる。


「生まれは?」 

「……セフゾナズ帝国東5-2アハマ市」


 セフゾナズ帝国は周りの国を侵略しつつその国土を広げていたので、特殊な構造をしている。

 中央首都パームから見て、まず東西南北それぞれの4方向に扇状で区分けされていて、そこから更に距離に応じて1~12までの数字が割り当てられている。

 数字が低ければ低いほど、パームへの距離が近いということだ。


 つまりこの男が言った、東5-2の5の部分がそのパームからの距離である。

 要は東側に5離れた区分けされている地区の中で、更に幾つかに分けられた区分の2番目に存在しているアハマという町で生まれたということだろう。


「名は?」

「――――」


 生まれに続いて、名をメモしておく。

 どのみち後でレイさんに記憶を読み取ってもらうので意味はないのだが。


「趣味は?」

「……何故それを言う必要がある」

「そういう尋問だからだな」

「…………」


 男はちらりと、俺の斜め後ろに待機しているスノウを見る。

 自分が一瞬で凍りつかされた記憶があるのだろう。

 ごくりと唾を飲み込んで、観念したように喋り始める。


「……読書だ」

「どんな本を読むんだ?」

「ただの大衆小説だ。推理や恋愛でも、冒険ものでもなんでも読む」


 なるほど。

 ちらりとスノウを見ると、


(少なくともあたしには嘘をついているようには見えないわ)


 という念話が来た。

 

「最後の質問だ。クラウス皇帝についてどう思っている」

「……素晴らしいお方だ。いつでも国民のことを第一に考えておられる」

「他になにかないか?」

「…………いや、特に無い」


 これは何かある反応だな。

 しかしこの様子だと、素直に教えてくれそうもない。


 

「よし、わかった」


 俺のに合わせてヒュッ、と風切り音が鳴って、目の前の男が気を失った。


 それを確認してから、レイさんとが虚空から現れる。 


「……ふぅ。流石に長時間気配を消していると疲れるな」

「……もはや<気配遮断>ってレベルじゃないですね。いるのがわかってても全然気配を感じなかったですよ」


 魔石を取り込むことによってスキルが強化されるとわかってから、未菜さんは継続的に魔石を取り込んでいるそうだ。

 その結果、明らかに以前よりもスキルの力が強まっている。


「実は途中で君の前でレイの胸を揉んだりしたのだが、全然気付かなかったな」

「!?」

「み、未菜様! そういう冗談はおやめください!」


 レイさんが顔を赤くして否定する。


 冗談だったのか。

 本当だったらそれに気づけなかった俺の迂闊さを呪っていたところだったぜ。


「でも魔力の消費が激しいから、そう連続で何度もできることではないぞ? それにわざわざ不意打ちで気絶させる必要はないんじゃないかい?」

「そうはいきませんよ。爆発されたりしたら寝覚めが悪いですし」

「スノウさんもいるのだから、爆発でダメージを受けることはないだろう?」

「目の前で人間っぽいものが爆発するだけでも十分嫌ですよ」


 それもそうか、と未菜さんは頷く。

 実際に目の前で爆発する様を直接見てはいないから、いまいち実感は湧かないのだろう。


「しかし先程の拷問を見るに、この気絶している彼は人間だろう?」

「……俺もそう思うんですけどね。これで自動人形オートマタだったら受け答えがスムーズすぎますし」

「では……」


 特殊な睡眠薬を飲ませて眠らせた兵士の記憶を、レイさんに読み取ってもらう。

 人形たちへ指示を出していた、指揮官格の兵士。


 だがそれが人間とは限らないのだ。

 スノウたちやシエルですら人かどうかを判別しかねる程、高度な自動人形。


 周りへ指揮を出せる程高度な知能を持っているのなら、あれ程滑らかな受け答えができてもおかしくはない。

 だが、今の所の俺たちの判断は全員一致でこの男は人間、というものだ。

 

 果たして……



 しばらくして。

 男に手をかざして何かを探るように目を瞑っていたレイさんが、ゆっくりと目を開いた。

 その顔は気のせいか、青ざめているように見える。

 


「……ご主人さま、結論から申し上げます。この男は、自動人形オートマタです」


 ――半ば予感はしていた。

 だが。

 それでも、まさか。


「何故そう結論づけたのかが気になるわね、レイ。記憶が読み取れなかったから自動人形なの? それとも読み取れた上で自動人形なの?」

「後者でございます、スノウお嬢様。記憶は読み取れました。その上で、この男は嘘もついていませんでした」

「……どういうこと?」


 レイさんは言う。

 衝撃の事実を。


「この男は1年前に製造された自動人形オートマタです。そして26年前に生まれ、1年前に死んだ男性の記憶を移植されているのです。自分は人間だと思いこんでいる状態で」


 


2.



 結論から言うと。

 捕えた指揮官クラス、全員がだった。


 つまり、1年か2年ほど前に製造された自動人形かつ、それとほぼ同時期に亡くなった人の記憶を植え込まれているらしい。


 しかも見た目はその亡くなった人にそっくり。


「……どう考えてもやったのはそのバラムって男……だと思う。この世界にそんな技術は存在しないから」

「もちろん僕たちの世界にも存在しないね」


 ミナホと天鳥さんの見解では、四天王バラムの仕業だろうということになった。

 実際、それしか考えられないし状況から考えてもそう決めてかかって良いだろう。


「悪趣味じゃな」


 しかめっ面でシエルが言い放つ。

 そう、悪趣味だ。

 それもとびきりの。

 最悪と言っても良い。


「記憶にはある程度の操作も加えられていました。具体的には死亡時の記憶や、記憶を引き継いだ直後の記憶などはなくなっており、更に現在は首都へ住み込みでの兵役の最中というになっているようです」

「住み込み……?」

「恐らくですが、親しい人間と関わらせると細かい違和感などが生じるのではないでしょうか」


 ……帝国は広大だ。

 その広大な土地を探せば、若くして亡くなった人間は幾らでもいるだろう。

 そんな人たちの記憶を自動人形に植え付け、手駒として扱っているわけか。


 悪趣味――なんてもんじゃないぞ。

 考えようによっては、この自動人形オートマタたちを壊すということは、つまり……


「……では、もしあの時、フレアたちが自動人形だからと破壊していたら実質人間を破壊していた、ということに?」

「人間の定義をどこに持ってくるかだろうね。人として生きた記憶を持っている、という人形を人として見做すかどうか」


 フレアの言葉に天鳥さんが返す。

 記憶を読み取る為だけに来てもらった未菜さんがふぅむ、と唸る。


「……少なくとも私はそれを聞いた後では、人形だからと安易に破壊はできないな」

「俺もです」

「あたしだって嫌よ」 


 しかも記憶を弄くられているともなれば、この人形たちに――この人たちに罪は全くないということではないか。

 クラウス皇帝が素晴らしい人物だのなんだのというのも、植え付けられた価値観という可能性すらある。


 レイさんは得た情報を話す。


「そして本命のコンスタン=ベッケル中将ですが、どうやら首都パームにて囚われているようです。というより、中将以上の将軍格が軟禁状態にある……というべきでしょうか」

「なんだって……?」

「皇帝の命により、首都の防衛へ当たっていると。しかし先程の男性の記憶では、それ以降一度も彼らの姿を見ていないとのことでしたので……」


 軟禁か……

 そうなれば連絡を取るというのも非現実的な話になるな。


 どうしたものか。

 スノウが思い出したかのようにレイさんへ確認する。


「そういえば、さっき皇帝についてなにか隠してたわよね、あの……人」

「はい。近頃の皇帝はどこかがおかしい。そう認識していたようです」

「……死んだ人間の記憶を移植できる技術があって、ザガンが殺したはずの皇帝が姿を見せている。つまり……」

「既にクラウスは死んでおるか、別の場所で監禁されている。そして姿を見せている奴は、人形だということじゃな」


 ……もはや何を信じれば良いのかわからないような状態だな。

 それに、頼みの綱の連絡手段も空振りに終わった。


 というより、軟禁されているような状況ともなればそもそも動いてもらうことも難しいだろう。


 かと言って。

 これ以上の帝国の進軍は、別の意味でも見過ごすことはできなくなった。


 なにせ、中に人が入っていないと思われる見るからに自動人形の兵士たちはともかく――人の記憶入りの自動人形にも自爆機能はついているのだ。


 それをみすみす自爆させるのもなんとなく……なんとなくだが、嫌だ。


「……お兄さま」


 じっと考えてこんでいる俺を心配してか、フレアがそっと手を握ってくれる。

 温かい手だ。

 

「まずは……情報の共有だな。ラントバウと、ハイロン。両国にこれを伝えよう」

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