第318話:侵攻

1.



 その日の昼過ぎ。

 帝国が再びラントバウへ侵攻を始めた。


 ラントバウ西部にある、日本で言う政令指定都市のような立ち位置の都市が標的らしい。

 こちらの戦力はラントバウの兵士が5000人ほどに加え、俺、スノウにフレア、そしてシエルにルルの五人。


 ウェンディとシトリーはまだハイロンにいるが、念話で状況は伝えてあるので何かあればすぐにこちらへ転移召喚することもできる。


 そして相手は――


「以前までと同じく、大部分が自動人形オートマタじゃな」


 目を細めて遠くを見るシエルの言う通り、相手はほぼ自動人形。

 メイドロボみたいなのが大量なのかと思ったが、普通に男性型だな。

 体格とかサイズの問題なのだろうか。


 俺たちは今、攻められている都市を俯瞰できる山の崖から敵軍を睥睨している。

 ラントバウの兵士たちにも念の為準備はしてもらっているが、今回はシエルだけではなくスノウとフレアもいる。

 一方的な戦いになるだろう。


 それを踏まえても、だ。


「……実際こうして戦場に立つと足が竦むな」


 敵軍は自動人形だけでも1万近くはいるように見える。

 人間はそれよりも圧倒的に少ないことはわかるが、戦車型の兵器だったり大砲を牽引している車だったりがある以上、油断はならない。


 都市を破壊しに来ていることは明白だ。

 その事実の圧迫感だけで、息が上がりそうになるような錯覚さえする。


「わしでもそうじゃ。戦争など何回経験しても慣れん。いや、慣れてはならん」


 どこか物悲しそうな表情で呟くシエル。

 それこそ何千年も生きていれば幾つもの戦争を経験しているのだろう。

 やはりこうなる前に止めなければならなかったのだ。


「ちらほら人間が混ざってるっぽいのが面倒くさいニャ」

「全て自動人形なら、気にせず焼き払ってしまうのですが……」


 ルルの言葉にフレアが反応する。

 まあ、相手が人じゃないなら加減する必要もないもんな。


「ま、こういう時はあたしに任せなさい。要は動きを止めればいいんでしょ」

「戦車だの大砲だのはともかく、連絡用の機器まで壊したりするなよ?」

「あたしを誰だと思ってるの? そんな雑な止め方しないわよ。シエル、援護は頼むわ」


 そう言うと、スノウは予備動作なくひらりと身を空中に投げ出した。

 そのまま落下の加減を変えることくらいなら風を操ってやれるのか、敵軍のど真ん中へ突っ込んでいった。


「――あ、危なくないか!?」

「大丈夫ですよ、お兄さま。まったく、スノウはいつもああなんだから。お兄さまにいいところ見せたいからって……」


 ぷりぷり怒っているフレアはともかく、特になんの捻りもなく何かが飛んでくれば――


 大砲の砲身が幾つかスノウの方を向いた。

 発見から照準までが早すぎるような気がするが、恐らく中に乗っているのは自動人形なのだろう。


「なるほど、市街に撃たせる前に空中にいる自身を的にしたんじゃな」


 シエルがそう呟くのと同時に、砲弾が放たれた。

 強化された肉体でも速いと感じる弾速で迫るそれを、スノウは躱す様子もなく無防備に体を晒している。

 しかし――


 ぎゅんっ、と不自然な減速をした幾つかの砲弾がそのまま空中で静止した。


 見れば、シエルがなにやら魔法を使っているようで――

 一目で何が起きているかを見抜いた様子のフレアが訊ねる。


「空気を操ったのですか?」

「そういうことじゃな。あまり効率は良くない魔法の使い方じゃから、こういう時くらいしか使わんがうってつけではあるじゃろ。どうせわしの魔力でもないしの」


 そうして砲弾をいなしたスノウが敵軍のど真ん中に着地する。

 のと、同時に。


 戦車、大砲、それを牽引する車に歩兵の数々。

 そしてちらほらいる馬やトカゲっぽい大型の生物のが凍りついた。


 次にその場でスノウが腕を振るうと、今度は大砲や戦車の砲身が凍り付く。

 下手に撃てばそのまま暴発してしまうような状態だ。


(足は止めたわよ。後はあんたたちの仕事でしょ)


 スノウから念話が入る。


(流石だな、ありがとう)

(ふん、感謝されるほどのことでもないわ)


 その間にも自動人形が持つ銃器に普通に狙われて撃たれているのだが、そんなものはまるで意に介さないと言わんばかりに平気な顔して氷の盾で防いでいる。


 まあ、人間サイズで手に持てる銃器ではスノウに傷一つ付けることは敵わないだろう。

 ローラが持っている強化銃でも無理だろうし。


「わしはここから、市街への流れ弾や苦し紛れの攻撃を防いでおく」

「頼んだ」

「後でちゃんと魔力はよこすんじゃぞ」

「わかってるよ」


 今度は俺たちの番だ。


「フレア」

「はいっ」


 手を繋ごうという意味で手を差し伸ばしたのだが、何故か抱きついてきたのでそのままお姫様抱っこみたいな形になる。

 あれ、スノウみたいに滑空していくと思ってたんだけど違うの?


「ほれ、行くニャ」


 そう言ってルルはととん、と軽やかに崖を飛び降りていった。

 マジで? 風魔法なしで着地するつもりか?

 と思ったが、ルルって猫の獣人なんだよな。


 これくらいの高さなら平気なのだろうか。

 100メートル以上はあるように見えるのだが……


「お兄さま、フレアたちもっ」

「お、おう」


 まあ俺もあそこまで飛び降りても平気だとは思うけどさ……

 

「舌噛むなよ?」

「お兄さまが口で塞いでくれたら大丈夫だと思いま――んっ」


 塞いだ。

 口じゃなくて、手でだけど。


 そうして飛び降りる。

 ルルは俺より一足先に軽やかに着地しているが、俺にはそんな芸当無理だ。


 足腰への強化を意識的に少し強くして、

 膝を折り曲げて着地の衝撃をできる限り和らげる。


 それでも地面は思い切り陥没してしまったが、まあこれくらいの被害ならアレクサンドル王とフローラも許してくれるだろう。

 ここギリギリ都市の外だし。

 


「な、なんなんだ貴様らは! 撃て!」


 

 人間っぽい人がちょうど近くにいた。

 慌てたような指示の次に、無表情の兵士たちがこちらへ銃を向けてぶっ放す。


 しかし――


「ふぅっ」


 フレアが人差し指に息を吹きかけると、俺たちのところへ届く前に銃弾がドロドロに溶け落ちた。

 魔法弾まで溶けているのだが、魔法って溶けるもんなの?

 どういう理屈なんだ。



「なっ、なっ――」


 人っぽいのが慌てふためいている中。

 黒い影がひゅっと彼の前を横切って、かくんと意識を失った。


 そして俺たちのすぐ隣で動きを止めたのは、先に飛び降りていたルルだ。


「相変わらずとんでもないニャ。普通こういうのはちゃんと避けるもんニャ」

「避けるのも大概だとは思うけどな……」

「あっ……」

「はいはい。また後でな」


 名残惜しそうに首へ腕を回してくるフレアを宥めて地面へ下ろす。

 ルルの手には一見折りたたみスマホ……というかガラケー? に見える魔道具らしきものが握られている。


 先程の一瞬で掠め取ったのだろう。

 流石だな。


 で、周りの自動人形たちは指揮官がいなくなってからはぴくりとも動かない。

 実に不気味な光景である。


 その人形たちも次の瞬間、全身が凍りついた。


「人っぽいのは胸元までにしておいたわ。後はラントバウに処遇を任せていいでしょ」


 てくてくとこちらへ歩いてくるスノウ。

 仕事が速いな。


「ま、捕虜にされるんだろうな」

(――シエル、こっちは作戦成功だ)

(こちらかも見えておる。圧倒的じゃな)


 そう、終わってみれば圧倒的だった。

 クラウス皇帝の姿は上から見ている限りも、シエルによる感知にも引っかからなかったので恐らく今回はいなかったのだろうが……


 そう考えればこの世界の戦争は圧倒的な個によって左右されるんだな。

 三国志よりもシビアかもしれない。

 となるとますますバラムやベリアル、場合によってはセイランの介入が気になるところだが……


「とりあえず連絡ツールを手に入れたはいいけど、これをどうやって使うかはまた別問題だよな。トランシーバー的なものだとしたら周波数を合わせないと繋がらないだろうし」

「とらんしーばー……?」


 ルルが頭にはてなを浮かべているのはとりあえず無視して、スノウとフレアに目配せしてから俺は先程ルルが気絶させた指揮官っぽい人間へ近づいていく。


 彼から聞き出せばいいだろう。

 最悪、綾乃が開発した、レイさんの魔法もあるし――



「悠真!」「お兄さま!」


 スノウとフレアが叫んだ。

 

 気を失っていたはずの指揮官がガクンッ、と首だけをこちらに向けて大きく口を開ける。

 そして、魔力が膨れ上がり――


 辺りを閃光と爆音が包み込んだ。



2.



「ありゃとんでもねえな……」

「完全に人だと思ってたわ」

「フレアもです……すみませんお兄さま、危険な目に遭わせてしまいました」


 スノウとフレアが苦々しげに言う。


「いや、結果的にみんな無事だったんだから良しとしよう」


 指揮官クラスだから人間だろう。

 そう思い込んでいたのも駄目だったかもしれない。


 ルルが気絶させた彼は、人のようで人ではなかったのだ。 

 最後っ屁の爆発はスノウの氷によって特に被害は出なかったが、確かにあのレベルの爆発をぽんぽん起こす奴が何体もいると考えればハイロンが負った被害も頷ける……というかむしろ最小限に留めている方だろう。



「この機械は問題なく使えるだろうね」

「うん」


 ガラケーっぽいものを調べてもらっていた天鳥さんとミナホがそう結論づけた。


「てことは、ダミーってわけじゃないんですね?」

「ああ。とは言え、僕のスキルで再現するのは難しいけどね」

「何故です?」

「魔法によって構築されている部分がある。ミナホの魔法円陣でそこを再現するのは可能だけれど」


 なるほど。

 ミナホの方を見ると、こくりと頷いた。

 天鳥さんの『創造』スキルは、作りを理解しているものを作り出すスキルだ。

 魔法による技術部分は現在の天鳥さんでは完璧に『理解』することができない。

 そういうことだろう。


 しかしそこだけを抜き出した外面を作れば、内側ソフトウェアの部分はミナホが作り出すことができる、ということか。


「特定の人に連絡することは可能ですか?」

「この機械ごとに番号が割り振られているようだから、特定の人物が持つ機械の番号を知らないと無理だろうね」

「携帯番号みたいなものですか?」

「そういうこと」


 天鳥さんは頷いた。

 もちろん俺たちは現在連絡を取りたい相手――コーンさんの番号など知らない。


「となると、捕虜から聞き出すしかないわけね」

「どうしたもんかな……」


 現在、捕えた指揮官クラスは一纏めにして郊外の施設にいてもらっているらしい。

 戦争捕虜への扱いとしてはやや雑と言えなくもないが、自動人形かもしれない――爆発するかもしれない相手に対するものとしては最上級のものだろう。


「あたしが同伴して、レイの魔法でひとりひとり情報を抜き取れるか試すしかないでしょ」


 スノウがすっぱり言い切った。


「…………だな」


 本当はもう一つ、ほぼ確実と思われる手立てがある。

 要は俺たちの感知すら掻い潜る自動人形を判別できれば良いのだから、俺たち以上の感知能力を持つ人間を連れてくれば良い、というものだ。


 以前も、上級の感知能力が必要になって力を借りた――ティナ。

 彼女のスキルならば恐らく自動人形かそうでないかも見分けることができる。


 だが……


「ティナを戦争に巻き込むわけにはいかないわ」

「……だな」


 こんなモヤモヤするのは、俺たちだけで十分だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る