第326話:最強の男

 結界が晴れる。

 キュムロスはどこにも現れていない。


 ……消滅魔法ホワイトゼロは意識すら消し飛ばすのか。

 神話級魔法と呼ばれる理由も頷けるな。

 あるいは、実在するらしい神が本当に使っていた魔法なのかもしれない。

 効果があまりに強力すぎる。


 食う魔力量が莫大なだけで、魔法自体は今の俺でも扱えるくらい簡単だ。

 魔法に関しての知識ごと相手と一時的に同じレベルまでアップデートされる<思考共有>中ならあるいは更に強力な使い方ができるんじゃないか……?


「悠真ちゃん! 大丈夫!? こ、こんな怪我して……!」

「全部掠り傷だよ。自分でも治せるくら……もう遅いか」


 泣きそうな顔で駆け寄ってきたシトリーにあっという間に全ての傷を癒される。

 服まで直っているのは創造魔法の応用だろうか。

 つくづくレベルが高いな。


「悪いな。お前らのかたきを奪っちまって」

「……ううん。もう、一度は決着がついてるから」


 シトリーは首を横に振る。

 あれはあくまでもただの死者だ。

 

 落ち着いて考えればそれがわかるのだろう。

 シモンさんがこちらを見て頭をガリガリとかく。


「……一体どういうことだと聞きてえところだけど、どうせ聞いても理解できねえんだろうな」

「ちょっとした因縁があっただけです。また落ち着いた時、ゆっくり話しますよ」

「…………なあ、一つ聞いていいか?」

「なんです?」

「さっきの剣士と知り合いだったんだろ? 生前と何か違いとか感じたか?」

「違い……」


 纏っていたのが魔力ではなく魔人たちのオーラ(?)のようなものだという違いはあったが、聞きたいのはそういうことではないのだろう。

 

「……ありませんでしたね。少なくとも、生き返ったのだと言われればそれをすんなりと信じられた程度には」

「そうか……」


 シモンさんは地面を見つめてなにやら考え込んでいる。

 いや、何を考えているのかはだいたい察しはつく。


 コーンさん……の、偽物についてだろう。

 先程隠れ家にいた彼はほぼ100%の確率で偽物だということが確定した。


 しかも本物はシモンさんの偽物が連れ去っているというややこしさの中、隠れ家で待機しているはずの彼について、どう考えているのか。


「……区別がつかねえ程似てる偽物と本物の違いってのはなんだろうな」

「…………」


 俺は即答できなかった。

 しかし、代わりに答えた人物がいた。


「わたくしは違いなど無い、と愚考します」


 シモンさんがレイさんを見る。


「偽物も本物も区別がつかないのなら同じでしょう。同じだから区別がつかないのですから」


 言っていることは屁理屈じみているが、真理を突いているようにも聞こえる。

 

「今は作戦遂行に支障が出るかもしれないのであの方コーンさんは別行動です。しかし、全てが終わった後――何かを話し合うのは自由なのでは?」

「そうか……そうだよな」


 シモンさんは前を向いた。

 先程までとは違った光がその目には宿っている。


「まずは全部終わらせてからだな」


 どうやら何かが吹っ切れたようだ。


「俺も後のことはできる限り手伝いますよ」

「助かる……」


 厳つい顔の厳つい体型のおっさんが涙ぐんでいる。

 ……友達ってのはそれくらい大事なもんだからな。





 シモンさんの案内で皇帝やバラムのいそうな場所へ向かう最中、俺は口を開く。


「……結界の中でキュムロスから話を聞いた。俺に足りないものが何か」

「覚悟?」


 スノウが即座に答える。


「ち、違う」


 いや、それも足りてなさそうな気はするが。


「仲間だ。極端な話、俺が戦えなくなった後にも戦える奴が必要なんだよ」

「……そういう点で言えば、確かにあたし達は無理ね。あんたの魔力が要だもの」

「しかしお兄さまの魔力が切れるようなことなどほとんどないのでは……?」


 フレアの意見ももっともだ。

 今まで魔力切れで窮地に陥ったことなどないのだからそう思うのも当然である。


「少なくとも、セイランは俺と同等かそれ以上の魔力を持ってる。しかも個人の力だけを見ても――シトリーの雷撃を素手で苦もなく弾ける程だ。真正面からぶつかったらまずこっちが削り負ける」

「…………」


 スノウが若干不満げな表情を浮かべる。

 自分の、というよりは姉たちの評価が低いのが納得いかないのだろう。


「……そんなバケモンみてえな奴がいるのかよ?」


 シモンさんの問いに俺は頷く。


「しかも低く見積もって、の話です。もっと言えば、キュムロスは今の俺たちはベリアルにも勝てないと見ていた」

「あんな奴の言い分を信じるわけ?」

「あいつが糞野郎なことに代わりはないけど、意味のないハッタリを言う理由もないと思う」

「……悠真ちゃん、それはあの人が今より更に強くなるかもしれないってこと?」


 シトリーはそう確認する。

 以前会った時は、正直なんとかなりそうだと思った。

 しかしその評価が覆っているのだから、そう考えるのも自然だ。


「そういうことだと思う。ベリアルはセイランに並ぶつもりでいるらしいしな」

「……ということは、最低でもマスターと同クラスの魔力を持つことになるかもしれない、と考えた方が良いかもしれませんね。そしてそれが本当ならば、確かに今の私たちでは勝ち目は薄いでしょう」

「…………悠真の魔力が切れた時、まだ戦える可能性があるのは現状わしくらいなもんじゃからな。そしてわし一人でセイランに並ぶような奴を倒すのは無理じゃ」

 

 親父とガルゴさんがキュムロスの相手をしている時、シエルは一人でセイランを相手していた。

 結果は全ての魔力を使い切り、回復もできないので寝込んでしまうことになり、俺と契約をして事なきを得たという流れだったのだが……


 そのシエルが無理だと断言する以上、本当に無理なのだろう。


「悠真ちゃんの魔力が尽きても戦える人……ってことは、新しく召喚したり契約したり、ってことじゃなくて別の手段でシエルちゃんと同じくらい強い人を探すってこと?」

「……自分で言うのもなんじゃが、少なくともこの世界にはおらんぞ。ルルがあと20年……いや、10年経てばわからん、という程度じゃ」

「地球でも似たようなものね。今のペースから考えると、知佳は10年後とんでもないことになってるかもしれないけど。未菜も元々強いけど、少なくとも数年でなんとかなるレベルではないわ」


 シエルの評価も、スノウの評価も妥当なところだろう。

 それに知佳は魔力量が増えても、恐らく俺ほど戦えるようにはならない。


 知佳は魔法こそ俺よりも得意だが、身体強化の効率が悪いのだ。

 こればっかりは適性の問題なのでどうしようもない。


 未菜さんは身体強化の効率に関しては申し分ないし、元々の戦闘センスもずば抜けている。

 なのでそれこそ10年後ならばわからないが、数年ではどうにもならないだろう。


 ルルも似たようなもんだな。


 今挙げた三人に関しては、そもそも俺とのによって積極的に魔力を増やしたら、という話だし。


「では初心に帰って、お兄さまの魔力をたくさん増やす方向にすれば良いのではないでしょうか? 今はフレアたち四人に加えてレイとシエルさんもいますし」

「……それも流石に限界があるからな?」

「あんたの場合は時間的な限界ってだけでしょ。馬鹿みたいな体力だし、エリクシードもあるし」

「…………ま、まあそれは置いといて」


 その手段を知らないシモンさんの頭にはてなが浮かんでいるが、スルーさせてもらおう。


「この世界にも地球にもいないなら、別の世界からとびきり強い奴を連れてくればいいだろ?」

「……なるほど。ダンジョンを攻略するんじゃな?」

「そうだ」


 ダンジョンの向こう側は異世界に繋がっている。

 もしかしたらまた地球に繋がるだけかもしれないが、運が良ければ別の異世界に繋がるだろう。



「……とんでもねえ会話を聞いてる気がするぜ……」

「一応他言無用でお願いしますよ」


 冷や汗を流すシモンさんに釘を差しておく。

 

「でも、異世界にあたしたちと同じくらい戦える人がいるとは限らないわよ。探すのも大変だし」

「……そこは大丈夫、だと思う」

「心当たりでもあるわけ?」

「一か八かだけどな。キュムロスがダンジョンの奥を探せと言っていたんだ」

「…………何か罠でもあるんじゃないの?」

「そうするだけの価値があると思ってる」


 スノウは怪訝な表情を浮かべる。


「根拠は?」

「あいつの言い分を信じるなら、キュムロスダンジョンの向こう側には俺の知ってる奴がいるはずなんだよ」

「あんたに異世界人の知り合いがいたとは驚きね」


 そこでシエルがピンと来たようだ。


「まさか……」

「そのまさかだ。俺はキュムロスダンジョンの向こう側に、あの男がいると思ってる」

「……生きておるのか? 恐らく、時系列としてはかなり過去の話じゃぞ」


 そこまで話して、ようやくスノウたちもわかったようだ。

 はっとしたような表情を浮かべている。

 まあ、である俺やシエルに比べればインパクトも薄いだろうし仕方のないことだが。


 その男の名はアスカロン。


 俺が知る限り、最強の男だ。


「会いに来いって言ったのに、こっちから会いに行くことになるとはな」

 

 少しだけ、託された剣が震えたような気がした。

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