第316話:本当の敵

1.



「はぁッ……」


 視界がチカチカしている。

 地面に半分埋まった巨大な魔石が鈍く輝き、自分の顔がそこに映る。


 一瞬、悪魔か鬼のような表情に見えて自分でもぞっとする。

 

 ザガンは死んだ。

 最後の一撃の、生々しい感触がまだ手に残っている。


「……まだ終わってないんだよな」


 立ち上がって、周りを見渡す。

 奴が破壊した痕が重苦しい空気をもたらしている。


 吹き飛ばされた方向は大きく地面が抉れているのでわかる。

 そこを歩いて戻る。


 魔力の感じで、わかる。

 バラムがまだそこにいるのが。



「――よう、糞ジジイ」

「…………」


 

 戻ってくると、スノウたちとバラムの睨み合いはまだ続いていた。

 脱力感は酷いが――


 今の俺なら、多分奴が何かをする前に。


 殺す。


 事ができる。

 

 そんな俺を、バラムは老練さを感じさせる目で見た。


「ザガンが敗れたか」

「ああ。俺が殺した」


 力と力のぶつかり合いで。

 本当に殺さなければいけなかったのか。


 殺す必要があったのか。

 殺さなくても良かったのではないだろうか。

 何か他に道はなかったのか。


 今でも頭の中をぐるぐるとそれが回る中、それでもバラムを殺す算段を立てている。


「お前らの企みはもう終わってる。大人しく投降しろ」

「それはどうじゃろうな」


 バラムはどこか余裕の表情を崩さない。

 

「儂が先程吹き飛ばした都市――この状況、民衆はどう思うじゃろうな」

「……まさか」


 ウェンディが呟く。


「敏い者もおるようじゃな。儂は敢えて、ラントバウに近い帝国内の都市を吹き飛ばした。宣戦布告をされた国に程近い都市じゃぞ」

「……ラントバウが攻撃したっていうように見せかけたってことね。ジジイの癖に小狡いことするじゃない」

 

 スノウが苦々しげに言う。

 俺たちは当事者だ。

 魔人が――四天王が都市一つを遠隔で吹き飛ばすくらい、簡単にできるということはわかる。

 しかし人々はどうか。


 そんなことは信じないだろう。


 魔人を知らずともウェンディやフレアのような大規模な破壊を得意とする魔法使いを知っていれば別だが、この世界出身でない彼女らを知る人々はごく限られた人間――それこそハイロンやラントバウの上層部くらいだろう。


 しかし、逆にこの世界の人間でない俺たちですら知っている。

 この世界には大規模な破壊を可能とする魔道具が存在する。

 いや、魔道具というよりは――兵器か。


 ベヒモス討伐の時に見たあの大砲じみた兵器。 

 あれよりも大規模なものは当然存在しているだろう。

 それこそ攻城兵器――都市攻略兵器のようなものが。


 それならば一撃で都市を吹き飛ばすことができたって、不思議ではない。

 そしてその兵器をラントバウが持っているかどうかは……


「もはや戦争は止まらんぞ」

「……戦争を起こすことによってお前らにどんなメリットがある? 何が目的だ?」

「それを言うと思うか?」

「言わないだろうな」


 ちらりとシエルの方を見る。

 俺と違い、あちらは歴戦だ。

 当然、この間にも全く油断はしていない。

 魔力を練り上げ、いつでも動けるように準備をしている。


 この中で足止めを担当するのは、シエルとスノウ。

 そして火力を担当するのは、フレア、ウェンディ、シトリーに加え、俺だ。


 この四人の中の誰かが致命打を与えられれば、それで奴は詰みとなる。

 それぞれへ念話を送り、大まかな役割をやり取りする。


 それを察知してかどうか、バラムは口を開いた。


「――貴様の選択肢に、具体的な『殺し』の選択肢が生まれた中。儂がこの場に留まるのは愚策だろうな」

「……逃がすと思うか?」

「殺しが選択肢に入ったとは言え――貴様らはまだ甘いからのう」

「――あ?」


 俺が片眉をあげたその時。

 背後から――



「お爺ちゃんをいじめるのはやめて!」


 という、悲痛な叫びが聞こえた。

 反射的にそちらを見ると、10歳くらいの女の子が悲しそうな顔でこちらを見ていた。


 ――は?

 お爺ちゃん……?


「じゃあの」


 しまった。

 ウェンディとシトリー、シエルの三人が即座に反応して魔法を放ったが、その魔法はバラムの体をすり抜けて行く。


 そして。

 まるで中空へ溶け消えるように、その場から姿を消したのだった。


 先程悲痛な叫びをあげた少女は、そのままの姿勢で固まっていた。

 

「……自動人形オートマタね」


 シトリーが呟く。

 ……まんまと逃げられたか。



2.



 

「よう、ユウマ」

「…………は?」



 目の前に、ザガンがいた。

 憑き物が落ちたかのように穏やかな顔をして、あぐらをかいて座っている。

  

 場所は――

 奴が破壊し尽くした、例の町中。


「なんだ……どういうことだ?」

「こりゃテメェの夢ん中だ」


 そう言われれば、とんと腑に落ちるものがあった。

 確かに、夢の中と言われれば夢の中のような気がする。


「なんで俺の夢にお前が出てくるんだ」

「そりゃあ、オレが死ぬ直前にほんの少し、血がテメェに混じったからだな」

「……まさか俺の中にずっといるってんじゃないだろうな?」

「んなわけあるかよ。明日にゃ完全に消えてなくなる――そんな儚え存在さ」


 儚いって。

 こいつに一番似合わない言葉だろう。


「こうして改めてみると普通の人間だな、テメェは」

「普通の人間?」

「戦ってる最中は魔王か勇者かって思ったんだがな」

「…………」


 どっちも俺からは程遠い言葉だな。

 ハーレム作ってる勇者なんて嫌だぞ。

 魔王ならまだしも……


 あれ、俺って魔王なの?


 それにしても。


「夢の中ってことは、俺は寝てるのか?」

「オレを倒す程の出力を人間が出しゃあ、そりゃ倒れもするだろうよ。テメェのことだ、もう数時間もすりゃ目が覚めるだろうが」

 

 バラムが逃げ出した後、どうなったんだ?

 全然記憶にないが……


 まさかあの後すぐに気を失ったということなのだろうか。

 本当最近、気絶ばかりしてる気がするな。


「夢の中でも戦おうとか言い出さないんだな」

「んな気分じゃねえよ。テメェもそうだろ」

「…………」


 言われてみればそうだ。

 あれだけこいつには怒りが湧いて――

 訳がわからなくなるくらい、怒り狂っていたのに。

 

「……いい機会だ。お前らが何しようとしてるか、とか聞かせろよ」

「なんでテメェにそれを言わなきゃなんねえ?」

「お前が俺に負けたからだ」

「…………」


 ザガンはじっと俺を見ていたが、ふっと似つかわしくない笑みを浮かべた。


「そうだな。負けたら言うことを聞かなきゃなんねえのは当然か。オレたちの目的はまず、魔王サマの復活だな」

「魔王……」

「オレは今までに三度負けたことがある。そのうちの一回は勇者。一回はテメェ。そしてもう一回は魔王サマだ」


 勇者か。

 ザガンを倒し、魔王をも倒したと言う人物なのだから――さぞ強いのだろう。

 今も生きていてくれれば楽だったのだが……


「今は勇者がいねえ。魔王サマが復活すれば、この世界なんざ簡単に掌握できると思っていた。一応、ベリアルの奴からはテメェに気をつけろと言われていたけどな」

「……ベリアルか。四天王ってのは勇者に倒されたんだろ? なんで生きてんだよ」

「知らねえな。ベリアルは今、魔王サマ以外に仕える主がいるらしいが――そいつにでも生き返らせてもらったんだろ。で、オレたちも恐らくはその力で復活させられている」


 ……セイランか。

 そういえば、あいつは人を生き返らせることができるようなことを言っていたな。


 それで昔、勇者に倒された四天王のベリアルを蘇らせた?

 なんでベリアルなんだ。

 最初から魔王を復活させていれば更に強力な配下が手に入っていたんじゃないか……?


「魔王を復活させてどうすんだ」

「そりゃ簡単だ。天界の連中を殺しに行くのさ」

「なんの為に」

「知らねえ。オレは強え奴らだと聞いたから乗り気な――乗り気だっただけだ。強え奴と戦うのは楽しいからな」

「その気持ちは全くわかんねえな」


 ザガンはそんな俺を見て意味深にニヤリを笑った。


「そうか、まだテメェ自身は気づいてねえんだな」

「何にだよ」

「テメェはオレと同類だ。色んな意味でな」

「…………一緒にしてくれるなよ。俺は……」


 周りを見渡す。

 破壊された建物がそこら中に散乱している。


「こんなことはしねえ」

「そりゃそうだろうな」


 ザガンは何のしがらみもなさそうに笑う。

 

「ま、オレから言えることはアレだな。窮屈そうに戦うのは損だぜ」

「別に俺はそんなつもりは……」

「ま、テメェはそう思ってんならいいんじゃねえか」


 なんだこいつ。

 もう一回ぶちのめしてやろうか。


「バラムの能力を教えろ」

「あん? あの爺さんか。あいつはあれだな。魔法がまず効かねえ」

「どういう風に効かないんだ。悪魔は魔法が効かないっていうアレか?」

「そんな次元じゃねえよ。そういうスキルなのさ、奴の場合。多分、テメェと一緒にいた女共の魔法でも効かねえぜ」

「じゃあどうやって倒すんだ」

「殴れば殺せる」


 …………。

 まあ、そういう解決方法になるのか。

 

「それか……スキルの能力を超える超威力の魔法でぶち殺す、だな」


 <思考共有>の最中ならなんとかなるだろうか。

 俺が殴りに行くか、それとも<思考共有>中の大火力で押し切るか。


 ……いずれにせよ、今までの攻略法とあまり変わらない気もするが。

 魔法が効かない――それもそういうスキルだ、ということがわかったのはなかなかでかいぞ。

 

 ――ふと。

 ぐらりと視界が揺らぐ。

 夢の終わりが近いのか。

 

「テメェはオレの同類だ」

「……違う」

「だから、忠告しといてやる。本当にテメェが警戒すべきは、魔王サマじゃねえ。ベリアルの野郎だ」

「――なんだって?」

「あいつは、魔王サマに仕えてた時とは何かが違え。何を狙ってるかまではわからねえがな」


 ザガンのそんな言葉を最後に。

 俺は目を覚ました。

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