第317話:猫の知恵

1.



「……悪いウェンディ、俺の聞き間違いかもしれないから、もう一度ゆっくり言ってもらえるか?」

「はい。セフゾナズ帝国は、の指揮の下、まずラントバウへ攻め込みました。シエルさんが赴き防衛に当たったのでラントバウへの被害は軽微ですが。同じくハイロンへも帝国は攻め込んでいますが、こちらは一部都市に甚大な被害が。相手が少人数だったとのことで私たちへの連絡以前に元聖騎士団の方々が対応へ向かったそうなのですが、自爆する自動人形オートマタによって10名が戦死。民間人に100名以上の怪我人が出たとのことです」


 どうやら俺は2日ほど寝込んでいたらしい。

 そして起き抜けにこんな報告を受けた訳だ。


 ザガンの野郎。

 あいつ、俺の中に2日もいたってことかよ。

 分かってたなら言えよ。

 まあ、奴にそこまでの義理はないのだろうが……


「とりあえず……シエルに魔力を補給する。あと、天鳥さんとミナホに連絡してエリクシードを大量に用意しよう」

「エリクシードを、ですか?」

「怪我人が出てるんだろ? 治癒魔法でもいいけど、数が多いんなら俺が一気にエリクシードを育てちまった方が早い。もちろんハイロンには無償で提供する」


 ベッドから立ち上がる。

 寝ている間にエリクシードを3つほど食べさせてもらっているとのことなので、栄養が足りないだとかで動けないなんてことはない。


 寝込んでいた理由は魔力回路の酷使らしい。

 まあ、あれだけの出力を出せばそうもなるとザガンの奴も言っていたしそういうことなのだろう。


「ラントバウやハイロンから何か言われてるか?」

「ラントバウからは感謝の言葉が。ハイロンからは謝罪が」

「謝罪?」

「先走ってしまったことへの謝罪です。そして改めて協力の要請もあります」


 なるほど。

 ハイロンの聖騎士団はたしかに強かった。

 だからこそ、俺たちに頼らずになんとかしたいという考えもあったのだろう。


 その結果が10名の戦死と、100名以上の怪我人になってしまったともなればそうもなる。

 

「みんなは今なにしてる?」

「知佳さんと綾乃さんは天鳥さんとミナホさんの研究所にいます。マスターがハイロンへエリクシードの供給を行うことを見越して、先にやっておくことがあると」


 お見通しか。

 流石だな。


「スノウ、フレア、シトリー姉さん、レイは今も自宅にいます。マスターのいない異世界での活動は不可能ではないですが、四天王や魔人の襲撃には対応できませんので。シエルさんとルルはラントバウに滞在しています。マスターが先程仰っていた通り、魔力補給は急務かと」


 未菜さんやローラはこちらの世界で普通に日常生活を送っているとのこと。

 親父は帝国のことを聞いて異世界へ行こうと試みたらしいが、シエルと母さんによって引き止められたそうだ。

 

 フゥはうちでシトリーやレイに甘やかされつつ落ち着いているらしい。

 

「とりあえず……」


 スマホで知佳に目覚めたことを伝える。

 するとすぐに既読がついて、「寝すぎ」と返信が返ってきた。


 綾乃、天鳥さん、ミナホは一緒にいるとのことだが一応その三人にもそれぞれ送っておく。

 未菜さん……はローラに送っておけば伝わるだろうが、一応マネージャーさんにも送っておくか。


 親父と母さんにも送って、アンジェさんたち……はスマホを扱えるのが俺のことを嫌っているライラだけというのが悲劇的なのだが一応連絡しておく。


 スノウ、フレア、シトリー、レイさんにはたった今念話を飛ばした。

 ので、ばたばたと走ってくる音が聞こえる。

 フレアかな? と思ったら、最初に部屋へ飛び込んできたのはスノウだった。


 やや焦ったような顔から、普段のツン顔にすぐに変わる。


「遅いのよ!」

「悪い悪い」

「お兄さま、もう体は大丈夫なのですか?」

「ああ、平気だ」

「もう少し休んでもいいのよ? 悠真ちゃん」

「いや、そうも言ってられない」


 三者三様の反応だな。

 仲の良い姉妹なのにこうも性格が違うというのも面白いものだ。


「やることリストを明確化するか。まずやるべきことは……エリクシードの供給だな。エリクサーは買った分は使い切っちゃってるし……」

「そもそもエリクシードは価値がついてないからまだしも、エリクサーなんて渡したら後々めんどくさいわよ。普通手に入らないものなんだから」


 すっかり普段通りのスノウが腰に手を当てて「あんた馬鹿ね」と言わんばかりの態度で喋る。


「別に俺は気にしないんだけどなあ」

「皆あんたみたいに損得勘定の甘い人間ってわけじゃないの」


 そんなもんか。

 まあ、エリクシードなら問題ないというのなら大丈夫だろう。


「マスター。エリクシードの運搬は私にお任せを」


 ウェンディが名乗り出る。


「じゃあ、お姉ちゃんもついていこうかな。もし四天王や魔人が来ても、わたしたち二人でならどっちも逃げるくらいの隙は作れるだろうから」


 それにシトリーも便乗して、エリクシードは二人にハイロンまで運んでもらうことになった。

 じゃあ後はシエルの魔力補給だな。

 こればっかりは俺が行かないといけない。


 これにはスノウとフレアがついてくることになった。

 


「……あ、その前に俺からも伝えることが」


 俺は夢の中で見たことを話す。

 ザガンの血が混ざったことで一時的に意識が混濁し、幾つかの情報を得たという話だ。


 勇者に倒された四天王の一員であるベリアルが何故復活したか、魔王の目的、ベリアルの目的。

 そしてバラムの能力。


 ウェンディが呟く。

 

「魔法が効かない、ですか」

「ああ、ザガンはそう言っていた。そういうスキルらしい」

「スキル所有者ホルダーの魔人ね。なんとも面倒なことじゃない」


 一応ザガンもそれっぽい動きはしていたが。

 血を操るというのは、恐らくスキルの能力だろう。


「でも、お兄さまがいれば<思考共有>か<フルリンク>か、どちらかを使えば確実に倒せると思います!」

「俺もそう思う。後は人形に惑わされないことだな」


 お爺ちゃんをいじめないで! なんて叫ばせやがって。

 こっちが嫌がることを的確にしてくる辺り、やらしい性格してるぜ。


「でもあの自動人形オートマタ、お姉ちゃんでもすぐには見破れないくらい精巧にできてたから……もしかしたらもっと人間に近づけることもできるかも」


 シトリーの冷静な分析。

 実際、そうだ。

 あの子供の自動人形オートマタだが、他のものに比べてクオリティが高めだった。

 恐らくあの為だけに用意してあったものなのだろう。

 俺たちが一瞬でも惑うように。


 相手もやり手だ。その一瞬さえあれば逃げおおせる自信があった。

 そして、この手が有効だとわかれば多少やり口は替えても同じことをしてくる可能性がある。


「手っ取り早い話……仮に自動人形オートマタが直接邪魔しに来るような状況になったとしても、それごとぶっ飛ばせるくらい覚悟を決めればいいだけだ」


 もし人間なら。

 そう考えてしまえば動きが止まる。

 そうなればまた逃げられてしまう。

  

「あんたにそれができるとは思えないわね。……ま、あたしも人のこと言えたもんじゃないけど」


 俺やスノウだけではない。

 フレアやウェンディ、シトリーだって一瞬躊躇ってしまうだろう。

 シエルでさえ硬直していたのだ。



「わたくしなら、それができます」



 いつから話を聞いていたのか、スノウが開けっ放しにしていた扉の影からレイさんがふっと現れて言った。


「喩え相手が人であろうと。ご主人さまやお嬢様方に害をなすのであれば、わたくしがこの手で排除いたしますゆえ」

「それは――」

「マスター」


 俺が何かを言う前に、ウェンディが言葉を遮った。


「バラムの対処は、私もレイが適任かと思います」

「ウェンディお嬢様……」


 レイさんは素の状態でも未菜さんと並ぶかそれ以上に強い。

 というか、ルルとほぼ同格と見て良いだろう。

 

 <思考共有>ができる条件を満たしてそれを発動すれば、「殴れば殺せる」と称されたバラムも問題なく倒せるだろう。

 

 そして。

 レイさんは元々、暗殺者として育てられた人間だ。

 最初のターゲットがウェンディたちの両親だったので実際に殺した人間はいないとのことだが、恐らく――俺たちの中では人を殺すということに一番抵抗のない人物でもある。


 間に割って入ったのが人なのか、人と区別がつかない自動人形オートマタなのかで迷うことなくそのまま攻撃できるだろう。


 だが、もしそれが。

 皇帝がそうだったように、唆されて操られているような人間だったら。


「ご主人様、ご心配なさらず。ご主人様やお嬢様方のように、わたくしも何かを背負いたいのです」


 ウェンディがこくりと頷く。

 どうやら何を言っても無駄なようだ。

 それに、良い案がそれ以外に思いつかない。


「わかった。レイさん、その時は……頼む」

「はい!」


 レイさんは誇らしげに頷いたが。

 もし本当にそんな状況が訪れるのなら……俺が。



2.



 エリクシードについて。

 俺は無償供給するつもりでいたのだが知佳と綾乃によって話し合われた結果、こちらの世界に危機が訪れた際、元聖騎士団の力を借りるということを正式な書類に纏めて交渉することになったらしい。


 あちらへ赴くのはウェンディとシトリーだ。

 上手いことやってくれるだろう。


 まあ、元々口約束はしていたし、リーゼロッテさんがそれを無碍にするとは思えないが……まあ念には念を入れて、ということなのだろう。


 で、ラントバウの方だが。

 実は二度に渡って帝国が攻め込んできていたらしい。


「わしも実際にこの目で見たが、確かにクラウスじゃったぞ。魔力も全く同じじゃった」

「……生き返らせたのか? いやでも、あんな殺し方をしておいて……」


 シエルはほぼ間違いなくクラウス皇帝本人だと言う。

 幼少期から知っているとのことだし、魔力まで同じだと言われれば納得せざるを得ない。


 シエルほどの人間がそこを今更間違えるわけはないだろう。


 で、その二度の侵攻でシエルが魔力を残り2割ほどになるまで使わされているとのこと。

 

「いや、俺が本当はやらなきゃいけないのに……本当に頭が上がらないな」

「フローラもいるんじゃし、おぬしがやらねばならんことはわしにとってもそうじゃ。気にするな」


 見た目は少女のエルフに慰められる。

 うーむ、知佳と言い天鳥さんと言い、周りに幼い見た目の人が多いのは如何なものか。


 フローラも実際のところあれで18だしなあ……

 この国では成人している年齢とは言え、いざとなると罪悪感が……


 いや、今はとりあえずその話はいいか。


「皇帝が生きてるってなると、話が一気に変わってくるな……コーンさんやシモンさんとの連絡は?」

「三度ほどやってみようと試みたが、無理じゃった。恐らく国全体で海外からの連絡を絶っているんじゃろ」

「方法はないのか?」

「直接乗り込むかのう……」


 リスクが大きいな。

 まだレイさんとの<思考共有>の条件は満たせていないし、危険だ。


「気にニャったんだけど」

「どうした、ルル」

「戦争中に外国からの連絡ができないようにして、どうやって戦争するニャ?」


 ……あれ?

 言われてみればそうだな。

 戦争なんて情報が一番大事に決まっている。


「普通に考えて、軍部間だけで使える魔道具のようなものが開発されているんじゃろ」

「じゃあそれを奪ってコーンに連絡すればいいじゃニャいのか?」


 俺とシエルは顔を見合わせた。



「それだ!!」

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